第8話 大晦日


 城崎の家は、上北沢駅から徒歩10分の住宅街にある。


 というのも、父の生家であり、築50年を超えて、数か所雨漏りもしている古い家だ。


 両親は仕事で7年前からドイツに暮らしているため、一人暮らしが板についてきた。


 登山やキャンプが趣味であり、料理も得意。売れ残り男子としては申し分ないはずと自分でも思っている・・・



 2024年の年末年始は曜日の関係で6連休という、近年にない長期休暇となった。仕事は絶不調であったが、心機一転、リフレッシュして新年を迎えたい。


 

 だから、今日は庭で焚火を見ながらウイスキー片手にのんびりすると決めている。


 昼過ぎに上北沢駅前の商店街へ行くと、顔なじみの店主が魚や肉などを進めてきた。今日は焚火の上で、サンマ2匹とサーロインステーキ400グラムという2枚看板でやる。もうウキウキ、ワクワクが止まらない。


 日が暮れて、庭先に焚火台を設置した。使い込んだ最高の相棒である。


 東京で焚火は近所の目もうるさいのだが、城崎家がもともとの住人で、毎月のようにやっているため、周囲も諦めているのだろう。


 いつもはライターで火を付けるが、6連休の初日である。特別にファイヤースターターを使う。薪を組んだ中央に、長野で採った白樺の皮を置いた。庭に落ちている針葉樹の枯れ葉も置く。これで大体うまくいく。


 スターターを勢いよく擦り合わせ、火花を散らす。白樺に火の粉が移ると、消さないように火吹き棒で育てていく。やがて小さな炎が生まれると小枝をくべる。ここまでくると東京に居ながら森の中にいるような錯覚に陥る。


「か・い・か・ん・」(あれ、これ誰だっけ…)


「さあ、サンマ君から行きますかね!!」


 そこへ飼い猫のタマがきた。サザエさんの「たま」に似ているから付けた名前である。


「ちゃんと、お前の分も買ってきてるよ。ちょっと待っててな!」と網の上にサンマを2匹乗せた。


 パチパチと魚の油が火に落ち、何とも言えない匂いが漂ってくる。それをつまみにハイボールを流し込む。


 片面が焼けて、裏返した時だった。


 ピンーポーン 玄関のチャイムが鳴った。


「ああ、これからいいとこだったのに」と、網を火から外して横へ置いた。


 年末大晦日のピンポンは、ほぼ宅急便。もしくは凶悪犯罪者と思いながら覗き穴を見た。


「!!?・・・沢渡社長。どうされました。」


「城崎さん。急にごめんなさい。貴方に見てもらいたくて。」


「寒いんで、どうぞ中へ。といっても焚火してたんで、暖房できてなくて、すみません。直ぐエアコン付けます。どうぞどうぞ。」


「…休日にごめんなさいね。どうしても直ぐに見てほしくて。」


「よく分かりましたね。ここ。」


「お歳暮リストに住所がありましたから。」


「あっ。すみません。今、そのウイスキー飲んでたところです。お電話いただきましたら、伺いましたのに…」


「いえ、いつも来てもらって、それに不義理ばっかりしてて、電話しずらくて…」


「こちらこそ、お気づかいさせてすみません。で、見てもらいたいものって何ですか?」


「年末の整理をしてたら、お父さんの日記があったの。」


「日記!?」


「ええ。と言っても毎日書いてはないんだけど、毎週2日程度は書いてる感じ。そしてね、城崎さんが言う通り、最後の日記に、明日は立山って書いてあるの。ほら。」


「えっ!?立山…。初心者でも行ける山です。剱岳と距離は近いけどレベルが違う。」


「そう。お父さん最初は立山に行く予定だったのよ。だからちょっと行ってくると言って出て行ったんだと思うわ。」


「なるほど…それで納得がいきました。絶対に一人で行くはずありませんから。」


「でも、なんで急に剱岳に変わったのかは分からないんだけど…」


「ちょっと、調べてみます。ずっと気になってたんです。」


「調べるって?」


「警察とかホテルとかもう一度確認してきます。ホテル名と担当刑事の名前とか分かりますか。」


「ええ。全部分かります。あとで、ラインで送ります。」


「お願いしま・・・」


 そこに、タマが壁穴から部屋に入って来た。


「ニャー・・・・・」


「あっ!サンマ!!」


 急いで庭に出たが、時すでに遅かった。2匹のサンマは無くなっていた・・・。


 

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