陸上部の女王

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「くっ……」

 図書室で気を失った次の日、神月が教室で顔をしかめる。

(まさかエルフがいるとはな……生徒数も多い学園とはいえ、まったくの予想外だった……)

 神月は額を抑える。

(十字架を見せられてからしばらく気を失ってしまった……なんという失態……しかし……)

 神月は腕を組む。

(あのエルフ……川北凛もこの学園の関係者の女性だ。よって、なんとしても噛みついて血を吸わなければならない……。しかし、こちらがヴァンパイアだと知られているのは厄介過ぎる問題だ……ちっ……)

 神月が内心舌打ちをする。

(強引に行くのは品性に欠けるな。神月家のヴァンパイアたるもの、事はエレガントに運ばなくては……さて、どうする……?)

「神月く~ん」

「! な、なんだい?」

 女子生徒に話しかけられた神月は笑顔を浮かべて対応する。

「あのさ~部活動とかには興味ないの~?」

「部活動?」

「うん~」

「ああ……」

 神月は考え込む。先祖代々の苦心や神月本人の努力もあって、日光に晒されるとすぐに倒れてしまうということは無いが、やはりヴァンパイアの為、日の光の下での活動は出来る限りは避けたいというのが本音だ。

「興味ない感じ~?」

「いや……」

 何かの時の為に基礎体力は付けておきたいという考えもある。

「ん? 興味ある感じ~?」

「……興味がないわけではないけれど……」

「けれど?」

「2年生から途中入部というのはなんとなくしづらいかなと思ってね……」

「あ~その辺なら大丈夫~」

「大丈夫?」

「うん。うちは陸上部だからさ~チームスポーツとは違って、誰かのポジションを奪っちゃうっていうこともないから~まあ、団体での種目もあるっちゃあるけど~」

「! 陸上部……?」

「そう、この間の神月くんのスポーツテストの結果を見て、顧問が声をかけてみろってさ~」

(陸上部か……攻略対象のあの女がいる部活だな……)

「? 神月くん~?」

「あ、ああ、正式に入部うんぬんはともかく……練習を見学させてもらうこととか出来ないかな?」

「うん、もちろん良いよ~。どうする? 今日も練習あるけど~」

「善は急げというからね。今日見学させてもらうよ」

「OK~。顧問とか先輩たちに伝えておくわ~」

 女子生徒がその場を去る。

(エルフはひとまず後にして……。あの女に近づくとしよう……)

 神月は浮かんでくる笑みをごまかすように自らの顎を撫でる。そして、放課後になった。ジャージ姿になった神月は陸上部の所へ向かう。顧問から皆に紹介され、全体でのランニングに付き合った後、ベンチに行儀よく座って、練習を見学していた。すると……。

「おい、神月くんよ~」

 茶色く長いウルフカットの女子が声をかけてくる。タンクトップとショーツのセパレート型陸上ユニフォーム姿で日に焼けた肌と健康的な肉体美をこれでもかと強調している。

(! そっちから来るとは手間が省けたな……いや、まだ笑うな……)

 神月が自らの口元を抑えつける。ウルフカットの女子が首を傾げる。

「? どうかしたか?」

「いいえ、なんでしょうか、原口鋭子はらぐちえいこ先輩?」

「へえ、オレのことを知ってるのかい?」

 鋭子と呼ばれたウルフカットは目を丸くする。

「それはもちろんですよ、高校陸上界でも有名じゃないですか」

「有名? どんな風に?」

「類まれなる運動能力を持っていながら、公式の大会には何故か出てこない……『ベールに包まれた天才』というようなネット記事を以前読んだことがありますよ」

「へっ、やめろよ、恥ずかしい……」

 鋭子が自らの後頭部をポリポリと掻く。

「何故大会に出場なさらないんですか?」

「あ~あれだ、あれ」

「あれ?」

 神月が首を傾げる。

「本番に弱いタイプなんだよ、大会とかが近づくとしょっちゅう腹を下しちまってな……」

 鋭子が自らの腹を撫でる。

「そ、それは失礼しました……」

 神月が頭を下げる。鋭子が右手を左右に振る。

「別に良いけどよ。それよりもよ、ただそうやって見ているだけじゃあつまらねえだろう?」

「はあ……」

「オレの練習に付き合わねえか?」

「え?」

「誰かいた方が張り合いってもんが出るんだよ。この間のスポーツテストもなかなかの成績だったらしいじゃねえか」

「ま、まあ、僕でよろしければ……」

 神月がベンチから立ち上がる。

「決まりだ、ノリが良いねえ♪」

 鋭子がウインクをする。

(ここは機嫌をとっておいた方が良いだろうな……)

 入念にウォーミングアップを行ってから、両者が横に並ぶ。これから二人が臨むのは100mハードル走だ。

「さてと……」 

 ここまでヘラヘラしていた鋭子が真面目な表情になる。

(爽やかで凛々しい表情だ。同姓のファンもかなり多いらしい。俺になびかないのも理解出来る……)

 鋭子のキリっとした横顔を横目に見て、神月は納得する。鋭子が小さくため息を吐く。

「ふぅ……」

(ここで俺の運動能力を見せれば、この女も心動かされるはずだ……!)

 合図が鳴り、鋭子と神月が走り出す。

「はっ!」

「は、速い!?」

 鋭子が神月にかなりの差をつけてゴールした。自身のタイムを見て、鋭子はガッツポーズを取る。

「よっし!」

(選手とはいえ、女が俺にここまで差を付けるとは……)

 神月が汗を拭いながら感嘆とする。

「それじゃあ、次の種目だ!」

「は、はい!」

 続いて二人は走り高跳びに臨む。

「ふっ!」

「た、高い!?」

 鋭子が神月が飛べなかったバーよりも高いバーを飛んでみせた。お手本のような背面飛びを決めた後、マッドの上に立ち上がって、派手なガッツポーズを取る。

「よっしゃ!」

(やるな……)

「じゃあ、次の種目だ!」

「……はい!」

 続いて二人は砲丸投げに臨む。

「ほっ!」

「な、なにっ!?」

 鋭子が神月が投げた位置よりもさらに遠い位置へ砲丸を投げてみせる。雄叫びを上げた後、記録を確認し、豪快なガッツポーズを決める。

「よっしゃあ!」

「す、すごい……」

 神月は思わず感嘆とした声を出してしまった。

「次だ!」

「え? は、はい……!」

 その後、二人は200m走、走り幅跳び、やり投げ、800m走と、合計で七種目をこなした。

「こ、これがへプタスロンだ……」

 鋭子が肩で息をしながら告げる。

「な、七種競技ですね……」

 神月も呼吸を荒くしながら応える。

「そうだ、よく分かったな……」

「な、なんとなくの見当は付きます……」

「普通は200m走までを一日目、残りの三種目を二日目っていう感じで、二日間に分けて行う」

「!? ど、どうりでハードだと……む、無茶をし過ぎでは……?」

「無茶は百も承知だよ……」

「そ、そんな……」

「この競技でトップに立ったやつは『クイーン・オブ・アスリート』って称賛されるんだよ……」

「クイーン……」

「どうせならてっぺんを目指したいじゃねえか……」

 鋭子は空を指差して、ニヤリと笑う。

「てっぺん……」

「ありがとうな、おかげで良い記録が出せたぜ……」

 鋭子が神月に頭を下げる。神月が両手を左右に振る。

「い、いえ、ほとんど相手になりませんでしたし……」

「付き合ってくれただけでもありがたいんだよ……一日で七種目をこなそうなんて物好きはなかなかいないんでな……」

「それは……騙されたようなものだからな……」

 神月が小声で呟く。

「うん?」

「い、いいえ!」

 神月が首を左右に振る。

「すっかり汗かいちまった……まだ皆練習しているけど……一足先にシャワーを浴びてこようぜ」

「え、ええ……」

 二人はシャワールームに向かう。

「ああ~生き返るぜ~」

「ちょ、ちょっと!?」

「ん? どうした?」

「どうしたじゃないですよ! こ、こっちは男子のシャワールームですよ!? 何故先輩がここにいるんですか!?」

 いつの間にか、隣のスペースでシャワーを浴びている鋭子の行動に神月は激しく動揺する。

「女子のシャワールームは現在故障中だ」

「う、嘘だ!」

「ああ、嘘だよ……へへっ」

 鋭子が笑う。

「は、早く戻った方が……」

「シャワーが終わったらな~♪」

 鋭子は鼻歌を歌いながら、シャワーを浴び続ける。神月は冷静になる。

(期せずして機嫌を取ることには成功したようだな……これは血を吸う好機ではないか?)

「~♪」

 神月はシャワーの勢いを強めて、自らのスペースをこっそりと抜け出し、鋭子のスペースに忍び込もうとする。

(痴漢行為をしているようでさすがに気が引けるな……裸は見ないように……い、いや、少しくらいなら見てしまってもしょうがないだろう……不可抗力というやつだ) 

「~~♪」

 鋭子は鼻歌を歌っている。神月の接近には気が付いていないようだ。

(お、お尻……アスリートらしくほどよく引き締まっているな……そして毛艶の良い尻尾……尻尾!?)

「ははっ! ……ちょっかいをかけてみたら、本当に引っかかるとはな~」

 シャワーを止めた鋭子が笑いながら振り向く。開いた口から鋭い牙が覗く。神月がハッとなる。

「!? ウェアウルフか!」

「へへっ!」

「しまっ……!?」

 鋭子が逆に神月の首筋に噛みつく。神月がふらふらになって、倒れ込む。

「はっ、甘嚙みだったんだが、お子ちゃまには刺激が強すぎたか?」

「くっ……」

「そうだな、一種目でもオレを凌駕したら、血を吸わせてやってもいいぜ、ヴァンパイアの坊や……ま、無理だと思うけどよ……」

 神月は薄れゆく意識の中、鋭子がくくっと笑う顔を見た。ワイルドな笑みだと思った。

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