第29話 気付かなかった光(ルイス視点)


__ミュリエルは、ゲオルグを選んだ。


『バロウ伯爵家襲撃事件』

チェスターを筆頭に騎士団では大事件として取り扱っている。遺物持ちで、伯爵家であるバロウ家の事件は、痛ましいものだった。


ミュリエルを傷つけていたバロウ家の人間が大嫌いだった。顔どころか、存在を聞くだけで不愉快だった。


それが、下僕からの証言で、ダリルは憤っていたと聞いた。


俺のせいだともわかっている。だからといって、ミュリエルをこれ以上危険なめには合わせられなかった。


なぜ、俺の結婚が二年もかかったか。理由は一つだった。ミュリエルを後宮にいれても大丈夫な令嬢がいなかったからだ。

みなが結婚を望むような立場でありながら、ミュリエルを忘れられなくて、自分がミュリエルを助けるのだと、ずっと思っていた。


それを、妃になるものが容認することはなかった。だから、婚約を結ぶどころか、結婚に時間がかかった。いつまでもミュリエルを迎えに行けないままで……。


そして、やっと婚約相手を見つけたのは、ステラ・メイフィールド男爵令嬢だけ。


部屋に帰り、苛立ちと自分自身への情けなさがこみ上げていた。

ミュリエルにあんな顔をさせるつもりじゃなかった。一度でも夜をともにすれば、ミュリエルもわかってくれると思っていた。


でも、ミュリエルの中に、自分はすでにいなかった。あの表情を見せた時に、そう悟ってしまった。


__コンコン。


「ルイス様。入ってもよろしいでしょうか?」


穏やかな声で、ステラがお茶を持って部屋にやって来た。

彼女は、ミュリエルのことを何も言わない。この結婚には、打算があったからだ。


俺はミュリエルを妾にして後宮に入れる。ステラは借金まみれの没落寸前の男爵家を救うため。そのために、婚約を結んだときに多額の金を渡して、没落からステラのメイフィールド男爵家は持ち直した。


だから、ステラは何も言わない。


「……何の用だ? また、チェスターに言われて来たのか?」

「チェスター様は、ミュリエル様のバロウ家の事件で、忙しくされております。私はルイス様がお疲れだとお聞きしてお茶をお持ちしただけです」


バロウ家は、ゲオルグと彼の部下のリヒャルトがほとんど始末していた。唯一生き残った実行犯は、ミュリエルが『魔眼』の力で言いなりにさせた実行犯だけ。彼らが生き残っていたおかげで、事件の全貌が明らかにされたのだ。


ミュリエルは、大人しい令嬢だった。いつも塞いだ表情で何も言わない。

はぐれた魔物を使役して、寂しさを埋めるように可愛がっていた。


そんな優しい令嬢だった。


それが、あんな血まみれの邸を歩いていた。実行犯を、遺物を使って対峙するほどに。


「ルイス様。お茶をどうぞ。お疲れみたいですから、少し甘くしています」

「……周りは、俺に近づきたくないのだろう」

「……確かに、いつも穏やかなルイス様が鬼のような形相で犯人の尋問をされて、周りは驚いていましたが……」


そっと音もなくステラがお茶を目の前に置いた。


「私が来たのは、それを聞いてルイス様が休めてないのかと思ったからです。だから、甘いお茶がいいかと……すぐに、出ていきますので、このままルイス様はお休みください。もう深夜ですし……」

「その深夜まで、ステラも起きていたのか?」


言いにくそうにステラが目を反らした。

周りが自分の形相に近づけなかったから、ステラが気にしてくれていたのだろう。だけど、ステラは恩着せがましいことなど一言も言わないでいた。


「あれは、痛ましい事件です。私は遺物持ちではありませんので、わかってないかもしれませんが……ミュリエル様のお心を思うと、支えが必要かと……私なら、恐ろしくて立ってられません」


でも、その支えは自分ではなかった。

ゲオルグに泣きながら抱きついて行ったミュリエルを見て思い知らされた。ミュリエルは、あんな風に泣き付いたりしなかったのだ。


「君は? 君は、俺と結婚することに不満はないのか?」


お茶を置いたステラの腕を掴むと、驚いたようにステラが見つめた。


「そういう約束でしょう? ルイス様は没落寸前だった我が家を救ってくださいました。約束を守ってくださったのに、私だけが約束を破るのは失礼ですわ」


ステラは何も言わない。この二年、後宮にミュリエルを入れたくて、結婚をしようとしていた。だが、結婚を求めてやって来た令嬢たちは、誰もいい顔をしなかった。直接言われたこともある。ミュリエル様を妾にすることは嫌ですわ。と。


当然だった。だけど、ミュリエルのためにする結婚に彼女なしでは有り得ないと思っていた。


そのミュリエルとは、とうに終わっていた。


「やっぱり。お疲れですね……私は、下がります」

「あ、ああ、すまない。ステラ……」


ステラがトレイを両手で抱えて部屋を出ようとしていた。彼女だけが自分を否定しなかった。今も打算だけの婚約なのに、不満など言わない。

一方的な、自己満足だけの打算だけの婚約に……。


情けなくてステラの顔すら直視できないでいた。そして、背を向けたままでステラに話しかけた。


「……ステラ。明日の朝は一緒に朝食を摂ろう」

「……はい。必ず参ります」


少し弾んだ返事。初めて誘った朝食にステラの笑顔が浮かんだ。





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