第5話
数分後、彼女はガラスの器を両手でそっと抱えるように戻ってきた。
透明な水の中に沈む氷と、中心に伸びる金属のステム。
ボウルの上には、ほのかに温かみを帯びた煙がゆっくりと立ちのぼっている。
「はい、これ。マウスピース、新しいの。気にせず使って」
そう言って、彼女は小さな袋を僕の前に置いた。
中には淡いブルーの使い捨てマウスピースが一本。
彼女は自分の吸い口にも同じものをつけ、確認するように軽く押さえた。
「最初は、深く吸わないで。煙だけ、ふわっと吸って吐くだけでいいから」
慣れた手つき。だけど、どこか遠慮がちに感じた。
仕事の顔の奥に、まだ何かを距てている気配がある。
僕はマウスピースを差し込み、軽く吸ってみた。
甘く、湿った空気が喉の奥を滑る。パッションフルーツとライチ。
たしかに、思ったより優しい。
「……吸いやすいな。味も、意外と悪くない」
「よかった。無理しないで、飽きたらすぐ言って」
そう言って、彼女はカウンターに戻っていった。
次の客に笑顔で応じる彼女を見ながら、僕はグラスの縁を指でなぞる。
まるでそこにある“何か”と、自分との距離を確かめるように。
彼女の中にも、まだ誰かの目が残っているのだろうか――
そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎった。
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