ノルウェーからやって来た天使さんに、モブで地味で目立たない僕が忍者と勘違いされてしまったのだが?
夜狩仁志
前編
高校入学して1年、無事に2学年へと進級することができた僕、
目立つことなく、いじめられることもなく、女の子にモテることもなく、貶されることもなく、
地味で平穏なモブ生活を過ごしていた。
そしてそれは2年生になっても変わることはないだろう。
そんな中、4月から新学期が始まり、新しいクラスになってから2週間後の今朝……
――始業前の教室――
いつも授業前は騒がしいのだが、今日はまた一段と騒々しい。
喧騒の中一人、席で授業の準備をしていた僕に、1年時から同じクラスの千葉君が興奮しながら話しかけてくる。
「おい、春山、見たか? 噂以上に可愛かったぞ!」
「見たって、何を?」
「留学生だよ! 今日このクラスにやって来る!」
…………そういえば?
そんな話があったような、無かったような。
「今日さ、職員室に入っていくのをチラッと見たんだが、本物はやっぱスゲーぜ!」
「へー すごいんだ。どのへんが?」
「全てだよ! 美貌から体つき、オーラ、全てが日本人離れした規格外の女の子!」
「そりやぁ、留学生なら日本人離れはしてるだろうけど」
「お前は……本当にそういうことに興味ないんだな」
「まあ」
たしかに今月、うちのクラスに留学生がやって来るという話は、以前どこかで耳にしていた。
なんでも、その分野では名の通ったグラビアアイドルやってる子で?
来日するとなって、ちょっとした世間では騒動にまで発展した、とか……
でも、僕には関係ないけどね。
そんな子と接することもほとんど無いだろうし、モブな僕とグラビアアイドルのその子では次元が違いすぎて、どうせろくに会話もしないまま1年が経過してクラスが変わってしまうのだ。
別に仲良くなろうとも思わないし、あんまり興味はないかなー
「ほれ、これ見てみ」
そんな僕に呆れたかのように、千葉君がため息をつきながら一冊の青年誌を机の上に投げ置いた。
表紙には、際どいビキニ姿の金髪碧眼の女の子。
見出しには、
『
『悩ましいフィヨルドボディーの持ち主』
『ノルウェーの美少女に、君も“
……なに? これ?
まるで美術の教科書に出てくる古代の彫刻の女神様のような整った顔立ちの美少女。
長くサラサラな金髪、蒼い瞳、雪のような肌、そしてなによりも日本人離れしたふくよかな身体。
このクラスに留学生ってことは、同い年ってことでしょ?
同年代なのにこの美しく整った体つき。
大人と変わらないくらい……特に胸なんかすごい迫力だ。
それ以前に、この表紙にあるキャッチフレーズはなんなの?
「……この、諾乳威天使って、なに?」
「この子の出身地ノルウェーは、漢字で表記すると“諾威”っ書くらしいんだよ。
で、それをもじって爆乳が諾乳、天使のような美しさから、威天使って呼ばれてるんだよ」
「ふぅ~~~ん」
「あのな! お前、少しは興……」
と、そこに担任の先生が入ってきた。
「早く席につけ!」
飛び散っていた生徒達が、先生の怒号により一斉に着席し、教室内は静まり返る。
そして号令がかけられ挨拶が終わると、待ちに待った先生からの留学生の紹介が始まった。
「え~~ もうみんなも知ってると思うが、今日からこのクラスに留学生がやって来る。分からないことだらけだろうから、みんな協力して助けて上げるように」
「「「はーい!!」」」
威勢のいい男子生徒の返事が響き渡る。
先生は一度教室を出て再び入ってくる。その先生の後ろをついてきたのは、渦中の美少女。
紛れもなくあの雑誌に載っていた子だ。
いや、実物の方がより現実離れして、グラビア以上に美しさが際立っているように見えた。
騒いでいた生徒たちも、そのあまりの神秘的な美しさに言葉を失った……
学校指定の黒いセーラー服に紺のソックス、見方によっては白銀とも白髪とも見れる金髪。
このギャップの差と、神話の世界に登場するかのような美貌が、僕たちを非現実的な世界へと導く。
彼女は本当に同じ人間なのかと、異世界から召還されたのかと思えるほどの美しさ。
雑誌の写真だと、加工してあるとかIAが描いた画像だとか、心無い批評が噴出するだろうが、こう目の前に生きている姿で現れると、だれもその美しさを認めざるをえなくなってしまうレベルだ。
男子生徒の感嘆とため息と、女子生徒の羨望の嘆息が漏れるのが聞こえる。
まるで静寂な美術館にて、美しく貴重な芸術品を眺めているようだった。
そんな張り詰めた空間を先生が切り裂いた。
「今日からみんなと一緒に過ごすことになった、ノルウェーから来たイングリーデゥ・エルスタッドさんだ」
そう紹介し、日本語に不馴れであろう本人に変わって、名前を板書する。
そして彼女に自己紹介するようジェスチャーで促す。
イングリーデゥと紹介された天使さんは、小さく微笑みうなずいて見せて、半歩前に進む。
誰もが彼女の第一声に耳を傾けた。
いったいどんな声を発するのだろう?
管弦楽器のような美しく気高い声を奏でてくれるのか?
遠い異国のノルウェーの言葉は、どんな発音をするのか?
美しい女性はいったいどんな口調で、我々を魅了してくれるのか?
誰もが注目する中、
彼女の表情は臆することなく、
うっすらと笑みを浮かべた口が、
ゆっくりと開かれた。
「オッス! オラ、リード!」
え!?
「オラは
おだやかな心をもちながら、
ダイナマイトなボディをもって目覚めた話題のグラビアアイドル……
イングリーデゥ・エルスタッドだ!!!」
新しいクラスになって2週間目。
初めて一緒のクラスになる生徒や、
初めて目にする子、話す子がいるこのクラスで、
この日、みんなの心が初めて一つになったのだった。
……あぁ、
……この子、
日本の漫画やアニメで日本語を覚えた感じの子だ。
「じゃあ、みんな仲良くするように」
先生は投げやりな言葉を発し、彼女を僕たちに押し付けるようにして、その場の紹介を終えてしまった。
「
なにも知らない北欧からの天使さんは、罪のない無邪気な笑顔をまわりに振り撒く。
う~~ん
これは……
彼女とはあんまり関わらない方がよさそうだな。
そっとしておこう。
所詮、僕と彼女とは住む世界が違うのだ。
大丈夫、きっと彼女のことなら、他の生徒達が助けてくれるだろう。
アイドルは直接話すものじゃない。遠くで眺めてるのがちょうど良いのだ。
僕は深く関わらないように、彼女が演じる天使の舞台から降りたのだった。
この日一日、授業合間の休憩時間や休み時間、常に彼女の周りは群衆で溢れかえっていた。
本当に芸能人みたいだ。
一目見ようとする者や、仲良くなろうとする者など、学年クラス問わず、ひっきりなしに生徒が押し寄せていた。
僕はそんな様子を自分の席から眺めているだけだったが、
まあ、みんな必死に話しかけようとするのだが、すぐに返り討ちにあい、ろくに会話もできず去って行くのだった。
そしてまた一人……
「やあ、俺さぁ……」
「オッス!!」
「え? あ、お、おっす?」
「
「え? えーっと……」
「
ここから聞いてても、なに言ってるのか分からない。
僕もそんなに英語が得意じゃないし。
というか英語じゃないよね。
ノルウェー語?
「
「はあ?」
「
(ゲームや漫画に興味があって、そのために日本語を勉強しに来ました)
「えぇ……」
「
(もっと忍術について勉強したいです!)
「まぁ、その、なんだ……よろしく」
「
みんな言葉の壁に阻まれて、去って行くのだった。
……まぁ、僕には関係ない事だけどね。
しかし……
そんな願いは1日ももたなかったのだ……
放課後、僕は自分が所属している茶道部へと向かおうと準備をしていたところだった。
学級委員長の女の子、柳田さんが彼女を連れて僕のところまでやって来たのだった。
「春山君……ちょっと、いいかな?」
疲れ果てた柳田さんの表情が全てを物語っていた。
なにも分からない彼女の世話を押し付けられたのだろう。その対応に苦慮して考えた末、僕のところに来たというわけだ。
もう頼れるのが僕しかいない?
仕方がない。ここは覚悟を決めて、人助けと思って助けてあげるか。
「あのね、学校を案内してほしいんだって。それと、部活に入りたいから、見学して回りたいんだって」
「オッス!」
目の前で無邪気に微笑むノルウェーの天使は、僕にとっては悪魔にしか見えない……
「それと、なんか、忍者に会いたいらしいの」
「……は?」
「お互い英語で会話してみたんだけど、そうみたい」
「忍者?」
張本人へと視線を向けると、元気よく「オッス!」と言葉を返してくれる。
この挨拶も……なんとかならないものかね。
せっかくの美人でも、この間違った日本語で全てが台無しになってしまう。
そんなことを、彼女の顔を眺めながら見ていると、
「エー アナタのネイムは、ナンですか?」
と、たどたどしい日本語で僕の名前を尋ねてきた。
「え? ああ……勝喜、春山」
「オー カツキ!
「よ、よろしく?」
「オラ、イングリーデゥ・エルスタッド!」
「……イングリッド?」
「リードと呼んでデース!」
リードさんって呼べばいいのね、はいはい。
さて、これから校内を案内するにしても、先ずは言葉遣いだね。
部員の人に挨拶する際、こんな言葉使いじゃ、せっかくの美少女も幻滅されちゃうからね。
「あのね、リードさん?」
「オッス!」
「その……オッスって言うのは……」
「
ん~~ ちょっと違うんだよね。
日本の挨拶って、なんて説明すればいいんだろう?
“こんにちは”かな?
でも、部活の時は昼過ぎでも“おはようございます”だし……
やあ?とかヘイ!は馴れ馴れしいし、
職員室入る時は“失礼します”だし、
お店入る時は“すいません”って入ったりするし……
とにかく美少女が“オッス”言うのはおかしい。
「あの、リードさん?」
「
「オッスは……格闘家? ファイターの挨拶」
「おー ファイターのアツアツ?」
「その……忍者は、オッス言わないの」
「
「あと、忍者は自分のことを“オラ”とも言わない」
「Ah……」
「普通は自分のことを“ワタシ”って言うんだよ」
「
「その……挨拶は……なんだろう?
えーっと、
“ごきげんよう” かな?」
「ゴキ……ゲン? ヨゥ?」
「そう。ごきげんよう。これが本当の挨拶」
“ごきげんよう”なら時間も場所も関係ないし、先輩後輩先生と、誰にでも使えるから。
で、いいかのかな?
変なこと教えてないよね?
リードさんは可愛らしい唇をもごもごさせながら「ごきげんよう……ごきげんよう?」と呪文のように繰り返し発音する。
「そう、ごきげんよう」
「ごき! げん! ようー!
ワタシは! ごきげんよう――!!」
こんな元気一杯の“ごきげんよう”聞いたことないけど、まあ間違ってないからいいかな?
こうして……
金髪碧眼の美少女外国人が、お嬢様言葉“ごきげんよう”と叫びながら歩くのだった。
習いたての新しい日本語を使いたくてしかたないリードさんは、すれ違う人全員に“ごきげんよう”していくのだった。
しかし、校内案内と部活見学が(彼女にとっては忍者探し)始まったのだが……
各学年の教室を案内しても、
「ニンジャは? ニンジャの教室は??」
「……ないよ。ここは普通科の高校だから」
体育館を案内しても、
「ココは
「普通に、剣道場と柔道場だよ」
プールに連れてっても、
「
「普通のプールだよ」
特別教室を連れてけば、
「
「ただの理科実験室」
「ニンジャ飯!!」
「ここは調理実習室だよ」
はぁ……
疲れる……
どこへいつても忍者、忍者と……
しかもリードさんが行く先々では、必ず人集りができるので、のんびり校内を案内することもままならない。
「カツキ! カツキ!」
「なに今度は?」
いつの間にか僕のことを、下の名前で呼ぶようになってるし。
「
「……?」
「サークル?」
「ああ、部活ね」
「ワタシ、しの部! 探してマス!」
「はあ?」
「“しの部”はドコデースか?」
「しの部?」
……しのぶ?
……忍?
「もしかして
「ヤァ――!!」
「無いって! そんな部活!」
もうリードさん一人おいて帰ろうかな……
いつの間にか柳田さんも、委員会があるからって言って、どっか行っちゃったし。
「カツキは? サークルは?」
「僕? 茶道部だけど……」
「サドウ?」
なんて説明すればいいんだろう?
英語でティーセレモニーって言うんだっけ?
じゃあノルウェー語では?
言葉で説明するより、連れて行った方が早いかも。
「じゃあ、これから一緒に行く?」
「ヤァ!!」
あまり乗り気はしないのだが、結局茶道部の部室である和室まで一緒に行くことになってしまった。
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