直さんは冷静な顔で、俺を殺しに来る
タミフル・カナ
第1話 直さんはスナイパー
俺、音無
最初は気づかなかったけど、少しずつ俺の頭に流れ込む声が増えてきて、気づけばその音が常に響いている。自分の耳が他人の無意識に支配されているかのように感じることが多くて、心がひどく疲れることもあった。ときには、どうしてもその声に押しつぶされそうになる。街を歩いていても、診察室にいても、患者やスタッフの心の声が耳に入る。些細なことから、激しい感情まで、そのすべてが俺に届く。
『この薬、効くかな…』
『今日の晩ご飯、何食べようかな…』
『彼との関係、もう終わりかも…』
こんな些細な思考も、時にその感情に巻き込まれることになる。だが、何よりも辛いのは、強い感情を持つ人たちだ。怒りや恐怖、悩みや不安が耳に入るたび、俺はその波に飲み込まれそうになる。そのたびに、深呼吸をして気を落ち着けるのが常だった。
俺はただ平穏無事に過ごしたいだけなんだ。それなのに、毎日が騒がしくて仕方ない。心の声が漏れ聞こえることがこんなにも辛いなんて、あの事故が起こる前の俺には考えられなかった。
そんな日々が続く中、俺が気になっていたのが、心野
でも、ある日、俺は直の心の声を初めて聞いてしまった。その時のことは、今でもはっきり覚えている。
その日は忙しくて、病棟で俺はカルテを整理していた。整理が一段落し、俺は少しだけ休憩を取ることにした。座っていた椅子の背もたれにもたれ、目を閉じる。何も考えないようにしていたんだが、突然、直の声が耳に入った。
『先生、カッコいいな…』
『好き…』
『結婚して…』
それが、無意識に漏れた彼女の心の声だった。最初、俺はその声がどこから来たのか分からなくて、周りを見渡した。まさか、直の心の声だなんて思わなかったから。けれど、それが彼女の思いだと気づいた瞬間、俺は固まった。
冷静でクールな直が、心の中で俺にこんな思いを抱いているなんて、想像だにしなかった。それも、無防備すぎるくらいに素直で、すぐにでもそのまま口に出して言いたくなるような、そんな気持ちが俺の耳に届いてきた。俺はその場で動けなくなった。心臓が急に早く打ち始め、顔が熱くなったのが分かる。どうしてこんなことを…と思いながらも、次々と直の無防備な思いが俺の頭に流れてきた。
『結婚して、私…先生と一緒になりたい。』
その言葉が、また一度、俺を突き刺した。直が本当に俺を好きだということが、こんなにも強く心に響いた。だが、どこかで疑っていた。だって、彼女は普段、冷静すぎるくらいに振る舞っている。そんな彼女が、こんなにも素直な思いを持っていることに、俺は驚きを隠せなかった。
どうしてこんなに正直なんだ…
俺は心の中で混乱していた。
しばらくその場に立ち尽くしていたが、冷静にならなければと思い、急いで部屋を出た。深呼吸をして外に出る。外の空気が冷たく感じたが、それが逆に心を落ち着けてくれる。だが、どうしても心の中で直の心の声が響き続けるのだった。
『どうしてこんなに…』俺は心の中で呟いた。
冷静を保とうとしても、俺の頭の中には直の思いがはっきりと残っていた。こんなことを心の声で漏らすなんて、直は本当に無防備すぎる。それでも、無意識に俺を思うその姿勢が、妙に気になる。そして、また新たな疑問が湧いてきた。
俺に対してこんなに素直な感情を抱く直が、これからどうなっていくのか。俺の心の中でその答えは見えなかった。
その後、俺は直と会う度に、何も知らずに冷静を装っている彼女の姿を見て、逆に俺は気まずくなっていた。どうすればいいのか分からなかった。心の声が聞こえることに、こんなにも振り回されることになるとは思ってもいなかった。
直は、心の中では俺を思い続けている。それを知ってしまった今、俺はどうやってその気持ちを受け入れればいいのだろうか。
その日、俺は忙しい診療の合間を縫って、直と一緒に患者の処置をすることになった。午前中の診察が立て込んでいたため、やっと一息つけると思った瞬間、医局に急いで駆け込んできた直が俺に声をかけてきた。
「覚先生、ちょっと手伝ってもらえますか?」
あまりにも普通の言葉に聞こえたが、その声に何かしらの頼み込むような感情を感じて、俺は「うん、わかった」と答えた。正直、直との仕事は面倒だ。彼女は基本的に冷静で、どんな状況にも動じないから、俺としても気を使わなくて済む。ただ、あまりにも心の声が素直すぎる。直の心の声を聞くたびに俺のメンタルはごりごり削られていく。あまりにも素直すぎるんだ。
一緒に患者の処置を行うことになり、俺は自然と医療器具を取り、準備を始めた。そのとき、直が近くで準備をしていたが、その時から、またあの「心の声」が響き始めた。
『覚先生って、手が大きくて、なんだかカッコイイんだよな…でも、普段はクールだからちょっと近づきづらいな。今日は一緒に介助できてラッキー。』
その瞬間、俺の手が止まった。いや、止まらざるを得なかった。直が無意識に漏らしたその心の声を、俺ははっきりと聞いてしまった。手が大きくてカッコイイなんて、まさかこんなふうに思われているとは。クールだと言われるのは自覚していたけど、どうしても少しだけ焦りを感じてしまう。ましてや、直が俺のことをどう思っているのかなんて、そんなことを意識したことなんてなかった。
俺の心臓が少し早く打ち始めたのがわかる。その後も直はまったく意識せず、次々と心の中で想いを漏らしていた。
『なんであんなに冷静なんだろう…でも、覚先生って、やっぱり頼りになるんだな…』
その言葉を聞いた瞬間、俺は顔を真っ赤にしてしまった。どうしてこんなにも心の声がダダ洩れなんだ…。内心で呆れながらも、その言葉が頭の中を駆け巡って離れなかった。処置を進めなければいけないのに、俺の集中力はとてもじゃないが続かなかった。
『覚先生にこんなに近くにいられるとドキドキしちゃう…』
その思考が漏れてきた瞬間、俺は思わず手を止めた。何だ、このドキドキって…。そのまま立ち尽くすわけにはいかない、俺は必死に作業を続けるが、どうしても直の心の声が頭から離れなかった。普段、冷静で仕事に真剣な直が、こんなにも素直に感情を表に出すなんて、俺にとっては衝撃的だった。
でも、それがまたどこか可愛いと思えてきて、心の中でその感情にどう向き合っていいのかわからなくなっていた。
処置が続く中で、直は相変わらず心の中で、俺に関する思いを漏らし続けていた。
『覚先生って、やっぱり冷たく見えるけど実は優しいんだろうな…』
その思いがまた耳に響く。いや、待てよ。冷たく見えるだって?俺はそんなつもりはないけど、確かに普段は冷静で感情をあまり表に出さないから、そう見えるのかもしれない。でも、その心の声を聞いたとき、俺は何となく安堵感を覚えていた。冷たく見えるかもしれないけど、実際には優しいんだろうって…。それが、俺にとっては嬉しい言葉だった。
『やれやれ…』と、俺は心の中で呟きながらも、直の無防備すぎる思いに振り回されている自分を感じていた。心の中でため息をついて、作業を続ける。
患者の処置が終わった後、俺はやっと自分の手を止めて、少し肩を落とした。直の心の声はどうしても耳に残る。あまりにも素直すぎて、俺の思考は完全にその影響を受けていた。
『直さんの心の声、ほんとにダダ漏れだな…』と、心の中でつぶやく。
それでも、直が普段見せる優しさや気配りに、俺はふと微笑んでしまっている自分に気づいた。彼女の心の声を聞くのはもう嫌だと思いながらも、実際にはそれが少し心地よくもあった。直が俺に対して抱いている思いが、こうして耳に届くことで、何だか安心する気持ちもあった。
ただ、これ以上、心の声を聞きたくないという気持ちと、直の優しさに心を動かされる気持ちが入り混じって、俺はどうしていいのかわからなかった。
「やれやれ…」とまた呟きながら、俺は作業を終わらせた。心の中で繰り返される直の無防備な思い。それがどこかで、俺を振り回し続けていた。
「覚先生、ごめんなさい、またちょっと手伝ってもらえますか?」
またかよ、と思わず心の中でつぶやいたが、俺は仕方なく頷いた。直と一緒に患者の処置をするのは、もはや俺の日常になっている。彼女の冷静さと、普段の完璧な仕事ぶりには感心しているが、どうしても心の中で彼女の思考が漏れてくることが、俺には耐えられない。
準備しながら、再び直が近くで動いている。その瞬間、いつものように無意識に漏れる直の心の声が耳に入った。
俺は医療用のガウンを手に取って患者に準備を始め、直がその手伝いをしてくれる。そんなとき、いつものように無意識に漏れる直の心の声が耳に入った。
『背高い、すごい…』
その一言が、まるで目の前で聞こえたかのように鮮明に響いた。背が高い、だと…?まさか、俺の体格にそんなことを思ってるとは思わなかった。でも、それに続く言葉が俺のメンタルを打ち抜いた。
『これってまるで新婚で、夫の用意を手伝う妻じゃない?!』
思わず手が止まる。俺はその言葉を心の中で反芻しながら、急に顔が熱くなった。新婚で夫の用意を手伝う妻、って…俺、そんな風に見えるのか?確かに今、直と一緒に患者の準備をしているけど、まさかこんなふうに解釈されているとは、全く予想外だった。
心の中で『いや、ちょっと待てよ…』と必死に冷静を保とうとするが、どうしてもその言葉が耳について離れない。手をガウンに通しながらも、その言葉が頭から離れず、俺はますます動揺していた。
直はそのまま何も気にすることなく、すぐに次の処置に取り掛かる。だが、俺はその間ずっと『新婚で夫の用意を手伝う妻』というフレーズが頭をぐるぐる回り続けて、集中力を欠いていた。
心の中で『もう、勘弁してくれよ…』と思わずつぶやく。これが続くと、本当に仕事にならなくなる。直がこんな無防備なことを考えているのを知らないうちに、俺はますます困惑し、混乱していた。顔を真っ赤にしながら、俺はひたすら患者に集中しようとした。
けれど、また心の中に響く直の心の声。
『覚先生って、こんなに頼りがいがあるけど、どうしてあんなに冷たく見えるんだろう…。本当はもっと、優しく笑ってくれるといいのにな…』
その言葉が、心に突き刺さる。俺はどうしてこんなに直に振り回されているんだろう。冷たく見える?確かに普段は冷静で無表情かもしれない。でも、そんなことで直がこんなに気を使うなんて…。でも、そう思っているのかと思うと、何だか少しだけ嬉しい気がして、ますます動揺してしまった。
思わず「やれやれ…」と呟いた瞬間、直がこちらを見て微笑んだ。その笑顔に、俺は心の中でますます動揺し、頭を抱えたくなった。
処置が続く中で、俺は次第に直の心の声に振り回されるのが日常になりつつあった。その度に、俺はその声に答えようとしても、結局は何も言えずにモヤモヤした気持ちを抱え続ける。だんだん、それが面倒に思えてきて、心の中で「ああ、もう本当に、やれやれだな…」と嘆いた。
その時、直がふっと何気ない一言を口にした。
「覚先生、もしかして…心の声、聞こえてるの?」
その言葉に、俺は驚き、瞬時に顔が引きつった。どうして、そんなことを言うんだ。まさか気づいているのか…?
慌てて「いや、そんなわけないだろう!」と答えたが、心の中では『見透かされてる…』と動揺し、冷や汗が流れるのを感じた。まさか、直が俺の反応を全て察しているのだろうか?俺は心の声が聞こえることを誰にも言ったことがなかった。それが知られてしまったら、どうなってしまうんだ?
直は一瞬、意外そうな顔をしてから、また笑顔を浮かべて言った。
「冗談ですけどね、覚先生があまりにも真剣に集中してるから、なんだか気になるなって。」
その言葉に、俺はほっと一息つくものの、内心ではまだ動揺していた。直が冗談を言ってくれたおかげで、少し楽になったように感じる。しかし、心の声が続いている限り、この関係はどうにもこうにも疲れる一方だ。
その後も、俺は直に振り回され続け、どんどん疲れていった。しかし、その疲れを見透かすように、直が素直に心配してくれた。
「覚先生、あまり無理しないでくださいね。ずっと心配してますから。」
その言葉を聞いて、俺は少し驚いた。普段、冷静でクールな直が、こんなに心配してくれるとは思っていなかった。だが、心の声を聞いているうちに、その無防備すぎる感情に少しだけ癒される自分がいることにも気づいていた。
思わず、俺は呟いた。
「君(の心の声)に振り回されるのも悪くないな…」
直はその言葉を聞いて、一瞬戸惑ったようだったが、すぐに微笑んで答えた。
「本当ですか?」
その笑顔に、俺の心はまた揺れた。だが、直の心の声がまた響く。
『覚先生、意外に優しいんだ…』
その言葉を聞いて、俺はふと考えた。このまま続くのだろうか、俺と直の関係が…。でも、そんな思いが胸に浮かんだ瞬間、俺は少しだけ期待を抱いている自分に気づく。
「でも、これからどうなるんだろうな…」と、俺は心の中で思った。
その言葉とともに、物語は一旦幕を閉じる。次に何が起こるのか、覚にはまだわからない。だが、直との関係が今後どうなるのか、それを少しだけ楽しみに思いながら、俺はその場を後にした。
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