第21話 眼鏡

 翌日の朝、教室にざわめきが起こった。


「真凛、今日眼鏡なの?」


「うん、そうなの。ちょっとコンタクトの調子悪くてね……」


 そう言いながら俺たちのところに来る。本城さんは眼鏡を掛けているが、それ以外はいつもと変わらない格好だった。


「おはよう、佳奈子、川端君、木山君」


「おはよう真凛」

「おはよう、本城さん」

「お、おはよう」


「……で、どうかな? 川端君。私の眼鏡姿」


「……いいと思うよ」


「でしょ? それにほら。今日は久しぶりに本も読もうと思って」


 そう言って「罪と罰」を見せる。


「私、文学少女だから。そこの偽物とは違うからねえ」


「誰が偽物よ!」


「ふふふ。ね、今日一緒に帰ってあげようか」


「……別にいい」


「あれえ? ちょっと間があったみたいだけど? いいんだよ、佳奈子に遠慮しなくても」


「うん、いいよ、川端君。正直に答えて」


 小峯さんまで言う。


「はぁ……ういいんだよ、本城さん」


「え?」


「俺はもうそういう属性には惑わされない。ちゃんとその人の中身を見ていくって決めたんだ」


「……ふーん、あっそ。ほんと、つまんない男ね」


 急に本城さんの声色が変わった。


「佳奈子、ほんとにこんなやつでいいわけ? あんたなら、もっといい男子狙えると思うけど。川端君、佳奈子に釣り合ってないわよ」


「いい加減怒るよ、真凛」


「はあ……別にどうだっていいけど」


 そう言うと本城さんは眼鏡を外し、自分の席に向かった。


「川端、大丈夫か?」


 木山が俺に声を掛ける。


「ああ、俺は大丈夫。……ていうか、お前は大丈夫か? 好きな人のああいう姿を見て」


「だから言ったろ、もういいって。今だって、本城さん、俺のことなんて完全に無視してるし」


「そうか……」


◇◇◇


 昼休み、俺たちはまた空き教室に集まった。朝、遅れてやってきた高平が何があったかを聞きたいと言ったからだ。


 昨日の放課後と朝にあったことを話すと、高平は言った。


「じゃあ、とりあえず、本城さんが俺たちに関わってくることはもう無さそうか?」


「そうね。あとはあるとしたら、高平君じゃない?」


「え、俺?」


「まだ、ちょっかい出されてないでしょ」


「そうだけど、まあ、俺は大丈夫だ」


「なんでよ」


「それは……まあ、この流れで言うのも何だけどな」


 そう言って高平は宮内さんを見た。まさか……


「俺と早紀、付き合うことになったから」


「えー! おめでとう!」

「おー、高平やったな!」

「おめでとう!」


「ありがとうな」

「あ、ありがとう……」


 宮内さんが珍しく顔が赤くなっている。


「あら、早紀ちゃん、照れてる。かわいい」


「う、うるさいわね。何か恥ずかしいのよ」


「そう? おめでたいことじゃない」


「そうだけど……今までそういうのじゃないってずっと言ってたから」


「確かにねえ。でも、ずっと好きだったんだもんねえ」


「だから、うるさいから!」


「アハハ、ごめんごめん」


 ここぞとばかりに小峯さんが宮内さんをいじる。


「それにしても急だったな」


 俺は聞いた。


「ああ。昨日、一緒に帰ることになって、早紀の家に寄ることになってそれでな」


「そうか、近所だったな。じゃあ、親御さんに挨拶とか?」


「いや、早紀の家、親が帰ってくるのが遅いから」


「じゃあ、二人きりか」


「ああ、それで……」


「ちょっと! 言わなくていいから」


 宮内さんが言う。


「ごめんごめん、少し自慢したくなって」


「えー! 教えてよ! 私たちの仲じゃない」


 小峯さんが言う。


「別にたいしたことじゃ無いよ。二人で居たらいい雰囲気になっただけだ」


「へぇー……ってことは、もういろいろしちゃったの?」


「雄大! 言わなくていいからね」


 宮内さんが高平をにらむ。


「言わないから。さすがにノーコメントだ」


「なるほど。キスより先に進んだと」


「進んでないし! キスまでよ……あ!」


 思わず、宮内さんが言ってしまう。


「ニヒヒ、キスしちゃったんだあ」


「……ほんと、佳奈子ちゃんって性格悪いわね。川端君も考え直した方がいいんじゃない?」


「ごめんごめん!」


 小峯さんが手を合わせて謝る。


「でも、いいなあ。うらやましいよ」


 小峯さんが言う。


「佳奈子ちゃんだってもうすぐじゃん」


「違うって。私はもうすぐ見限られるから」


「すぐそう言う」


「今週までよ。土曜には私の本当の姿を川端君に見てもらう。それでたぶん最後だから」


「そんなことないと思うけど。川端君、佳奈子ちゃんにベタ惚れだし」


 確かにな。


「それは本当の私を知らないからだって」


「ふうん、月曜日に思いっきりいじり返すからね」


 そう言って宮内さんはニヤリと小峯さんを見た。


「そうなればいいけど。あ、いいけどって言っちゃった」


「アハハ、小峯さんも好きなんじゃ無いか」


 高平が言う。


「……そうだけど、本当の私を見てもらうまではね……不安なのよ」


「大丈夫よ、佳奈子ちゃん。ね、川端君」


「そうだな」


 本当の小峯さん。いったい、どういう意味なんだろう。



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