第2話 寛(ヒロシ)のささくれ

冬になるとぼくの手は、ささくれる。




特に洗浄力の強い台所洗剤を使ったら一発でささくれて、逆剥けする。一旦、逆剥けすると。ちょっとしたはずみでまたひっかかり、傷口が拡大する。絆創膏を貼れば良いのだが、料理を作る身柄、食中毒の危険性がありそれは出来ない。身内のための料理ならまあ、適当でも良いが、家族でもない、恋人でもない、樹菜と一緒に暮らしているのだ。バドミントンで一流アスリートを目指している樹菜に食中毒でも起こさせてしまったら大変だ。




 樹菜は、高校2年生。中学からバドミントンを始め、県外のバドミントンの強豪校へ進学した。順調に実力をのばし、一年生の冬には、県1位を獲った。


 




 最初は、ママと一緒に住んでいた樹菜だったが、樹菜の妹の世話もあるということや2人だと親子ではあるが色々うまく行かないところもあって、夏休み前に元々このアパートの世話などもやいていた樹菜の友だちのぼくが呼ばれた。ぼくも会社を引退して、サッカークラブの監督も辞めていたため、大好きな樹菜のためならと、引き受けた。子どもはもう独立してるし、妻は、宇宙物理学とクラッシック音楽の繋がりに魅せられて、そちらのことが忙しく、ぼくがどこへ行こうと知ったことじゃないと快く放り出された。




 娘を他人の男と住まわせるなんて、通常考えられないが、ママとも上手くいかない、わがままな樹菜の世話は、同じ女性では無理だろうと考えた樹菜のママがぼくを抜擢した。間違って男女の仲になるなんて考えられないくらいぼくは歳を取っているのだろう。 言ってみれば、家政夫である。食事を含め家事とバドミントンの集合場所までの送迎などは、全てぼくがやっている。巷では、『私の家政夫なぎささん』なるドラマがあっていたようだが、ぼくと樹菜の年齢差はそれよりも遥かに離れている。剥がれたささくれのように容易にはくっつきそうもないのだ。





 2年生になって、樹菜は、更に県外や地方ブロック大会、全国大会が増え、遠征が多くなった。遠征費は、樹菜のママから送られてくるが、ぼくの分までは、送っては来ない。今日も残されたアパートでささくれた指を眺めながら1人留守番だ。1年生の頃は、車で応援にも出かけていたが、今は、ついて行くことはできない。





 バドミントンは、上級者のスマッシュの速さは565km/hと最速のスポーツとも呼ばれてらしいがラリーが続くと2時間ぐらいかかるらしく、瞬発力を維持しながら持久力も必要らしい。サッカーみたいに筋力を維持しながら試合前になると体力が長続きするように炭水化物を多めする食事メニューにしている。




 今夜もこうやって、ささくれた指を眺めながら帰るまでに、治さなければとハンドクリームを塗っている。今日も試合に勝ったとの連絡があった。帰りは、あと1日延びそうだ。良かったのか悪かったのか治りが遅い年寄りのぼくには良かったが、やっぱり、樹菜がいない夜は寂しい。樹菜が一流アスリートになるために家政夫をやっているのだが、勝てば勝つほど、周りが放っておかなくなるのは目に見えてる。彼氏だって出来るだろう。いや、もう彼氏は出来てるけど、ぼくには、隠しているだけかもしれない。


 家政夫のぼくには何も出来ない。樹菜を束縛することはできない。近くにいて、お世話をしていても彼女に触れることも許されないのだ。今見ている指のようにぼくの心はささくれ始めていた。






 年が明けて、ぼくの指のささくれもだいぶ収まってきて心もお落ち着き始めた3月。


樹菜のママから連絡が入った。樹菜と同じようにバドミントンをやっていた妹の梨美菜も樹菜と同じ高校への進学が決まったとのこと。




 梨美菜もママも同じ部屋に一緒に住ませてほしいとのこと。





………ママも………




えっ、ママとも一緒に暮らせる?




ぼくに出て行けってことか………。



続く

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