第3話
「恐ろしい……」
あの子が最後に俺に言った言葉。
最後に見せた柔らかい笑顔は、何だったんだろう。
「ねえ南雲、俺って恐ろしい?」
「…いや、私には分かりかねます。」
最初、全身が震えてた彼女と、立ち去る彼女は、まるで別人のようだった。
「不思議なお方ですね」
南雲はふ、と笑ってそう言った。
「ああ、面白いでしょ?」
彼女はやっぱり知れば知るほど面白い。
「俺の本性、見抜いたのかもな」
「だとしたら、只者ではないですね」
すごいよ君は。
自然と笑いが出てくる。
わかった。
どうしてこんなに彼女に興味が湧くのか。
それはきっと、
…俺と彼女は同じタイプの人間だからだ。
3日後
あれから未だに呼び出しはない。
いつもの日常と、変わりはなくて。
ただ一つ。変わったことは、周りの視線。
そりゃそうだ。こんなに地味で存在感もない女が首輪に選ばれたんだから。
「ねえ、みゆちゃん、蓮様とどんな感じ!?」
「やっぱり結構ひどいことされるの?」
「蓮様が首輪を選ぶ基準ってなんだと思う?」
今まで話したこともない女達が、休み時間ごとに私の机に来るようになった。
適当に返すと、それに自分たちだけ盛り上がる。ああ、めんどくさい。
興味の目、羨望の目、ひどい嫉妬の目。
女たちが私に抱く感情は、人それぞれだ。
そんなこと、いちいち気にしちゃいられない。
(ピロンッ)
私は、私のやるべきことをするだけ。
ー"首輪"として。
ここに来るのは、2回目。
いつ見ても、豪勢で後ずさりしてしまいそうな部屋。
(ガチャッ)
扉が開くと、南雲さんが綺麗にお辞儀をする。
私も、少しお辞儀をすると、奥の方へ足を進めた。
「久しぶりだね、みゆちゃん」
「お久しぶりです、蓮様。」
大きな窓の前に立って、外を見ていた主人はゆっくり私の方に振り返る。
その手には、一輪の綺麗な花があった。
「綺麗な花ですね」
「うん、俺が1番好きな花なんだ。」
ピンク色の可愛い花は、
美しい主人とよく似合ってる。
「この花の花言葉は、危険な美しさ」
綺麗な花には、
「こんなに綺麗な見た目なのに、毒を持ってるんだ。」
トゲがある。
「すっごく魅力的でしょ?」
その花は、あまりにも主人に似合いすぎてる。
「ええ、美しいですね」
共感できる私はやっぱり主人と似ているのかも知れない。
ただ綺麗な花よりも、毒があってこそ、この花は美しい。
主人は、花を見る私を数秒見つめた後、少し微笑み、私の方へ近づく。
「危険だね」
「え?」
私の前でぴたりと止まった後、また私を見つめる主人。
目を背けてしまいそうなぐらい、熱い視線に目を逸らしたくなる。
「君も、この花と同じくらい…」
気づいた時には、もう遅かった。
主人の唇は、しっかりと私のにくっついていて。
柔らかい感覚に、頭がおかしくなった。
「すっごく危険だね」
状況を理解するのに、時間がかかった。
私は今、主人と……
主人は、頭の整理がつかない私を見て、ニヤッと笑った。
「これぐらい俺にとって挨拶程度だから君が慣れてね?」
「…蓮様」
「ん?」
「これも全部、計算のうちですか?」
「え?」
主人は面食らったような顔をする。
「蓮様の計算では、私はどんな反応をするのが正解ですか?」
「はは、計算?さっきから何言ってるの?」
「わかってますよ、全部。」
主人は少し間を置いてふっと、息を吐き出すように笑った。
「やっぱり、君は俺の本性見抜いてたんだね」
3日前。
「あ、みゆ帰ってきた!おかえり!今日東雲蓮と会ったんでしょ?どうだった?ねえねえ、」
学校から帰ってくるや否や、すっごく人を面倒臭くさせるのは、私の兄。
「ねえ、お兄ちゃん。その歳でその着ぐるみパジャマいい加減やめてくれない?恥ずかしい」
いい年してモコモコのペンギンのパジャマを着てる兄。あー恥ずかしい。
「えー、可愛いじゃん。お兄ちゃん、最近このキャラクターにハマってさ。って、俺の質問答えてよ」
「…私何もしなくていいらしい、ただ側にいれば。ただ、絶対に好きになってはいけない、首輪外される理由はこれだけ。」
「それだけ?意外に簡単だね、よかったじゃん」
「…まさか。それは、上部のルール。」
「ん?どうゆうこと?」
お兄ちゃんは私のその言葉に首を傾げる。
「私は、東雲蓮の"ゲーム"に利用されるんだよ」
「ゲーム?」
「あの人は、首輪に対して自分のことを好きになるなって言いながら、甘い言葉や、行動で自分のことを好きにさせようとしてる。」
私が気づいた主人の本性。
「ん?何で?超矛盾してんじゃん」
「それが東雲蓮がやってるゲームみたいなもんなんだよ。自分を好きにさせたらゲーム終了。女はその時点で用済み。」
「うわ、趣味悪。でも、わかんねーな。何でそんなゲームなんか。」
「さあ、女の心を操るのが楽しいんじゃないの?」
「サイテーだな。」
お兄ちゃんはそう言うと顔をしかめる。
主人は、きっと相手に自分を好きにならせることで、心を満たしてる。
ほんとは人一倍、
愛に飢えてるのかもしれない。
「みゆ、大丈夫か?」
「ふっ、なに今更。どうせ拒否なんてできないんだから耐えるしかないでしょ。」
「でも、…」
「それに、これが1番手っ取り早いんだよ。私達の家も、東雲財閥がバックについたらある程度安定するでしょ?」
「みゆごめん…1人で背負わせて」
お兄ちゃんは悲しそうな顔をして私の頭を撫でる。
「やめてよ、らしくないなあ。大丈夫、私はやれるよ。天国にいるお母さんのためにも。」
「何かあったら絶対言えよ。頼むから、無理せずに。お兄ちゃんは、絶対みゆの味方だから。」
「…うん、ありがとお兄ちゃん」
お兄ちゃんは、いつでも私に力をくれる。
私は、居間にでかでかと飾ってある、お母さんの写真を見る。
お兄ちゃんが、いつ何時も忘れないようにって、飾ったその写真。
柔らかな顔で笑ってるお母さんは、いつ見ても、綺麗だ。
そうだ、私にはこの家もかかってる。
お母さん、私忘れてないよ。
私が耐えなきゃいけない理由。
……あの"約束"を。
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