死神さん

もか

第1章 「ある双子のはなし 前編」

「久しぶり。体調はどう?」

「うーん、今日は少しマシだよ。ほら、朝陽あさひとも話せてるし」

そう嬉しそうに話す彼は三日前急に血を吐いたとは思えない様子。

「ごめんね。この前迷惑かけちゃって。服……汚れちゃったでしょ」

「大丈夫だよ。汚れがとれなかったから捨てちゃったけど、他にも服はあるし」

「ご、ごめん」

「だーかーら、大丈夫だって。謝らなくていいから」

「う、うん」

そういっても申し訳なさそうに頭を下げるのは双子の兄、海音あまね

「あー、お医者さんから聞いたよ。次の薬……どうするの?」

「…………………」

海音が下を向いて黙り込む。

「副作用、結構きついんだね。でも効果は期待できるって……」

「聞いたよ、聞いた。また学校に通えるかもって言われた。でも、でも……」

海音は生まれつき体が弱い。

小学校はまともに通えなかったが、中学校に上がる前に症状も良くなり、中学校生活は薬さえあれば難なく過ごせた。

だが卒業式の数日前、突然症状が悪化し再入院。学校生活を長く過ごせていたこともあって、海音は精神的にひどくダメージを負っていた。

「怖いよ」

小さく海音がつぶやいた。

「……どうしたらいい?朝陽は、俺に生きてほしいって思ってる?」

「何言ってんの!?海音に生きてほしいよ当たり前だろ。唯一の…兄なんだから」

「ご、ごめん。じゃあ……頑張ってみる。俺、また朝陽と一緒に暮らすから!」

「うん。頑張って海音」

覚悟を決めた海音に優しくエールを送った。


「え!?いいんですか!?」

「はい。今日は症状も良くなってますし面会の許可も降りてます」

「あ、ありがとうございます!」

流石に病院で走ってはいけないので少し早歩きで海音の病室へ向かう。

コンコン、とノックをすると「はい」と掠れた返事が聞こえた。

え?と思いつつも病室のドアを開ける。

「あ、朝陽…久しぶり」

耳をすまさないと聞こえない声。

「海音!大丈夫?声……」

海音はホワイトボードを持っていて、そこに字が書かれていた。

『ごめん声出すの辛くて』

「あ……」

さっきの声は振り絞って出した声なんだ。

『久しぶり元気だった?』

ちょっと曲がった字が俺に問いかける。

ペンを持つ海音の手は少し震えていた。

「元気だよ。海音は………」

薬のことを聞こうとしたが、聞いていいかわからなくて口を噤む。

『辛いけどなんとかなってる』

『でも前の時よりきつい』

前の時、中学生になる前だ。あの時も同じ様に選択を強いられた。

副作用が強い薬を投与するかしないか。

でもあの時は少し違った。薬を乗り越えれば学校生活を送れる。投与しなければ、乗り越えられなければ入院生活が長引く、というものだった。

副作用に苦しむ海音は見ていられなかった。でも退院の許可が降りた時には喜んだ。

感情がぐちゃぐちゃになって泣き出してしまった俺を、海音は頭を撫でながら抱きしめてくれた。

この時はまだ俺の方が小さかったから海音の肩に頭を埋め泣き喚いた。

一番嬉しくて泣きたいのは海音なのに、泣いている俺のために兄っぽくしてくれていることを分かっていたけど、無性にこの優しさに甘えたくなって目一杯甘えた。

でも、今は違う。

優しく撫でてくれた大きな手も、暖かく抱きしめてくれた体も今はない。

痩せて細くなった手、体、頬。

背も成長期がこないまま止まって、いつの間にか俺の方が大きくなっていた。

『朝陽大丈夫?』

いつのまにか海音はホワイトボードに文字を書いていた。

「ああ、大丈夫だよ」

『ほんとに?』

「ほんとだって」

「泣いてるよ……」

「え?」

プルプルと震えた手が朝陽の頰を撫でた。

「無理、しなくてもいいのに」

優しく海音が声をかける。

「無理、なんて……」

していない、と言おうとしたが自分でもどうかわからなくて口を噤む。

「辛かったら頼っていいんだよ。お父さんとかお母さんにも甘えてみたら?」

「そんな、子供じゃないんだから……」

「俺からしたら子供だよ」

「………双子なのに?」

「ふふ、そうだよ」

にっこりと笑いながら海音が言う。

「……だったら、海音に甘えたい」

「ふぇ?」

「ああ、もう喋らないできついでしょ」

「まぁ、きついね」

「じゃあもう喋らない。布団もちゃんとかけて、ほとんどかかってないじゃん」

そう言って布団をかけ、形を整える。

「………朝陽、甘えないの?」

……くそ、無かったことにしようとしたのに。

「俺、お兄ちゃんだよ、かわいい弟が甘えてくれるなら本望だよ」

「なんでそういう時だけお兄ちゃんぶるの?」

なんとなく聞いてみた。特に理由もなく。

「!…………」

海音はびっくりした表情になったあと、スッと大人な表情になった。

聞いちゃいけないことだったかな。

後になって焦り出す。深刻な質問ではないと思っていた。

「……決まってるじゃん」

口角を上げ、にこりと笑顔を浮かべる。

「いつも俺が迷惑かけてばかりだから。今みたいにお兄ちゃんになれる機会ってあまりないでしょ」

さっきまで苦しそうだったのが嘘のように饒舌に喋る。

「迷惑だなんて思ってない、海音のことが大切だから」

力なくベッドの上に置かれている手を取り握る。

「ううん、迷惑だよ。病気さえなければ入院することも、治療も手術も、何も無かった。学校にも行けたし、普通の生活を送れた。家族との思い出も、もっといっぱいつくれた……。なのに?」

「うん。たしかにそうかも知れない。でも俺が一番許せないのは何もしていない海音が、病気で苦しんでいることだよ!それが一番嫌」

「朝陽…………」

目を潤ませ、ジーンときたとでも言うように俺と目を合わせる海音。

「ところでさ、普通に喋れるよね」

「あは、ばれた?」

てへ、っとお茶目っぽい笑顔を見せる海音。

「いやわかるよ。普通そんなに喋れないでしょ」

「そっかぁ、そうだね。俺よりも苦しんでいる人はたくさんいるもんね」

苦しんでいる人………。

「…………」

「やだなぁ、そんな顔しないでよ。ほらおいで」

海音は朝陽の頭を撫で、両手を広げる。

「…………」

朝陽は無言で海音の腕の中に入る。

「大丈夫だよ。朝陽は苦しまなくていい。ここにいる人たちは普通に暮らしている人を妬みなんかしない。憧れているとは思うけどね」

………見抜かれてた。

海音よりも苦しんでいる人がいることぐらい分かる。でも俺からしたら海音も充分苦しんでいると思う。

そんなことを考えたら、なに不自由なく生活している自分が申し訳なく感じた。

「逆に、病気だから可哀想みたいな目で見られるのが一番嫌だから。苦しいし辛いけど一生懸命生きて、頑張っているんだから。人それぞれだけど、俺は病気だからって幸せじゃない人はいないと思う。俺もこの体だからって不幸だと思ったことはない。申し訳なくなるだけで」

朝陽を抱きしめ、頭を撫でながら海音が言う。

「海音…………」

自然と海音の名を呟き、胸元に頭をぐりぐりと押しつけながら海音に言った。

「海音も、甘えたいときは甘えてね」

「!……うん!」

海音は嬉しそうに答え、朝陽の頭を撫でる手を早めた。

「海音くーん、熱測りますよー」

『あ………』

看護師さんを見た朝陽たち、朝陽たちを見た看護師さん。

三人の声が綺麗にハモった。

「あ、ちょっとお取り込み中でしたね……」

「ち、違います!」

「違わなくないよ。熱測るなら朝陽から離れなくてもいいよね?」

長年の付き合いか、やけに看護師さんと仲良しな海音。

「結果が変わるかも知れないから、一応離れておいてね。あと、朝陽くんに会うのはいいけど、安静にする約束じゃ……」

「あ!さ、さっきまで安静にしてました!」

「え、海音そんなに症状悪かったの!?」

「なるほど、安静にしてなかったのね」

「あ、あさひー…………」

なんでバラすのー、と海音が訴えかけてくる。

あ、無意識に言ってしまった。

「ふふ、二人とも本当に仲良しね」

「それほどでも」

そんな海音を見て結局元気なのか、元気じゃないのか分からなかった。


それから数日後。

海音はあの後症状が悪くなり、面会を控えるように言われた。

ずっと心配で、家でも学校でもそわそわしてしまう。

学校が終わり、家に帰って何もせずただぼーっとしていた。

プルルル。

「!」

電話が鳴り、即座にリビングへ行って電話に出る。

「はい、わかりました。すぐ行きます!」

病院からの電話。容態が悪化し、かなり危険な状態になっていると。

居ても立ってもいられずに、両親に連絡を入れ家を飛び出した。

病院に着き、受付をして、海音がいる病室に案内してもらう。

海音がいる病室に着き、ノックをして中に入る。

「っ……!」

そこには、前に会った時より弱々しい海音がいた。

はーはー、と浅い息をし、目には涙が。

海音であり、海音ではない。

そんな、信じたくない光景だった。

「ぁ、ぉ、と………」

「あ、海音………?」

思わず駆け寄って海音の表情を伺う。

「げ、んき?」

「う、うん。元気だよ」

「よか、った」

目を細め、笑う海音。その拍子に瞼に溜まっていた涙が溢れた。

ピーピーと心電図の音がうるさく響く。

「朝陽くん、ご両親は?」

いつもの看護師さんが話しかけてきた。

「今こっちに向かっています。ちょっと時間はかかるけど」

「じゃあ、先に朝陽くんに伝えるわ。ちょっとこっちにきて」

看護師さんと一緒に病室を出て、開いている部屋へ行く

「今、海音くんは薬の効果よりも副作用を受けている状態で、体が弱ってきてる。このまま薬の投与を続けるよりも、まだ元気な状態で手術をした方がいいと判断している。手術が成功すれば、海音くんの病気は完治する。でも成功率は限りなく低い。……手術をするかは家族みんなで相談して決めてね」

「……わかりました」

そう返事をして部屋から出る。

海音のとこへ戻ろうとしたけど、そんな気力もなく廊下にある椅子に座る。

「はぁ」

手術……。

海音は手術以外は乗り越えてなんとかなっていた。

でも、とうとうこの時が来てしまったんだ。

「ふぅ」

ひと息ついて、海音の病室に行く

ノックをしてガラガラとドアを開ける。

「嘘、つき!出てって!」

ドアを開けた途端響く声。

その声は海音のものだった。

「あ……」

看護師さんが顔を青ざめ、病室から出ていった。

「海音……」

「あさ、ひ…………」

ポロポロと涙を流しながら右手をこっちへ伸ばす海音。

「だ、大丈夫だよ。大丈夫だから………」

海音の手をぎゅっと握り、海音を落ち着かせられるように大丈夫と言い続ける。

「ぁたっ、ちゃった。かん、ごしさんはなにもわるく、ないのに」

「……大丈夫、大丈夫。看護師さん優しいから許してくれるよ」

「うぇっ、ひっぅ」

苦しそうに嗚咽を漏らし、ぐしゃぐしゃな顔で泣き続ける海音。

「大丈夫だから、泣かないで……」

肌触りのいいティッシュを取り、海音の顔を拭いてあげる。

「大丈夫、大丈夫。落ち着いて」

「はぁ、ひぅっ、はぁ、ふぅ」

少しずつ落ち着きをとり戻す海音。

「落ち着いた?」

こくん、と海音は頷き一息つく。

「海音、手術の話聞いたんだけど……どうする?母さんたちとも話し合って決めないと……」

「どうすればいいの?」

「え?」

静かに海音が言った。辛そうな声で。

「くすりをつかえば、なおるって、いってたのに……」

「………………」

「くるしいだけだよ……」

またポロポロと涙を流し、悲痛な声で海音が言う。

「と、とりあえず家族で話して……」

「ねぇ、……」

「何?」

海音の顔をまた拭いて、ティッシュをゴミ箱に捨てる。

「甘えても、いい?」

「え?」

甘える?急にどうして…。

点滴がさしてある両手を朝陽の手に添え、口を開く。

「もう、楽になりたい」

「!……っ」

「おね、がい……」

一筋の涙を流し懇願する海音。

「な、んで」

ただただ困惑して、現実を受け入れられない。

「…たす、けて」

「おねがいだから」

それでも海音は現実を突きつけるように助けを求め続ける。

でも……。

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」

俯いて思いっきり叫ぶ。

「……………」

無言のまま海音は朝陽を見つめる。

「海音は、……死んじゃダメ!」

ものすごく怖い。

どこからか、大きな圧を感じる。

海音のまわりに黒いモヤがあるような気がして。

「でてって」

「え?」

「でてってよ!」

「あ、ごめ………」

「でてって!はやく!」

「っつ……」

海音に言われるまま病室を出る。

そのまま座り込む。

「海音………」

もう、どうすればいいんだろう。


「はぁ」

授業中。

保健室に行くと嘘ついて、立ち入り禁止となっている屋上にいる。立ち入り禁止のくせに、鍵は空いてるからこっそり来る人は結構いる。

「ふーん、サボりか」

「関係ないだろ。…………え!?」

知らない人の声が聞こえて、振り返る。

でも、誰もいない。

「え?」

「ああ、もうこっちだよ」

頭上から声が聞こえ、ばっと上を見る。

「え、だれ?」

宙に浮かんでいる少年っぽい青年。黒くてすっきりとした髪に、真っ黒な服。前髪には白のメッシュが入っている。

「……はぁ、なんでこんな奴に俺が見えるんだよ」

「は……?」

朝陽の目の前まで降りてきて、朝陽の顔をじっと見つめる。

「見えるんだろ。はっきり答えろよ」

「み、見えます」

大きな圧を感じ、正直に答える。

この感じ、前もあったような。

「はぁ、だったらさっさと答えろよ」

唖然として、思うように状況を理解できない。

「俺は死神のアラタ。前、俺のこと見えてただろ。だからきてやった」

「え、俺死ぬの……?」

とうとう迎えがきてしまった。いや、いくらなんでも急すぎる。

「ちげえよ。お前が死ぬんじゃなくて、お前の兄だよ、兄。宮野海音。あいつは手術を受けて死ぬ。それを伝えにきた」

ふと思い出した。この圧のような感じ。

『もう、楽になりたい』

そう言った海音から感じた圧。それと似ている気がする。

「え………?」

海音が、死ぬ?

「本当に………?」

「ほんとうだよ。死神なんだから俺は」

「手術を受けなければ………」

「副作用で死ぬ」

「薬をやめれば……」

「悪化して死ぬ」

「あ………」

助かる道が、ない。

どうして、どうして、どうして!

「だめ!海音を、連れていかないで…………」

「無理」

「お願い!」

「無理なものは無理」

どれだけお願いしてもアラタは聞いてくれない。

「残りの時間をどうするかはお前が決めることだ。見えていたとはいえ、生者に話しかけるなんて御法度だからな。じゃ」

そう言って死神は消えた。

一人になり、立てられなくなって座り込む。

海音が死ぬ。

そんなこと、絶対にない。

そう思ったけど絶対なんて言えない。

実際、アラタが言っていたことは本当にあってもおかしくなくて。

起こる確率も高いだろう。

「…………」

あの日、家族で話したことを思い出す。

海音の意思によって手術をするかしないか決まる。

両親も海音にあわせると開口一番に言ったので俺も同意した。

このままだと手術を受けることになるのか。

海音は、手術を受け入れるんだ。

手術だけはどうしても嫌だと避け続けていた海音。

もし、本当にしんでしまうなら………。

手術も薬も受けないで家でゆっくり死を待つことが一番かも知れない。

でも、…………。

生きてほしい、と海音に願ったのは他でもない朝陽だ。

あの日から海音には会えてない。

会うのが怖くて会えない。

「よし」

今日は病院へ行こう。

そう決意して、チャイムが鳴るのを待った。


「あ、さひ」

病室に入るや否や気まずそうに朝陽の名を呼ぶ海音。

「久しぶり、海音」

「ひさ、しぶり」

ぎこちなさそうに返し、目を逸らされる。

「海音、この前はごめん。俺のわがままなのに海音に付き合わせちゃって」

「……な、んで朝陽が謝るの?」

「え?」

海音が声を震わせながら言った。

「俺が死にたいって言ったから、命を軽くみたことがいけないのに。朝陽は何も悪くないよ、当たり前のこと言っただけだよ」

海音の言うとおりだ。でも、なぜか海音に謝らないと自分の気がすまなかったのだ。

「うん、そうだね。けど俺が海音を苦しめたことに変わりはないから謝った」

「なんでそういうところは真面目になるんだろうね」

ふふ、と微笑んだ海音を見て安心する。

「体調はどう?」

「前よりは大丈夫。このまま何もなければ前の病室に戻るって」

「そっか。とりあえず無理だけはしないでね」

「わかってるよ。朝陽は元気?」

「元気だよ」

「なんか、いっつもこの会話してない?」

「たしかに」

2人で笑い合う。

このじかんがずっと続いてほしかった。


「そろそろ帰らなきゃ」

いつの間にか時間が経っていて、帰らなければいけなくなった。

「あ、ねぇ朝陽」

「ん?」

海音に引き留められて上着を取ろうとした手を止める。

「あの事は、お母さんたちに言わないで」

「………うん、わかった」

なんとなく海音は言ってほしくないんだろうなって思ったから、まだ両親には言っていなかった。

「あとね、手術受けようと思う。まだ、生きていたいから」

自身の胸を掴み、海音が言う。

静かな決意を感じる声色に自然と目を見開いてしまう。

多分、他の理由もあるからだけど。

「うん、じゃあ明日看護師さんに言おうか」

「あ、お母さんたちにはちゃんと自分で言いたいから内緒にしてて」

「わかってるって」

「うん。じゃ、また明日」

「またね、海音」

病院を出たものの、家に帰る気力がなく他の場所へ向かう。

あまり人がいないちょっとした丘。

自分の中で1人になりたい時にいつも行く場所。

小さい頃は今と目線が違うから、それはそれは大きな山だと思っていて、海音と一緒に冒険隊ごっこをしていた。

まだ海音が活発だった頃の話。

あの時はこんなことになるだなんて思いもしなかった。

丘の上はちゃんと整備されていて、町を見渡す展望台やベンチ、ちょっとした遊具もある。

なぜここに人が来ないのか正直に言ってわからないほど充実している。

「ふぅ」

展望台の柵に寄りかかって一息つく。

やっぱりすごく落ち着く。

あの時もここに来て、自分を落ち着かせていた。

だから、今日も落ち着けると思っていた。

けど……、

「手術受けるって言ったでしょ。ほら、あいつの死は迫ってる」

「っつ、うるさいな。1人になるためにここに来たのに」

なぜかついてきているアラタ。

「わかって来てるんでしょ。あいつは死ぬって」

「黙れよ!」

海音の底から込み上がった怒りをアラタにぶつける。

「ふーん。見捨てるんだ」

「……!そ、そんなんじゃ」

「わかってるよ、お前にそんな余裕ないって事。でも孤独なままあいつは死ぬぞ」

「………………」

本当にうざい。人が嫌がることを的確についてくる。

「はぁ。とりあえず海音のこと『あいつ』って呼ぶのやめて」

「ん。で、今お前が海音にできることはなんだ」

「できること………?」

急に聞いてくるアラタ。

「できることなんて………」

どの道を選んでも海音が死んでしまう事は変わらない。でもただの高校生の自分に何ができるって言うんだ。

「人は死に近づきながら生きる存在。死ぬ時は死ぬ。その時が来たらもう死からは逃れられない」

アラタが現実を突きつける。

「海音が、これからも生きる方法はないの?」

それでも自分は現実から逃げる。絶対に認めたくない。

「ない。…‥と言いたいとこだけどあるっちゃある」

「え?」

ガバッと顔を上げ、アラタを見る。

「まぁ教えねぇけど」

「なんで!………」

アラタに思いっきり歯向かう。

「………お前が分からないからだよ。俺が言いたいことが」

「え?………」

「それが分かるまで一生教えない。まわりが見えないやつだな」

アラタの言っていることがわからない。言いたいことって何。

これまでの会話を振り返ってみる。

「できること………」

アラタが言ってた『俺にできること』。

もしかして自分ができることがわかれば教えてくれるってこと?

「俺にできることって何?」

「だからそれを自分で見つけろって言ってんの。そんなこともわかんねぇのかよ」

「そんなんことって………」

「考えておけ。期限は迫ってる」

アラタはそう言ってどこかへ行った。


「はぁ、どうすればいいんだろう」

海音のためにできること………。

無理だ。そんな専門知識がない高校生に何ができる。

すごく引っかかる。アラタの言っていた事がモヤモヤする。

もうアラタは正解を教えてくれているんじゃないか。

アラタとの会話をさらに遡らせた。

初めて話した時、あの時はアラタが憎くて憎くて仕方なかった。

でも、今ではそんな感じはしない。

態度が変わったようには思えないけど。

「…‥残りの時間!」

ハッと思い出す。

アラタと初めて会った時、去り際にアラタは言った。

『残りの時間をどうするかはお前が決めることだ』

海音との残り時間………。

海音にはしたいことがたくさんあるだろう。

きっと海音の未来は変えられない。

でも、今からならその時まで何かできることがある。

海音の人生に悔いがないようにさせることが。

大丈夫だ。絶対に。

海音を笑顔にすることは俺の得意分野だから。

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