第15話『十七歳・秋』

 ずるずると佐奈と付き合ったままもうすぐ冬になる。なんで受け入れたりしたのだろうと思う反面、佐奈が傍にいることに安らぎを感じつつあった。でも、そんな安らぎを感じた日は、必ずと言っていいほど咲希の夢を見る。咲希が遠くから僕を見ていて、手は拳を握っている。睨んでいる感じはなくて、ただ見ているんだ。その夢をみた朝は涙が零れた。咲希を裏切ったような気分で辛かった。


 相変わらず毎朝、駅で待っている佐奈。今日は朝から雨が降っていて傘を手に駅に向かった。駅に着いて傘を畳み振り返ると、佐奈より先に視界に入ったのは咲希。改札の近くに立っていた佐奈から数歩離れたところにいた。

「先輩っ!」

視界の端で僕に向かって走って来ている佐奈がスローモーションのようだった。咲希から視線を動かせないでいた僕は、佐奈が僕の手を掴んだことに気がつきもしなかった。でも僕を見ていた咲希はそれに気がついて、僕の方ではなく別の方向に歩き出した。

「ごめん、佐奈」

繋いでいた手を振りほどいて咲希を追いかけようとしたけど、佐奈が両手で力を込めて僕の手を掴んでいる。何度も謝ったけど離してもらえなくて、最後は力ずくで振りほどいて走った。雨のせいで行き交う人が皆傘を差している。どれが咲希なのか、もうわからなかった。冷静になってから、追いかけて何を言うつもりだったのか、自分に聞いてみたけどわからなくて、でも夢を見た時以上に胸が締め付けられていた。身体の奥深くに埋め込んでいた咲希に会いたい気持ちが、溢れ出て止まらない。


 学校をさぼった僕は駅を出てそのまま咲希がいるはずのグループホームに向かった。近くの公園で待つこと一時間。黒い傘を差した咲希が通りかかった。

「咲希」

名前を呼ばれてチラッとだけ僕を見た咲希は立ち止まることなく通り過ぎていく。

「咲希!」

三回目に呼んだその声に、咲希がやっと止まってくれた。咲希の前に回り込んだ僕を、咲希は怯みそうになるほどの強い視線で睨んでいた。

「なに」

「ごめん」

「なんが?」

「なんか、ごめん」

「意味がわからんのやけど」

「・・・・・・会いたかった」

「は?そっちが私を捨てたんやないん?」

「捨ててなんかない!」

「捨てたやん」

捨てたのか?そうか、僕は咲希を捨てたんだ。そうだけど、そうなのかもしれないけど、それでも咲希のことがやっぱり好きだ。忘れられるはずなどなかったんだ。


 咲希は僕の話に耳を傾けることなく、僕を通り過ぎてグループホームの建物に入って行った。取り残された僕は傘を持つ手に力が入らないほど、その光景に衝撃を受けた。自業自得だけど、諦めるのは嫌だ。しばらく雨に打たれた後、家に帰った僕は、咲希を取り戻すと決めた。咲希から逃げずに、咲希のそばにいる。今までを思い返すと簡単なことではないけど、僕なら、いや僕にしかできないと思ってそう決めたんだ。

「陽汰、おったん?」

「うん」

「学校は?」

「サボった」

「バカ息子。・・・あ、あんたもしかして、咲希ちゃんに会いに行った?」

「・・・行った。なんで?」

「さっき電話あって・・・・・・」

言葉を詰まらせた母さんは、一度やっぱりいいと言いながら部屋を出て行こうとしたけど立ち止まり、振り返ってこう言った。

「軽はずみに会いに行ったりしたらいけんよ、陽汰」

「なんで?」

「咲希ちゃんはあんんたには抱えきれんけ」

後頭部を拳で殴られた気分だった。ついさっき抱いた決意が揺らぐ。母さんの言っていることを、僕もわかっていたからだと思う。でも軽はずみで会いに行ったんじゃない。あの時は本当にどうにもならないほど咲希に会いたかったんだ。どうしたら咲希は許してくれるだろうか。どうしたら僕が咲希を包み込めるだろうか。

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