逆襲の戦艦長門

佐藤特佐

第一話 戦いの海で


 フィリピン海某所。


 

 数多の航跡が海を横切る。

 

 

「目標捕捉!距離15000!」

 

「水上戦闘用意!」

 

 護衛艦こんごうを旗艦とした日米合同艦隊総勢10隻。単陣形で進撃している。

 

 こんごうの艦長・山城 大地やましろ だいち(二等海佐)をはじめとした乗組員たちは、固唾を飲んでその瞬間を迎えた。

 艦の前方に搭載された速射砲が重たい音をたてて旋回し、左側舷の方を向く。後続艦のみょうこう、きりしま、はぐろ、さらにはミサイル駆逐艦ジョン・ポール・ジョーンズを旗艦とするアメリカ海軍の艦隊も続いて主砲をもたげた。

 あとは砲撃開始の指示を待つだけーー。

 

 

 合同艦隊の前方15キロの海上には、相対する敵艦隊の姿が。ステルス性能を高めるためスマートな形状をした艦…ズムウォルト級ミサイル駆逐艦が6隻。ズムウォルト級も合同艦隊と戦うべく、主砲レールガンを指向する。

 

 

 その様子はこんごうの艦橋からも確認できた。双眼鏡から目を離した山城はグッと目を閉じ、そして開いた。決意に満ちた目だった。彼は無線機を片手に取り艦隊全体に通達する。

 

「知っての通り、我々は有視界の砲撃戦のみで雌雄を決せねばならん。各員一層気を引き締めよ。」

 

 同時に戦闘指揮所(CIC)からデータが送信されてくる。山城は自分の気を落ち着かせるように深呼吸すると、再び無線機を手に取った。

 

「CIC指示の目標への攻撃を開始。主砲、打ち方始め!」

 

 

ドォォォン‼︎‼︎

 

 

 艦首が白波を切り裂くと同時に、こんごうの速射砲が火を噴いた。31キロ以上の重量の砲弾を3秒に1発発射できる。誘導兵器が無力な今、勝利を掴むにはこの速射砲に頼る他ない。

 

 

ドォォォン‼︎‼︎ドォォォン‼︎‼︎ドォォォン‼︎‼︎

 

 

 こんごうに続き後続艦も発砲。薬莢を甲板にばら撒きながら、次々と撃ち出される砲弾。発射の煙が晴天の空に漂う。

 

 

 

 同時に、双眼鏡の先の敵艦隊も主砲を発射した。それを確認し、俺:山城は静かに目を閉じる。

 

 ズムウォルト級の主砲は115ミリレールガン。電磁気力の力で秒速8キロメートルにもなる高速の弾を撃ち出す最新鋭兵器だ。こう言ってはなんだが……本来この艦隊で戦うなど自殺行為に等しい、相手にならない敵なのだ。

 

 じゃあなぜ俺たちが戦っているのかって?それは科学技術の発展故の悲劇だった。

 

 

 

 

 5日前、ハワイの真珠湾にて事件は始まった。アメリカ海軍の試験艦隊が反乱を起こしたのだ。なんでもそれは、人工知能を搭載した艦隊…通称「機械艦隊」らしい。艦隊を指揮するAIがイカれちまって、真珠湾を破壊し尽くしたそうだ。

 AIの主張によると『人間より機械の方が地球を支配するのに相応しい。汚れた地球を救う、我々は救世主だ。』とのこと。まぁ一理あるとも思えるが。

 

 機械艦隊は米軍の情報通信網に侵入し、人工衛星の回線を乗っ取ろうとした。で、それに気づいた米国国防総省〈ペンタゴン〉は、通信網を全シャットダウンしてしまった。まぁ、機械艦隊の野郎が遠隔操作で核ミサイルを発射させたり、GPS誘導の長距離ミサイルをぶちこんできたりしたらお終いだからな。正しい判断といえよう。

 

 軍事用の通信網はシャットアウトされ、民間のものなど他の情報通信も機械艦隊によるハッキングで使用不能になった。

 つまり、インターネット、衛星電話、長距離通信、機体・艦艇間での射撃統制システム…などなど、ほとんどの機器が使えない。有視界戦闘の時代に逆戻りってわけだ。

 

 さらに運の悪いことに、機械艦隊は太平洋を西に進み、日本を目指しているらしいと判明する。横須賀の第7艦隊や海上自衛隊の艦艇を脅威と見做し、排除しようとしているのだろう、と対策本部は判断。

 ってことで、俺たち日米合同艦隊は、圧倒的不利な状況で艦隊決戦に臨むことになったのだ。

 

 

 

ッガァァァン‼︎‼︎

 

 

 衝撃が艦を襲う。早速被弾した。この距離ではレールガンは2秒足らずで到達する。かわすこともできないし、防御することもできない。

 敵弾は先頭の護衛艦こんごうに集中。綺麗に整備されていた艦体は、一瞬で穴だらけ傷だらけになってしまった。絶えず訪れる揺れの中、一際大きい衝撃が走った。

 

「推進器に被弾!速力低下します!」

 

 

 それでも砲撃を続ける合同艦隊。砲身は唸りを上げ、榴弾を次々と発射する。機械艦隊の先頭艦に砲弾が集中し、水柱が立ち昇る。遂に数発が命中。敵の艦首に火が付き黒煙を上げ始めた。

 

 

 喜ぶ間も無く、今度はこんごうの速射砲にレールガンの弾が突き刺さる。艦橋からも、無惨に破片が飛び散る様子が見えた。砲塔は完全に破壊され、もうどう見ても砲撃を続行できない。砲弾が誘爆しなかったのはせめてもの救いか。

 窓の外に目を遣る。味方艦隊は依然として砲戦を続けているが、圧倒的に不利だ。大ダメージを受けたこんごうを守るように展開している。

 ……これじゃただの足手纏いじゃないか。なんとかして味方の援護を……。

 

 

 俺の視界に飛び込んできたのは、艦橋の前に装備されているミサイル垂直発射菅だった。GPS誘導ができないが、使えないことはないだろう。

 

「トマホーク発射用意!」

 

 無線機を手に取りCICに指示を出す。

 

「しかしミサイルの誘導装置は使用できず…。」

 

「誘導装置なんか使わなけりゃ良いだろ!真っ直ぐ飛ばせりゃ問題ない!」

 

 そう言うと、無線の向こうの武器管制官もわかってくれたようで、すぐさま発射の準備が整えられた。

 

 

 

 落伍したこんごうを追い抜かし、こんごうの盾となっていた2番艦・みょうこうにレールガンの雨が殺到する。無慈悲なまでに狙いすまされた弾丸が艦体を貫いた。側舷、艦橋、艦上構造物…次々と穴が開けられてゆく。蜂の巣にされたみょうこうは、艦上構造物を崩壊させながら海に沈んでいった。

 


 

「トマホーク発射ぁ‼︎」

 

 

 甲板から炎が噴き上がり、その中からミサイルが姿を現した。1秒間隔で絶え間なく発射されてゆく。復讐に燃えるこんごうの反撃だ。

 空中で姿勢を変えたミサイルは一直線に機械艦隊を目指して飛翔を開始。

 

「当たれぇ…。」

 

 GPS誘導などは出来ないため、照準は簡単な計算で割り出した敵艦の未来予測位置のみ。確実な命中は期せないが、これだけ撃てば数発くらいは…。

 

 

 迫るミサイル群に気づいた機械艦隊のズムウォルト級駆逐艦は、CIWS(対空機関砲)での迎撃を開始した。空中でいくつか炎の花が咲く。無数に射出された砲弾は確かに多くのミサイルを捉えたが、全てを撃墜できたわけではない。熾烈な対空砲火を振り切ったミサイルが襲いかかる!

 

 1発目はズムウォルト級の前方に落下。水飛沫を上げた。続いて2発目、3発目が艦体に命中。3発目が弾薬庫を破壊したため、艦は大爆発を起こし真っ二つに吹き飛んだ。

 

 

 ーー敵艦を撃沈!

 

 噴き上がる炎と共に、ほんの少しだけ希望が見えた…かに思えた。

 

 

 しかし、それまでだった。

 

 

バシュッ‼︎

 

 

 風を切る音と共に、艦内の電気が消えた。一瞬の静寂を経てあちこちでざわめきが起こる。

 同時にモニターや計器も真っ暗になった。被弾で電気系統がやられたようだ。もう動くことも反撃することもできない……こんごうはただの浮かぶ箱と化した。

 

 もはや戦えないこと、長くは持たないことは目に見えていた。

 

「総員、退艦用意。」

 

 悔しいがここまでだ。戦いの行方は友軍に賭けるしかない。救命具を着た隊員たちは、名残惜しそうに艦橋を後にした。

 

 

 沈みゆく甲板に出る。冷たい海水が足を洗ってゆくのが気持ち悪い。

 

 視線の先の海上では海戦が激しさを増していた。いや、味方の一方的な敗北と言っても良い。護衛艦はぐろと米海軍の駆逐艦サンプソンが続け様に沈黙。サンプソンは一気に発火して爆発・轟沈する。

 破片が飛んでくる。危険だ。これらに当たればタダでは済まない。

 一行は身を守るべく防御姿勢をとるが、すぐ横にいた隊員が鋭利な破片の直撃を受け倒れた。

 

「おい君…!」

 

 倒れた隊員の反応は無い。生暖かい感覚を覚え、右手を見ると、べっとりと赤い液体が付着していた。

 ーー血。

 もう何年も船乗りとして働いてきたが、仲間が血を流しながら死に行くのを見るのは初めてだった。あまりのショックに息苦しくなる。血のついていない左手を口に当て、呼吸を整えようとするが上手くいかない。

 

 

ゴォォォオン

 

 

 鈍い爆発音……水中爆発の音だ。沈んでいった艦が水中で爆発したのだろう。水柱が突き上がり、その波がこちらまで押し寄せる。波に煽られてこんごうも遂に転覆、俺たちも海に投げ出された。

 

 穏やかに見えた海は、実際は波が高かった。塩辛い水が口や鼻に押し寄せてくる。先ほどの血を流していた隊員はどこに行ってしまっただろうか……。

 

 

 最後に生き残ったのはアメリカ海軍の駆逐艦ジョン・ポール・ジョーンズだった。敵の集中攻撃が殺到し、それを避けるのに必死だ。救助の見込みは無い。どんどん離れて行く駆逐艦を眺めることしかできなかった。

 ジョン・ポール・ジョーンズの艦長……俺の友人でもあるアレックス……を恨むわけではない。この状況で救助活動なんてしていたらすぐ撃沈されるのは目に見えている。今は一隻でも多く生き残って、日本を守ってもらうのが先決だ。

 

 やがて敵の攻撃を回避した駆逐艦は、水平線の彼方に姿を消した。俺はそれを見届け、安心して目を閉じた。

 アレックス。あとは任せたぞ。








 

 

 

 どのくらいの間波に身を任せていただろう。波をかき分ける音と激しい騒音が聞こえて、目を開ける。機械艦隊のズムウォルト級駆逐艦が迫ってきていた。機銃を海に撃ちながら……。

 

 機械艦隊は機銃掃射で漂流者たちを始末しているようだった。誰も生きて帰さないってわけか。そしてこのままでは俺も……。

 

 

 この任務に就いた時から、覚悟していたはずだった。僅かな勝利の可能性に賭けて、祖国を守るために、戦いに身を投じた。もちろん最善は尽くした。乗員の皆もだ。

 しかし結果は見ての通り。

 

 どんな結末でも悔いはないだろう、と昨日の自分は考えていた。でも。実際の状況を前にしてみると、そうも思えない。

 ただただ死が怖いわけではない。何かもっとこう……自分の深層にある何かが、この結末を認めたくないと思ってしまう。

 

 

 ーー自分たちは見捨てられて当然か?機械相手にこのザマか?俺たちは何のために……。

 

 

「クソっ。」

 

 やり場のない思い……怒りや悔しさをごちゃ混ぜにしたかのような強い衝動が襲ってきた。最後の感情がこんなぐちゃぐちゃになるとは。

 

 

 ズムウォルト級駆逐艦の機銃と視線が交錯した……その時。

 

 

 

ッッドォォーーーーーン‼︎‼︎‼︎‼︎

 

 

 閃光。そして強烈な熱。

 

 ズムウォルト級が木っ端微塵に爆散した。真っ赤な爆炎が天に昇り、黒煙が太陽を隠す。驚く間も無く、衝撃波と共に破片が押し寄せてくる…!

 

 間一髪、海に潜ってやり過ごした。水中でも轟音…炸裂の衝撃…が篭ってこだました。これは相当な威力だ。

 

 

 海から顔を出すと、もうそこに駆逐艦は居らず、ただ黒煙を残すのみだった。敵は一瞬で爆沈したのだと直感する。

 

 助かった。でも一体何が……。

 

 

 海上に鳴り響く、太く大きい汽笛の音。後ろからだ。汽笛の主を確認すべく振り返ると、そこには巨大な艦影があった。

 

「俺は夢でも見ているのか…?走馬灯か?」

 

 波に揺られながら見えたそれは…。

 

 遠くからでも分かる巨艦。高く聳え立つ艦橋と煙突。巨大な連装砲塔も装備しており、それがこちらに向けられていた。砲口から煙が出ていることから、先ほど敵を葬ったもので間違いなさそうだ。ゴツゴツしたその姿は前世紀の戦艦そのものだった。

 戦艦の後部にはためく旭日旗が見える。どうやら味方の艦で間違いないらしい。

 

 しかしなぜ戦艦が助けに来た……?そもそもこんな戦艦が現存するわけがない。

 

 ゆっくりとこちらに向かってくる巨艦を、俺は呆然と待つことしかできなかった。

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