ガチャから始まる恋もある

メリークリスマス

　大学受験の前の年の冬、予備校から帰る途中、僕は路地を歩いていた。模試の結果は散々なもので、クリスマスイブの夜のせいで暗い気持ちに拍車がかかる。デニムのポケットから小銭を取り出すと、路上にあるガチャポンに入れて回した。別に何かが欲しくて回したわけではない。欲しいのは合格だ。浪人生でもこれくらい許される。責められることではない。

「あれ？」

　出てきたカプセルは空っぽだった。連絡するところもないし、ただポツンとビルの壁沿いに置いてあるので、やられたと苦笑した。

「詐欺かよ」

　文句を言いたいが、どこからか怖い人が出てきても嫌なので帰ることにした。予備校の自習室にいると、気が詰まるが、家に帰ると心が詰まる。勢いで浪人してみたが、ここにはまだできると勘違いした野郎が一人いるだけだ。

　駅前まで歩いていると、クリスマスの華やかさにアテられて、なぜかもう一度ガチャをやろうと思い、来た道を早足で戻った。

　一人のマフラー姿の女の子がいた。通り過ぎようとしたとき、小さながま口を胸に添えているのが見えた。何も言わずに通り過ぎるのもためらうが、何か声をかけるのも不安だ。

　しかしこの日は違った。

「それ空っぽですよ」

　彼女は驚いた。

「え？あ、あのそうですか」

　乱れたニット帽を整えた。同じ予備校で何度か見た気がする子だ。ブラウンのPコートに粗い目のマフラーをしていた。

「ごめんなさい」と彼女。

「こっちこそ」

　なぜ二人で謝るのかわからない。僕は何とも言えない雰囲気に押されて背を向けた。帰る方が同じで、何となく並んで歩いた。

「どうしてハズレだとわかるんですか？」

「え？あ、ああ」

　僕はダッフルコートのポケットから空っぽのカプセルを出して渡した。

「回したんですね」

「まあ……何となく…」僕は重い鞄を背負い直した。「運試しに回したんです」

「わたしもです。模試が悪くて。バカみたいですよね。どうかしてるのかな」

「同じです」と僕。

「え？本当ですか」

「マジです。模試悪くて腹いせに回したら空っぽのが出てきて、なんでやねんて。駅に着くまでに腹が立ってきて、もう一回回してやるって来たら…あの…」

「わたしがいた。道瀬です」

「高浜です。そうです。ひょっとしたら当たるのかもしれない。止めなきゃよかったかな」

「駅、どこですか？」

「西三荘です」

「あ、わたしは千林なんです」

　僕たちは淀屋橋の駅の改札で話した。各駅停車しか停まらない駅なので、いつもは京橋まで急行で行き、乗り換えるが、二人ともどちらともなく各駅停車で発車を待った。

「何かクリスマス、地味に効きますね」

　道瀬が荷物を膝に載せた。使い古されたリュックタイプの鞄だ。また使い古された単語帳は開いていない。僕がいるからだ。

「外国人増えましたね」と僕。

「インバウンドですね。クリスマスは家庭で過ごすとか聞いてたのに遊んでますね」

「確かに」

　僕たちは間が空いた。

「もしよかったらライン交換しませんか」

「はい。でもそんなに返せません」

「迷惑ですよね」

「遊んでしまうんです」スマホを取り出して交換した。「でもお願いします」

「はじめまして」と打った。

「こちらこそ。ありがとう。お互いにあと少しがんばりましょうね」

「メリークリスマス」と僕。

「メリークリスマス」と彼女。

　彼女は微笑みながら画面を見ていた。

「誰かと話したの久しぶりです」

「僕もです」

　各駅停車香里園行が出発するとアナウンスが入った。ドアが閉まると、ほとんどが急行や特急に乗っていた。僕たちは地下を出るまで黙っていたが、列車が地下を出て窓に京橋の夜景が映ったとき見たとき、

「メリークリスマスは明日ですね」

　道瀬が笑った。

「あ……」

「また明日ですね」

　　　おわり