魔王を倒した俺と君で地球を満喫する。

世渡 上手

第1話 帰還

噛み締めるように、ゆっくりと……ゆっくりと目を開いていく。

幾年ぶりの故郷に想いを馳せながら。


――――――


あれは今から5年前。自室で寝支度を調えていた俺は突如、謎の白い光に攫われた。


俺が連れて行かれたそこは、地球とは全く別の惑星、つまり異世界だった。


そこで、俺は勇者だった。他の人間にはない特別な力を持っていた。だから、俺には人類を救う義務があった。


使命感だっただろうか。俺は、何かに突き動かされるようにして、人類の宿敵、魔王討伐の旅に出た。


だが、いく先々で俺を待ち受けていたのは、困難の連続だった。

何度も諦めかけた。

だが、その度に仲間に助けられて、そして、俺はとうとう魔王を討伐した。


その瞬間、俺は白い光に包まれた。

魔王を討伐した俺は、その星での役目を終えた。地球への帰還が許されたのだ。



そして、現在に至る。



目を開けると、最初に見えたのは、白い天井だった。


「よいしょっ」

俺は、少し重く感じる体を起こし、周りを見わたす。


すると……

「あっ!あれは……」

そこには、使い古された勉強机があった。

その上には、漫画やラノベが所狭しと並べられていて、机には至る所に落書きが残っている。


見間違えるはずもない。

「……本当に……本当に帰ってきたんだ……」

その机は確かに俺が地球で使っていたものだった。


「……あれ、何だ。これ……そんなつもりじゃないのに……」

気がつけば、俺は泣いていた。

5年ぶりの故郷は、思ったよりも俺の心を動かしたらしい。


その時だった。ダッダッダと、階段を駆け上がる音がしたかと思ったら、バンッという音ともに俺の部屋の扉が開いた。


「おにぃ!早く起きないと、遅刻するよ…………何で泣いてんの?」

「美希!」

頭の横に結ばれたツインテール。クリクリの瞳。驚くほど整った容姿。

そこには、俺の最愛の妹がいた。


「ごめんな、美希。5年間も家を空けて……」

俺は、5年ぶりに会えた嬉しさや、長い間家を空けたことに対する謝意などなど、溢れんばかりの想いをそのままに美希に伝えた。


だが、そんな俺の思いは伝わることはなく、美希は、頭に『?』マークを浮かべながらきょとんとした顔をしている。

そればかりか、気のせいだろうか。だんだんと美希の目がゴミを見るような目になっていっている気がする。


「おかぁさ〜ん!!!おにぃの頭がおかしくなった〜!」

「そんなのいつものことでしょ〜。ほっときなさい!それより、恭平が起きたなら、美希はさっさと学校行っちゃいなさい!」

「わかった〜〜〜!!!」

美希はそういうと、またバンッと勢いよく扉を閉めて出ていった。


「どういうことだ……」

俺は確かに5年間、異世界で魔王討伐の旅をして、今日帰ってきたはずだ。

それは、全て夢でも妄想でもないと、戦いで負った身体的、精神的な痛みが証明してくれている。

あれらが、すべて夢であっていいはずがない。


でも、それならば、あの美希の反応はどう考えてもおかしい。いくら、俺が少しばかり不出来な兄だったからと言って、5年間も行方不明だった家族が帰ってきたのだ。それなのに、あんな反応をするほど、ひどい子ではない。


「そういえば、美希、5年もたったのに全然変わってなかったな………………変わってない?そんなことあるのか?美希は成長期の中学生だぞ!?」

そう考えると、色々とおかしいところはあった。机に置かれたラノベや漫画は俺が、攫われる日のまま保存されていたし、部屋の中も変わっている気配は何一つない。5年もたっているのに……だぞ?


「ま、まさか…………」

俺は急いで机にあるデジタル時計を確認する。


「…………2024年11月24日…………だと?」

忘れもしない。俺は2024年の11月23日の夜に異世界召喚された。つまり、俺は召喚された日の翌日の朝にいる、ということになる。


「これで、今までの違和感は全て解消されたな」

美希や母さんが俺にあんな態度をとったのも、部屋が5年前と全く同じなのも全て納得がいった。


「……そうか。母さんや父さんや美希に心配はかけてなかったんだな」

俺がこの5年間一番気掛かりだったのは、家族のことだった。「家族に心配をかけているのではないか?」という不安が呪いのように俺に付き纏っていた。だが、それはいらない心配だった。その事実は、すっと俺の胸を軽くしてくれた。


さらに、地球での時間は進んでいなかったという事実は、もう一つの俺の懸念も解消してくれた。


「……これで問題なく日常に戻れる……」


本来、5年経っていたら、俺の同級生は今頃、大学生か社会人だ。そんな中で、空白の5年がある俺は、何をするにしても大きく出遅れる。

そんな中で、うまくやっていけるのかという不安があった。


だけど、これもまたいらない心配だった。

完璧に今まで通り、というには、普通の人がしないような経験をしすぎたが、でも少しずつ慣れていけばいい。


「そういえば、美希は今の俺を見て、何で驚かなかったんだろう?」

ふと、気がついたことなんだが、この5年間、俺は魔王討伐に向けて、体を鍛えてきた。随分体つきも変わっているはずだが…………


そう思いながら、部屋にある鏡を見る。


「なっ!?これが俺?」

そこには、戦闘に向けて鍛え抜かれた体はなく、ただただ平和ボケした、だらしない体だけがあった。


「どうりで、体が重いと思った。てっきり、地球に戻ってきた反動みたいなものかと思ってたが……」

どうやら、俺は召喚される前の体に戻ってしまったようだ。


「……じゃあ、向こうで手に入れたスキルとかも使えなくなってるってことか?」

向こうの世界には、魔法やスキルといった所謂ファンタジー要素があった。それらが使えなくなったところで、地球で暮らす分には何の問題もないんだが、死戦を共にするなかで、愛着が湧いたやつもあるので、使えなくなるのは、少し悲しい気もする。


【ステータスウィンドウ】

俺は手を前にかざして唱えた。


すると、眼前にホログラムのような画面が浮かび上がった。


「つ、使える…………」


画面には、俺の種族やレベル、所持スキルなどが色々と表示されているが、これは向こうの世界で得たファンタジー要素が地球でも有効であることを証明してくれている。


「……想像の具現化……お前には本当に助けられたよ……」

俺は気がつけば、ステータス画面に表示されている【スキル 想像の具現化】という箇所を感慨深く見つめていた。


【スキル 想像の具現化】

こいつは、俺が異世界転移した際に貰ったチートのうちの中でも特に強力なやつだ。


本来、魔法は神が創造したものを詠唱を介して借りるという形で行使することになる。だから、応用の幅は狭いし、詠唱に時間がかかるから使いどころは慎重に選ぶ必要がある。

だが、このスキルがあれば、それらの制約を全て無視することができる。


頭の中でどういう事象を起こしたいかをイメージし、それを起こすのに必要な魔力を込めれば、簡単に魔法が使えるようになるというスキルなのだ。だから、異世界での戦いでは、かなり重宝した。


しかし!!!だ。

これで、謎はますます深くなった。

肉体は転移前に戻っているが、向こうで得たスキルや魔法はどうやらいまだに使用可能ということになる。


「ん〜〜〜……考えるだけ無駄か」

詳しいことは、もう分からん!とりあえず、俺は地球に戻ってこれた!それで良い。


「恭平〜〜〜!!!何してるの〜〜?早く学校に行きなさ〜い!!!」

その時、下の階から、母さんの声が響いてきた。


「もう、こんな時間か」

時間を見ると、現在時刻は7時45分となっていた。普通なら、もうすでに遅刻が確定している状況だ。


でも、俺は魔法が使える。問題なく、予鈴に間に合うことができるだろう。


だが…………俺にはやらなければいけない事が残っていた。


「萌香を迎えに行かなきゃな」


――――――


俺は抵抗する術もなく、誘拐のような形で異世界に連れ去られた。

そこに、俺の意思など介入する余地はなかった。


でも、実は異世界に転移させられたのは俺だけではなかったのだ。クラスメイトである花園萌香、彼女もまた、俺と同じように異世界に転移されられていたのだ。


それだけでなく、不幸なことに彼女は魔法やスキルなどが一切使えなかった。なのにも関わらず、彼女もまた人類の脅威である魔王が倒れるまで地球には帰れないという制約を背負っていた。


普通の人間なら、魔王討伐などという危険な仕事は他人に押し付けて、自分自身は街で魔王が討伐されるのを待つ選択をするだろう。


その方が圧倒的に安全だからだ。それに、スキルが使えない彼女は、その選択をしても誰にも責められない。普通に考えたら、魔王討伐をしないのが最良の選択だ。


しかし、彼女はそうしなかった。


少しでも、俺の役に立とうと、パーティーの資金管理や、俺が精神的にきつい時には相談役をかってでてくれた。


俺がそんな彼女を好きになるまでそう時間はかからなかった。彼女の気配り上手なところも、実は結構賢いところも、すべてを明るく照らしてくれる笑顔も、彼女の全てを好きになった俺は、彼女に猛アタックし、そして最終的に俺たちは結婚した。


――――――


そして、今に至る。


魔王との最終決戦の時、萌香には安全な街で待機してもらっていた。

萌香には戦闘能力がないから当然だ。


だが、俺は魔王が死んだと思った次の瞬間には、地球に転移させられてしまったから、あの後あっちの世界がどうなったのかを知らない。


魔王が倒された今、萌香があっちの世界で背負っていた義務も果たされた。


だから、多分、萌香も帰ってきてるとは思う………………だが、正直言って確証は持てない。


もし、萌香が帰ってこれてないなら、一生を賭けてでも、どうにかして萌香を迎えに行く必要がある。


「こういう時こそ、異世界で手に入れた魔法の出番だよな!」

やっぱり、俺が手に入れた能力はどこに行っても重宝するな。


「……また、俺を助けてくれ、想像の具現化…………」


俺は、体の中にある魔力を心臓部分に集約させていく。


魔力とは、血液のようなものだ。普段は心臓から、体の色々な器官めがけて流れている。

魔力はある水準を超えて集約することで、初めて消費して、魔法を行使することが出来るようになる。だから、魔法を使いたい時は、心臓で魔力の巡りを止めて、蓄積させていく。


俺は、魔力が十分に集まっていくのを感じると同時に、行使する魔法のイメージを構築していく。


「……イメージしろ。より鮮明に。より具体的に……」

俺は自分に投げかけるように呟く。

これは、俺が魔法を使う時のルーティンだ。こうすることで、魔法の精度が高くなる。


だが、これは相手に「今から魔法を使います」と言っているようなものなので、敵が近くにいる時は、言わないようにしている。


次の瞬間、俺の周りには、数万を優に超える眼球が現れた。


「よし、問題ないな」

こいつは、簡単にいえばドローンのようなものだ。自身の目で見たものを俺に共有する。


こいつらは、少ない魔力で生成できる割に、認識阻害の魔法もついていたりと非常に強力なのだが……その分のデメリットもある。

……それは、眼球から共有された情報を処理するために、脳を酷使しなければいけないという事だ。


普通の脳なら、一つの眼球の視界をたった15分間共有しているだけで、疲労で悲鳴を上げ始める。それでも続けて視界を共有し続けると、脳は二度とその機能を使えなくなってしまう。


だから、俺は魔力で脳を補強している。

心臓に集めた魔力を一部脳に流し、脳でまた堰き止める。


この操作も使い始めた頃は慣れなかったが、異世界で、奇襲対策に常時100個の目を展開したり、戦闘の時には戦いながら、戦況を把握するために数千個くらいの目を展開しているうちにすっかり慣れてしまった。


今は、戦闘に脳のリソースを割く必要がないから、全神経を使って目が得てきた情報を処理していく。


「萌香を探せ」

俺がそう言うやいなや、その眼球は視認できない程の速さで部屋の窓を飛び出て飛行を始めた。


脳に流れ込んでくる景色はどれも見覚えがあって、改めて地球に帰ってきたことを実感する。本来なら感傷に浸りたいところだが、今は萌香を探すことが最優先だ。感傷に浸るのは、その後でいい。


次の瞬間……

「…………見つけた!」

脳にその情報が流れてきたのは一瞬だったが、俺の頭はそれを見逃さなかった。


ボブカットに切り揃えられた綺麗な金色の髪を揺らしながら歩く、その後ろ姿は、俺が愛した、その人だと、そう断言できる。


「今、迎えにいくぞ……萌香……」


俺は、頭の中で魔法のイメージを組み立てていく。魔力は、すでに十分集まっていたため、今度の魔法はすぐに発動できた。


次の瞬間、俺は小さな粒子のような物に分かれた。その粒は、窓から外に出て、萌香を見つけた眼球がある場所まで移動していく。そして、その場所で、また組み上がっていく。


俺が目を開くと、先ほどいた場所から少し進んだ先に、金髪の少女がいた。

「萌香!!!」

俺は、その金髪の少女に声が届くように叫んだ。


すると、その少女は、制服のスカートをひらりとさせながら、声のした方を振り返っていく。


そして……

「恭平!!!」

萌香は、俺の声に応えるようにそう叫んで、走り出した。


俺も、1秒でも早く萌香に触れたい、その想いで走り出す。


…………そして、二人は、色んな思いを込めて、互いを抱きしめた。

相手が戻っていたことに対する安堵、合流できたことに対する喜び、そして、止まることのない相手への愛、その全てが止まることを知らないほど溢れてくる。


何分、いや何十分そうしていただろうか。

お互いが、少しずつ満足してきたところで、萌香が少し揶揄うように言葉を紡ぎ始めた。


「…………もう、迎えにくるのが遅いよ……本当にお寝坊さんなんだから…………」

「……悪かった。許してくれ」


俺は、ゆっくりと萌香の頭を撫でながら、謝罪した。


「いいよ……こうして、迎えに来てくれたんだから!」


そう言った萌香は、世界で一番明るい笑顔を見せてくれた。

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