涙の国の君主とアマテルの娘

黒谷恭也

プロローグ①




 赤く焼けた地を、彼の軍が征く。


 青銅の鎧を身に着けた彼らを、砂まじりの風はいっそう強く打ち付けた。

 人であれば足を止めるような砂嵐でも、彼らにとっては足を止める理由にすらなりえなかった。

 それというのも、行軍の中を占めていたのはそのほとんどが『異形の者』だからだ。


 角があるもの、羽根を生やしたもの、獣の体を持つものや、人の身の丈の二倍はあるものから、それ以上のものまで──いわば、魑魅魍魎の集い、百鬼夜行のようだった。

 彼らの鎧についた幾千もの傷が、太陽光をあちこちに反射させていた。

 それは、彼らの勲章のようなものだった。

 傷を負ってもなお、倒れることなく進み、生き抜き、『勝った』という証明であった。


 そんな彼らの先頭を征くのは、牛頭の大男であった。


 涙の国の君主。彼らの王、モナークである。


 彼の羽織った青銅を思わせる群青色のコートの裾には、赤黒い染みが変色してこびりついていた。

 焼け焦げたような痕も、擦れに擦れてボロボロになった部分も、その全てが兵士らと同じように彼の戦績を物語っていた。

 ──こと地上において、彼以上に獰猛な者はおらず、彼以上に武勲をあげる者はいなかった。

 彼の巨大な斧が振るわれれば大地は砕け、海は悲鳴をあげてその道を開くのだという。


 その軍に撤退はなかった。

 腕がもげようとも、足がもげようとも、その身の命が潰えるそのときまで戦い続ける狂戦士の軍。

 眼前の敵が消え去るまでは、止まることはない。

 しかし、そんな彼らの軍の行く手を阻むものがあった。

 文字通り、砂の壁として立ちはだかる砂嵐、『シャマール』であった。



「閣下、これ以上の進軍は天候に恵まれません」



 頭から足の先まで、全身を青銅の鎧で包んだ兵士が、モナークに告げた。

 首を横に振り、撤退を迫っていた。



「否。進軍あるのみ」



 しかしモナークは首を縦には振らなかった。



「ですが、この砂嵐は……」


「撤退はない。停滞もない。そも、この儂が許さん」



 モナークは、眼前に広がる砂の壁をじろりと睨みつけた。

 彼は今、まさに敵を攻めんとして十万の兵士を率いての行軍の真っただ中であった。

 征く手を阻むシャマールが、他とは違う理由も彼にはよくわかっていた。

 それは人ならざる彼らの鎧、血肉をも切り裂く大嵐。

 この世界の創造主を名乗る女神が、彼らを阻むために生み出した防壁である。



「閣下!」


「くどい!」



 足を踏み出したモナークを、兵士が呼び止めると彼は大きく声を荒げて兵士を一喝した。

 びく、とその身を強張らせた兵士に、背を向けたまま彼は言った。



「よく見ておくがいい。──『女神エルの砂嵐』など、恐るるに足らないことを!」



 彼はその手に持った巨大な斧を大きく振り上げると一閃、横へ大きく薙いだ。

 すると、どうだろう。

 先ほどまで行く手を阻んでいた砂の壁は、はらはらと解かれるように消えていった。

 兵士たちからは、感嘆の声があちこちから漏れ出した。



「これは……なんと……」


「この程度ならまだ払える。臆するな、進むぞ」



 彼はそう言うと、ぐるりと振り返って自軍へ言った。



「忘れるな! 我らが同胞の住まう町、住まう国はかの国の雷によって撃ち滅ぼされた。ならば、同等の町を我が炎で包まぬ限りは、我らは止まることなど選択肢にないのだ!」



 その声をきいた兵士たちからは、鬨の声があがった。

 全身を鎧で包んだ兵士は、ぐっと兜を被りなおすと、旗のかわりに剣を掲げて叫んだ。



「全体、進軍せよ! これよりは当初の目的どおり、女神エルの支配地域たる『アミラの町』を狙う!」


「オオオオオオオオ!」



 再び上がった鬨の声は、どこか獣の咆哮のようだった。

 戦いの前にあげる『雄叫び』によく似ていた。


 その声に満足したように、彼はまた前方を向いて歩き出す。


 その行軍は、整列された軍というには程遠い、揃わない足並みであった。

 しかしそれは同時に、荒野の砂にまるで足をとられない、力強いものであった。


 異形の兵士らを率いて、モナークは征く先を睨みつけた。

 彼のその黒曜石のような瞳は、その先にあるであろう目的地をじろりと睨んで離さなかった。

 頭からそびえる二本の大きな角で太陽光を反射させながら、彼はその巨体を軽やかに動かし、砂の地を進んでいった。



 

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