第4話

 どれくらいの時間が、経ったのだろう。真っ暗な闇の中

(あんじゅ、助けて)

くるくると身体が廻っているような気がして

(あんじゅ。苦しいわ、とても息ができない。助けて、あんじゅ)

と、岬が心の中で叫んでいると、あんじゅが

(岬、もう少しよ。頑張って)


 岬が我に帰って、明るいところへ出てみると、あんじゅの世界は、岬の世界とは何一つ変わったところはなかった。

 すると、岬はひとりの女性の横に立っていた。その女性は、ロングヘアーで色白で瞳は大きく二重瞼で、鼻は高く口元は小さく、まさに絵に書いたような美人だ。その女性が

「岬、大丈夫だった?」

「えっ、あんじゅ?あんじゅなの」

「うん、そうよ」

「あんじゅって、こんな美人だったの」

「岬」

「えっ」

「この世界では、比べることはいけないことなのよ」

「えっ、どういうこと?」

「つまり、美人とかそうではないとか、そんなことは思ってはいけないの」

「・・・」

「つまり、みんなひとりの女性であること。岬こそ、とっても可愛いじゃない。初めて骨董品店で会った時から、私は可愛い子だと思っていたのよ。だから声を掛けたの」

「そうかしら。私は、そうとは思ってないわ」

あんじゅは、岬をじっと見て

「その考えが、この世界では通用しないの」

「どういうこと?」

「その考えが、いずれは争いごとになっていくかも、しれないってこと」

「・・・」

「この世界では、言い争いも禁物なのよ。だから、見知らぬひととも挨拶し」

と、あんじゅが岬と話しをしている横から、見知らぬひとが

「こんにちわ」

と、挨拶をしていった。

あんじゅが、岬に

「ねっ」

と。岬は

(ほんとうだ。こんな世界が、理想の世界なのね)

「そうよ。岬のいた世界は、理想の世界とはほど遠いのかもしれないわ。戦争もあって、しかも戦争で亡くなっているひとがいるというのに、それで商売をして儲かっているひともいるんだから」

「嫌な世の中ね」

「そこへゆくと、この世界は平和なのよ。ひととの争いごとがないから」

「競うということもしないの?」

「うん、そうよ」

岬から見ても、自分の世界と外見は、何も変わりはないのだが。

 けれど、街ゆくひとの顔が違う。何故なんだろう。

「あんじゅ。何か分からないんだけど、みんな幸せそうな顔をしてぃるように見えるの」

「当たり前じゃない」

「えっ」

「みんな、心にゆとりがあるからよ」

「それって、お金に満たされてるってこと?」

「そうじゃないわ。勿論、お金じゃなくて、心が満たされてるってこと」

「わからないわ」

岬は、下を向いてしまい、しばらく考えてから

「やっぱり、わからない」

「この世界では、虐待は勿論、裏切りもいじめも、何もないわ」

「そんなことってあるの」

「あるのよ、この世界には。岬の世界の方が、私には不思議でしかたないわ」

(そうかもしれない)

と、岬はしみじみ思った。

「この世界では、警察官は仕事がないから、暇をもてあましてるわ。あるとしたら、忘れ物ね。みんな正直に忘れ物を届けるから、それで忙しいくらいかな」

「ふーん」

と、岬は目の前の街の交番に、つい目がいってしまう。

「テレビでは、誰々がこんないいことをしたって、ひとを褒める話しばかり」

「どうして?」

「どうしてってと言われても、説明なんてできないわ」

「・・・」

岬は

(私たちの世界のひとたちは、心が貧困なのかもしれない。自分の嫌な気持ちを、怒りを、ひとに押し付けるだけで、自分だけが逃れようとしているのかも)

あんじゅの横顔を見つめながら、岬は

(彼氏に振られた頃の、心まで傷ついたあの時の痛みは、いったい何だったんだろう。あんじゅに出会うまでの、あの月日は)

そして、岬は

「あんじゅは、どうして私たちの世界に来たの?」

「岬の世界を、見てみたかったの。私たちが住んでる世界よりも、いいんじゃないかって」

岬は不安になり

「どうだった?」

と、わかりきったことを聞いてしまった。が、心の中の片隅にでも、期待をしながら聞いてみると

「勿論、私たちの世界がいいに決まっているわ。けど」

「けど?」

「私は、素晴らしい友達を得ることができたわ」

と、あんじゅは岬を見た。

「岬。私と一緒に、この世界にいよう」

「うん」

と言いながら岬は、辺りを見廻した。

(この世界は、かたちこそ違え、私が生きてきた世界と、外見は何も違っていない。そう、私たちもこの世界の人たちと同じで、生まれたばかりの頃は、とても素直だったんだろう。それが、何で変わってしまったんだろう。けど、この世界の人たちは素直のままらしい、あんじゅを見ていると。私たちこそが、もう一度、幼い頃の純真な心に、戻らないといけない世界なんだ、この世界はそのことを、象徴している)

岬は、あんじゅの手を握って

「私、この世界はあんじゅだけが頼りなの。よろしくね」

「勿論よ。私も、岬がこの世界に居てくれたら、なんて心強いか」

岬とあんじゅは、見つめあって

「よろしく」

「うん」

 岬とあんじゅは、再び抱き合った。すると岬が

(私は、今までずっと、このひとを探していたのかもしれない)

と。あんじゅは、岬の心の中は、分かっているが、

あえて無視して

「岬、私の家へ行こう」

「うん」

岬は、あんじゅの言葉に、素直に従った。あえて言えば、あんじゅしか、頼るものがない岬だから。

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