ありがとう━━━

「疲れたぁ。それにしても、大学の授業って何でこんなに退屈なのかな……もっと楽しいと思ってたのに」


「仕方がありませんよ。教授というのは研究のプロであって、教えるプロではありませんからね。面白く感じるためには知識を蓄えなければなりません。それより、授業中に話しかけてくる人たちは何なんですかね……」


「真面目に授業を受けてる方が珍しいからね~。本当に出会いを求めたお猿さんが多くてうんざりするよ~」


「私は『彼氏がいる』の一言で黙らせたわよ」


「……それズルくない?」


「あら?【四方協定】には禁止されてなかったわよ?」


「抜け駆けの天才ですねぇ、麗音さんは」


「私も次からそうしよ~」


時刻は18時。5限まで授業があった桜月に付き合っていたらこんな時間になってしまった。最寄り駅の駅前広場に心地よい風が吹き、桜の花びらが舞う。改札口から絶え間なく吐き出される人々の顔には疲労感の中に開放感が見えた。


今日は金曜日。明日が休みだということが、人々の表情を明るくしているようだった。それは俺たちも例外ではなかった。


それにしても、さっきまであんなことがあったのに、よくこんなに朗らかに話せるな……


エレベーターでの出来事を思い出す。


好感度を上げられなかった【LoD】のヒロイン達はあそこまで主人公を恨むのかと唖然としてしまった。ゲームだと結ばれなかったヒロイン達は全員死亡エンドだから、ある意味では裏設定を見ている気分になるが、佐野をボコした最後の方なんて四人の形相が恐ろしすぎて、空気に徹していたくらいだ。


もっと、怖かったのはあれだけのことをしでかしたっていうのに、ラーメンを食べるときはいつも通り過ぎたことだ。


血を流してたんだよ?


まぁ、気にするべきはそこではないか……


線路沿いを五人で行く。静寂の中で、四人の声と車椅子の車輪の音だけが微かに響く。周囲には誰の姿もいなかった。


ふと、遠くでカンカンカンと踏切の警報音が鳴り始め、空気が振動する。その後を追うように、電車の轟音が風を切って近づき、線路を揺らしながら俺たちの真横を横切った。窓から差し込む光が断続的に俺たちを照らし、振動と音が通り過ぎると、再び、静寂が支配した。


世界が俺のためにお膳立てしてくれたようだった。


「なぁ、桜月……」


「ん?どうしたの?聡君」


「みんなに伝えたいことがあるから、俺の身体を逆に向けてもらっていいか?」


「分かったよ!」


桜月が慣れた手つきで車椅子を反転させて俺は四人と向き合う。怪訝そうな表情を浮かべて、俺を待っていた。


『なんでもない』と言って、笑い話にしてしまうのはここが最後のチャンスだと思う。佐野の話なんて一笑に伏して、俺の本心から目を逸らして今の生活を一日でも長く伸ばすこともできたと思う。


けれど━━━


「もう、俺の介護は必要ない。各々好きに生きてくれ。今までありがとう」


俺は精一杯の笑顔を浮かべた後、膝に頭を付けるくらい深々と感謝の言葉を述べた。


「私たち、もう必要、ないの?いらないの……?」


闇堕ちしそうな声音で桜月が俺に言って来た。面を上げると、全員の瞳のハイライトが消えていた。ここで、吞まれるわけにはいかない。


「そんなわけない。お前らがいてくれて嬉しかったし、何なら一生傍にいて欲しいよ」


「じゃあ、何で……?」


深呼吸をする。喉まででかかった言葉は何度も胃に逆流した。


苦しい。言いたくない。


だけど、ここで足踏みするわけにはいかないんだ。


「俺さ、自己都合で他人の人生を歪ませる奴が大嫌いなんだ……それなのに、『命の恩人』なんて綺麗で絶対的な立場に収まって、自分で外すことができない首輪をみんなに付けてしまった最低な俺を、誰よりも俺が許せない……」


「━━━」


「だからさ、もういいんだ。これから先は全部1人でやる。罪悪感なんて感じる必要はない。俺なんか忘れて、好きに生きてくれ。もう、解放されてくれよ。頼む」


俺は再び頭を下げた。


結局、これも俺自身のためだ。これ以上、俺は他人の人生を歪ませてしまったという罪の意識に苛まれたくない。俺は女の子を救った英雄として終わりたいのだ。


麗音は自分たちが罪悪感だけで俺の傍にいるわけではないと言ってくれたが、結局、俺は俺のエゴを優先した。独りよがりで勝手な願い。自分以上に罪悪感を感じている彼女たちの想いをすべて無視しているのだから。


「……優しいね。聡君は」


「……そんなことない。俺は最低だと思う」


すると、クスリと微笑を浮かべる吐息が漏れてきた。


「他でもない聡君の願い事だもん。叶えてあげたいところだけど、本当にごめんね?私たちはそれだけは叶えられないんだ」


「……何で━━━は?」


俺の言うコトを聞かない桜月に疑問を投げかけようと顔を上げると俺の視線は桜月の手元に集中した。


「これ以上聡君が自分を傷つけるのは見てられないから、私も、私たちも告白するよ」


「いや、何でそれを……!?」


高校時代、俺の唯一の習慣であった【日記帳】だった。表紙は色あせ、角は擦り切れ柔らかく丸くなった俺のわだち


ずっと、失くしていたと思っていたものは桜月が持っていたようだ。濁流のように聞きたいことが胃の中から溢れてくるのに口が一切動かなかった。そんな俺を見て桜月が困ったように笑った。


「ごめんね。聡君が事故に遭った日、勝手に回収させてもらったんだ」


「え……」


「中身、読ませてもらったよ。【LoD】のこと、『世界の強制力』のこと、【西園寺桜月】のことも、全部……全部知っちゃったんだ」


「━━━」


紫乃、朱奈、麗音を見比べると、桜月と同様に俺の【日記帳】の内容を知っているようだった。身体から力が抜けていった。


桜月が俺の【日記帳】を愛おしそうにページをぺらぺらと捲り、優しい声音で語り始めた。


「聡君はさ。ずっと、ず~っと私たちを守ってくれていたんだね。支えてくれていたんだよね。たった一人でさ」


「あ……」


ポツリポツリと宝石を撫でるように言葉にしていく。


「でも、ごめんね。私たち、何も覚えていないんだ。【日記帳】を読むまでは『入谷聡』っていう存在自体知らなかったんだ。私たちを支えてくれたのは聡君だったのに、ずっと別の人間だと勘違いしてたんだ。最低だよね」


違う。それは、『世界の強制力』のせいだ。だから仕方がないんだ。


けれど、喉まで出かかって言葉にならない。


「君が私たちにしてくれたこと、くれたものは無償の愛だよ━━━本当に、なんて残酷で悲しくて報われない想いなんだろうね……」


すると、桜月の顔に涙が浮かべて、うつむいた。


「でも知っちゃったんだよ……私たちが誰に救われていたのかさ……」


嗚咽混じりの声は震えていた。けれど、桜月は力強く顔を上げ、鋭い視線で俺を射抜いた。


「そんなボロボロの身体になってまで、ずっと陰から支えてくれていたのに、私たちが聡君を忘れてのうのうと生きて行けるわけないじゃん!馬鹿にしないでよ!?」


涙を堪えながら、桜月は言葉を続ける。


「忘れろなんて、そんなの言わないで!何もかも忘れて来たのに、これ以上何を忘れろっていうのさ!?」


桜月の声は次第に激しさを増し、感情の奔流が溢れ出した。


「身体を寄越せと言ってくれたら、私たちは差し出すよ!?死ねって言うなら喜んで今すぐ死んであげるよ!」


一瞬の静寂。そして、彼女は、震える声で絞り出した。


「……お願いだから、自分の価値を貶めるようなことだけは言わないで……!自分を最低だなんて思わないでよ……!君は私たちにとってかけがえのないヒーローで英雄で━━━大好きな人なんだよ……?」


桜月の頬を涙が伝う。他の三人も桜月と同じ想いを抱いているのか決意のこもった表情をして俺を見ていた。俺は茫然として、椅子に深く腰を掛け直して俯いた。


「━━━前世でニートだった俺には居場所がなかった……転生した先の家族には、実の両親にすら気味悪がられて疎まれた……」


俺は誰にも言えなかったことが結露となってぽつぽつとこぼれ落ちてきた。誰にも触れさせるはずのなかった俺の心が少しずつ溶け始めた。


前世では無能だったから居場所はなかった。今生ではだれかのために生きるようと前世の知識を使って、頑張った結果、気味悪がられて居場所がなくなった。


「……誰も俺を必要としてくれる人がいないんだったら、1人で生きてやろうと思って開き直った。けどさ、自分が【入谷聡】だって気付いて、死なないために必死だった」


『死なないために生きている』というのが俺の高校生活の総括だった。けれど━━━


「どれだけ頑張っても俺の功績を奪い取るから、生きるためとはいえ、主人公に尽くすだけの人生に意味があるのかなってずっと思ってた」


【佐野優斗】がヒロイン達と仲良くなるたびに安心感と虚無感が胸を襲った。いつしか作業だと割り切る技術を身に付けた。


「……バッドエンドが決まって、引き返せないところまで来た時、誰も救えないまま、ただ死ぬのは嫌だったんだ。だから、せめて、俺が生きた証を【LoD】に残したくて、みんなを巻き込んだ復讐をすることにした」


ずっとずっと独りぼっちだった。孤独だった。辛かった。誰にも知られずに戦い続けて、何も得られない日々に意味があるのかと思っていた。


そんな想いも死ねばすべてなくなる。どこかで死ぬことが救いだと思っていた節すらあった。


けれど、本当は知ってほしかった。


誰かに俺の人生を褒めて欲しかった。誰にも言えない辛さで毎日、押しつぶされそうになった。どれだけ頑張っても死ぬことが決まっている俺の運命が報われる日が来て欲しかった。


その時だった。


突然、柔らかい温もりが全身に触れた。その温もりがはさらに強く、優しく、俺を包み込んだ。


「もういいんだよ。聡君は十分、頑張ってくれた。だからさ、今度は私たちに君を救わせてよ。愛で私たちの人生を縛ってよ」


罪悪感ではなく愛で縛る。それは本当に正しいものなのだろうか。そんな身勝手で自己都合なことを彼女たちに押し付けていいのだろうか?


「そんなことしていいのか……?」


「当然です。私は元よりその覚悟です」


「私もだよ!だから元気出して~」


「私が今まで生きれているのは貴方のおかげだから」




今までありがとう━━━


「ッ」


ずっと欲しかった言葉だった。心の奥底で、何度も何度も願っていた言葉だった。


耳に届いた瞬間、胸の奥が熱くなり、次のしゅんかんには涙がこぼれ始めていた。堪えようとしても、どうしようもなかった。


『報われた』なんて言葉では足りない。この瞬間のために、どれだけの想いを抱え続けてきたのか━━━



『ありがとう』はこっちのセリフだよ━━━



━━━


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