第4話 四葉のネックレス

 次の日、と言っても愛実にとっては次の日になったのかもわからない。

 部屋には窓がなく、時計もない。

 だから、時間を確認する術はなく、ただベッドで愛実は一人、過ごしていた。


 眠れるわけもなく、一睡もできていない。

 けれど、顔色は普通で、目の下に隈も出来ていない。


 体も重くなく、いつもと変わらない。けれど、愛実は起きられない。

 体を起こしたくなく枕に顔を埋めていると、扉が叩かれた。


 体がビクッと跳ねる。

 顔を少しだけ上げ、扉を見た。


 誰なのか、何をしに来たのか。

 扉を睨み、返事をしないでいると、外から聞き覚えのある声が部屋に聞こえた。


『愛実様、朝食をお持ちいたしました』


 コウヨウさんの声だ。

 そう思ったが、喉が枯れて声が出ない。


 不思議に思ったコウヨウは首を傾げつつ、再度『愛実様、入ってもよろしいでしょうか』と声をかけた。


 それでも、愛実は声を出せない。

 緊張と困惑、恐怖などで体も動かせない。


『…………入りますね』


 人の気配を感じるため、コウヨウは中を確認するようにゆっくりと扉を開いた。

 ベッドの上に愛実がいるのを知り、安堵の息を吐く。

 愛実の様子を見て、姿勢を正し、目の前まで移動し片膝を突いた。


「いかがいたしましたか?」


 見上げる形になり、コウヨウは問いかける。

 愛実は、何を言えばいいのか、なんと言えばいいのか。頭が働かず、気まずさから逃げるように布団をかぶり顔を隠した。


 コウヨウは、そんな愛実を責めない。

 数秒考え、コウヨウは再度口を開いた。


「…………愛実様、何かございましたらお申し付けください。私は、貴方様の世話係です」


 淡々と、業務メニューを伝えるようにコウヨウが愛実に言う。

 布団の中で聞いていた愛実は、俯きながらも、少しだけ顔を布団から出した。


 口を開くが、心臓が跳ね、息苦しくなり言葉が突っかかる。

 これは、この世界に来たからだけではない、元々、自分の考えが言えない性格なため、愛実は申し訳ないというように、また布団の中に顔を隠してしまった。


 困らせている、そう思っても、言葉が出ない。

 どうすればいいのかわからず、自分が情けなく、また涙をこぼす。


 コウヨウは、また考える。

 すると、一ついい案が浮かび、愛実に提案した。


「では、愛実様。人の顔を見てお話しするのが苦手なのでしたら、そのままで構いませんので、さきほど言いかけた事をお伝え願えませんか?」


 今のままで?

 そう思うが、確かに顔を見なければ、愛実でも言葉を伝えられる。


 でも、失礼ではないか、幻滅させられないか。

 そう考えたが、もう今の状況が幻滅させられるものだと自覚した。


 無礼なのを承知で、提案に乗る。


「…………私、どうなってしまうんですか。もう、ここから逃げられないのでしょうか」


 出た言葉は、自分を守る言葉だった。

 こんなことを聞きたかったわけではない。もっと、この世界についてやコウヨウという人物について質問しなければならない場面。


 それでも、愛実の口から出たのは、自分の保身。

 本当に、情けなくて仕方がない。

 そう思っていると、コウヨウから返答があった。


「逃げたいですか?」


 なぜそんなことを聞くのだろうと、愛実は視線を下げながら体を起こし、布団からです。

 コウヨウを見ると話す事が出来なくなるため、視線を枕に向けたまま言った。


「当たり前です。こんな、よくわからない所に急に呼ばれて、ここで生活なんて……。現実味がないし、そう簡単に受け入れられるわけがありません」


 恐怖と悲しみ、不安と疎外感。

 ぐちゃぐちゃな感情が愛実の言葉に乗っていた。


 愛実からの素直な言葉にコウヨウは、顎に手を当て考え込んだ。

 何を考えているんだろうと、横目でコイヨウを見る。


「…………わかりました。愛実様の言う通り、突如呼ばれ、ここで生活するのは酷でしたね。少々お待ちください」


 それだけを残すと、聞きやすいようにしていたコウヨウは立ち上がり、部屋から出る。

 何を考えたんだろうと思いつつ、閉じられた扉を見た。


「な、なに…………?」


 表情からも言葉からも、何も読み取れないコウヨウの思考。

 愛実の瞳からは、またしても涙が零れ落ちる。


「もう、こんな所、嫌だ……。お母さん……」


 下を向き、涙を拭う。そんな時、なぜかわからないけれど、首元が急に冷たく感じた。

 何だろうと手で探ると、なにかが当たる。


 それは、今までお風呂と睡眠時以外ではずっと付けていた、大事な人からもらった四葉のネックレス。


 お守り代わりとしていつも付けていたネックレスは、今もキラキラと輝いている。

 これを見ると、愛実は昔、共に遊んでいた少年を思い出す。


 愛実にとって初恋で、今もずっと待ち続けている男の子の面影が、このネックレスにはある。

 胸に辺りで握り、唱えた。


「お願い、助けて。紅葉君…………」


 祈るようにネックレスを握ると、またしても扉が開かれた。


「っ、!!」

「申し訳ありません、お待たせいたしました――――それは?」


 コウヨウが片手に何かを持ち、ベッドの隣まで移動した。

 その時、愛実が握っているものに目が行く。


「あ、え、えっと、これは、その…………」

「四葉も、ネックレス…………」


 手を開き、仲を見たコウヨウは、驚いたように声が上ずっていた。


 動揺しているような声に、愛実は首を傾げた。

 その時、愛実の目には、コウヨウが持っているクマのぬいぐるみが映る。


「あ、あの、それは?」

「あぁ、これは…………」


 言いながら、コウヨウはクマのぬいぐるみを差し出した。


「女性は、このような可愛いものがお好きだと聞きましたので。少しは気持ちが落ち着くかと思ったのですが、いかがですか?」


 首をコテンとして、コウヨウが問いかける。

 愛実は、よくわからないままぬいぐるみを受け取り、ビーズで作られている黒い眼を見た。


「――――あ、あれ、これは、四葉のネックレス?」

「はい。偶然ですね、おそろいです」


 クマのぬいぐるみの首には、愛実が持っていた四葉のネックレスに似た物が首にかけられていた。

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