異世界アルバイター夏野の受難
加賀美うつせ
第1話
タンスの角に小指をぶつけたショックで死んでしまった俺こと片桐夏野は目が覚めたら何処か知らない場所に来ていた。
死因はショック死、ほんとうに情けない話である。死に際も怪鳥のような雄叫びをあげていたことを覚えている。
普通なら天国(もしくは地獄)に行くのだろうが、どうやら異世界に転移してしまったらしい。景観は中世ヨーロッパ風、木造または煉瓦造りの建物が並び、そこかしこに奇抜な髪色をした人間が歩いている。
まさしくテンプレートな設定で面白みがないものだ。
異世界人には手の甲に幾何学的模様の刺青が刻まれていた。
あれは魔法か魔術かの類いを行使するための触媒なのだろうか。何もない空間から火を出したり、モノを宙に浮かせたりと自由自在だ。
いいなぁ、と思いつつも俺には無縁の話だ。別世界から放り出された俺には特殊な力は備っていない。ただの十五歳の高校生で、装備してるものといえば薄汚れた黒いジャージだけ。
俺はそんな異世界人の日常を仄暗い路地から見つめながら、物乞いの真似事なんかしてたりして過ごしていた。
なぜなら一文無し、ポケットに入っていた小銭なんかここでは役に立たないのだ。恥ずかしながらまるっきりのオケラである。
しかし、生きるためならプライドだって捨ててやる。望むなら成金サマの靴でも舐めるし、いざとなればそこら辺の雑草をひたすら食ってでも生き延びてやるつもりだ。
さながらプライドの投げ売りバーゲンセール。とっても安いし上等だ。問題なのは買ってくれる者がいないこと。
「くっそぉ……ふざけやがって。泥水すすってでも生き延びてやるからな〜」
あの憎っくき女神様、俺をここに連れてきた挙句、放置して去って行ったあのトンチキ女神に文句を言ってやるまでは意地でも生きてやる。
◆
「で? お前さん名前は?」
「えっと、俺の名前は片桐夏野です。歳は十五で、特技は鼻でハーモニカ演奏できることです。客寄せパンダくらいにはなると思います」
「むしろ客が逃げるからやめろ。俺の店はオシャレで通ってんだよ」
「涙が出るくらい綺麗な旋律奏でてやりますよ!」
「何の自信だ。絵面が酷すぎるだろ。別の意味で泣けてくるわ」
俺がいた路地裏は喫茶店のゴミ置き場だった。毎日のようにそこにいて生ゴミを漁り、ゴミ箱をマイホームにしていたのを大層哀れに思ったのか、心優しい喫茶店のマスターは俺のことを拾ってくれた。
そうして、いま俺はマスターから暖かいコーヒーを頂き、ホクホク顔で彼と話をしていた。異世界に来てしまって不安でいっぱいだったが、何処でも優しいひとはいるものだなぁ、としみじみと有難く思う。
「行くところねぇんだろ? いつまでも俺の店の周りにお前みたいなホームレスがうろつかれたらメーワクだしな。目処がつくまでは留めてやるよ」
「(身寄りのない俺を……っ、やだ、このひと優しい……っ)」
「二階の空き部屋使っていいからな。あ、でも夜中に変なうめき声とか聞こえてくることあっけど気にすんなよ。ここ、元々は安く買った事故物件だからな」
「え? まさかの同居人がいるパターンですか? 俺、怖いのダメなタイプなんですけど……」
「知らんが? ていうか文句言える立場か」
後で聞くところによると、この喫茶店は事故物件を安く買い取ったものらしい。
こんなことを聞かされると、長らく雨風を凌いで俺のことを守ってくれたかつてのマイホーム(ゴミ箱)が恋しくなってきたものである。
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