俺がいなくても世界は回るそうなので、ここに居てはいけないと思いました。異世界にでも行ってみます。ウワサの重来者(甘口)
おいなり新九郎
第1話 俺がいなくても・・・
ーここは、そういうやり方はしないと思いますよ。ー
必死に訴えるが誰も聞く耳をもってない。
見回せば、この部署の顔ブレもみんな変わったな。
仕方ないか、組織というものは誰が抜けても正常にパフォーマンスを発揮しなければならない。
俺の席、席替えしたんだったな。
ちょっと休んでる間に、ずいぶんとまぁ派手にレイアウト変えたなぁ。
ああ、アレ新しくきた部長だっけ?
すんげー怒るなぁ。
あぁ、あの新しい主任、かわいそうだな。心ここにあらずだ。
「おい!死ぬなら分かんねぇとこで死ねよ!犬猫だって死ぬ時は消えるもんだ!迷惑かけるな!」
おい、おっさん!さすがにそれは言いすぎだろ!
病気で倒れて入院して、帰ってこれたのが奇跡的な職場だな。真っ黒だ。これでもまだ世間的にはいい方ってんだからな。
でも、俺も病院で言われたよ。上司に。
「上が様子見て来いって言われたから来たけどよ。倒れるなんていいかげんにしろよ。お前の代わりならいくらでもいるからイイケドよ。」
あれ、あっちはあっちで何かやってんな。
「せんぱぁい!できないなら手ぇ出さないでくださいよぉ!ったく。」
あぁ、言われてるやつ、本当はアイツ優秀なのにな。
システムが変わると技能がなければ、すぐ用無しになっちまう。つらいよな。
壁に貼られた「パワハラ防止」のポスター
ーおいダメだって、ちゃんと確認とってないんじゃないのか?!何度も注意しているよな?ー
そういやコイツ、いろいろ問題を起こすからずいぶんと面倒みたけど、この間、コイツのおかげで上司に呼ばれた。
指導された内容に、傷ついたらしい。小学生程度の漢字やスペルの間違いを指摘して、やり直してこいって言っただけなんですけど。
ハラスメントの定義があやふやで、人によって受け取り方が違うから、言ったモン勝ちな場合があるよな。それでも、組織は訴えられたら調べて手を打たなければならない。本当のパワハラはもちろん許されないけど、パワハラを利用してうるさい上司を逆にハメるヤツも多い。世代によっては本気でモノを言ったら、ほぼ処罰対象だな。誰ももう何にも言わねえ。あほらしくて。でも、それはネット動画では三流の人間の対応なんだと。ふーん三流ね。
今だってパワハラいけませんっていう、あの上司。覚えてるよな?若いころ、よく腹を殴ってくれてたよな。よくその口で言うよな。証明できない昔なら、無効ってか?でもまぁ、こういうヤツが多すぎるから、心ある人がハラスメントを呼び掛けてくれて、こういう世の中になったんだよな。意識から変えないとダメなんだよね。それは分かる。
部内のハラスメント相談員って人がきた。ああダメだ。この人も昔、よく人を殴ってたわ。第三者機関の必要性をひしひしと感じる。
要は
ーここにいることが間違いなんだー
ー大丈夫、俺がいなくても職場は回るー
家に帰ることにした。もう夜だ。玄関のドアを開ける。
かわいい息子や娘はどうしているかな?
リビングのドアを開けようとする。
ーあれ?開かないー
玄関からリビングへ通じるドアは木の枠にガラスが真ん中に入っていて、向こう側が見える。
叩いても聞こえないみたいだ。
ーいたずらされてんのかな?-
ドアの前に座り込む。妻が料理をしているのが見える。
幼い娘が、反対側に来てくれた。笑って話しかけてくれているようだ。
ーおーい、お父さんだよ。開けてよー
しかし、娘は笑って座り込んでいる。お兄ちゃんはその向こうで指をくわえて不思議そうにこちらを見つめている。
ーねえ、お母さん呼んでくれない?-
指で、ガラスをツンツンして、妻を指す。しかし、娘はその指を追いかけるだけだ。
叫んでも、叩いても、蹴っても、ドアはびくともしなかった。
だから、ずっと俺はドアの前に座っていた。不思議と腹も空かなかった。
今、俺はガラス越しに男の子をあやしている。上手くしゃべられないのかな?
でも、この子は俺の息子ではない。
俺は見てしまったんだ。
ガラスの向こうに積み上げられる段ボールを。それが瞬く間に無くなったのを。
俺は聞きたかった。妻に。娘を抱っこしているその男は誰だい?
ー大丈夫、俺がいなくても家庭も回ったー
俺は、病院から帰ってこなかったのかもしれないね。
この男の子の家族は、段ボールが全て消えた日の後の3組目の入居者だ。
俺は、いつまでここに座っているのだろう。
いつしか、ガラスの向こうは空だけになった。建物が無くなっちゃったのかな?
それでも俺は、座っていた。 俺は、きちんと死ねなかったのだろうか? 長いこと座っていた。
ある時、頬にふと風を感じた。
振り返ると玄関が開いている。俺は思った。なぜガラスの方ばかりを見て後ろを見なかったのだろうと。
執着というものなのだろうか?
トンと音がした。ガラスのドアの方だ。今まで音などしたことなかったのに。
そこには、学ランを着た高校生の男の子が立っていた。
男の子は右手で玄関を指指す。
ー行けと言うのか?-
力なく立ち上がった。フワフワとする。玄関のドアノブに手をかけた。少年の指差す方へ行く。
「こっちはもう大丈夫だよ、お父さん。」
確かに聞こえた。こだわりの鎖が切れた。
ー大丈夫、俺がいなくても未来が回ったー
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