第16話


「え? ――うん」


 拍子抜けするほどに、リョウちゃんの返答はあっさりしていた。


「……そ、そう、なんだ。やっぱり」

「何で知ってるの? この前聞いた?」

「……それよりも前に、ほら、リョウちゃんの部屋にいたあの金髪の女の人に、聞いたよ」

「りさ?」

「……うん」

「アイツ、ルカに何かした?」

「ううん! ただ、サヤカさんのことを聞いただけ!」

「ふーん」

 

 リョウちゃんは何かを考えるように、ふと目線を逸らす。

 

 誘拐された犯人のことをそんな風に聞くなんて、変に思われるかなと思ったけど、今の私はあの倉庫での件よりも、サヤカさんとリョウちゃんの関係についての方が気になる。


 だから、せっかく勇気を出して口火を切れたのだから、この勢いでさらに詳しく質問してみようと、私はテーブルの下の拳を握り直す。



「サヤカさんとは、長く……付き合ってたの?」

「……いや? 付き合ったのは数カ月、かな。アイツがいきなりうちに転がり込んできたの。グループの拠点とか言って」

「へ、へぇ」


 だ、大胆。


 りささんと言い、不良の女の人は積極的なのかなと思ってしまう。


 “数カ月”というのが何ヶ月なのか、気になるところだけど。何となくそこまで詳しくは聞けない。

 

「そのうちにずっと入り浸るようになって、気付いたらそうなってた」

「ふ、ふぅん」


 『そうなってた』って、そういうことなんだろうな。と、私はショックを受ける。


 分かってはいたけど、リョウちゃん本人の口から聞くと、ダメージが大きい。


 一方で、リョウちゃんからサヤカさんのことを好きになって付き合ったんじゃない可能性の方が高そうで、それがせめてもの救いだと思った。



「リョウちゃんは、今でもサヤカさんのことが、好き……?」



「――――え?」



 大変なことを口走ってしまったと気付いたのは、リョウちゃんの反応を見たから――――。


 今までと違った表情で、リョウちゃんは目を見開いて、私の顔を凝視している。



 何となく居心地の悪い雰囲気に、話題を変えたくて慌てて口を開く。



「あ、あのね、リョウちゃん。私、引っ越すかもしれないの!」



 いきなり何を言い出すんだ、私は。


 そう思いながらも、さっきの言葉を掻き消したくて、話を繋げようとする。



「お父さんが、家を売るかもしれないって。そうなると、もう近所じゃなくなっちゃうね」

「……そっか」


 リョウちゃんは、たった一言、そう呟いた。



 ――――それ、だけ?



 リョウちゃんは、家が近所じゃなくなっても、平気なのかな。


 私たちの繋がりは、たったそれだけなのに――――。


 話題を変えたくて言ったことだけど、反応が薄すぎて結構ショックだ。

 


 ちょうどその時、注文したグラタンが届いた。


「あ、私、ドリンク入れてくるね!」


 そう言って慌てて立ち上がって、ドリンクバーコーナーに移動する。


 何とか気を取り直して、ホワイトソーダを入れて何気なく席に戻った。

 リョウちゃんの注文したハンバーグ定食も届いている。


「俺も入れて来ようかな」

「あ、ごめん。一緒に入れて来ればよかったね」

「いやいや、いーよ」


 リョウちゃんはすっと立ち上がって、ドリンクバーの方へ歩いて行った。



 良かった。何とか元の雰囲気に戻ったみたい。


 さっき思わず危ういことを口走ってしまって、変な空気になっちゃったから。



 リョウちゃんが戻ってきて、二人で料理を食べる。


「どこに引っ越すのか、決まってるの?」


 リョウちゃんは、まるで気にしていないように言ってくる。


「……ううん、まだ、だと思う」

「そんなに離れないよね? 学校もあるし」

「うん……たぶん」


 少し間が空いた後、リョウちゃんは言う。



「ルカに会えなくなったら、俺もさみしい」


 

 台詞の破壊力がすごすぎて、フォークを落としそうになった。


「ほ、ほんと……?」


と言うのが、精一杯。


「嘘だと思うの? ルカは俺に会えなくなって、寂しくないの?」

「さ、寂しい……よ」

「だよね」


 リョウちゃんはご機嫌になって、すごい勢いでハンバーグを食べている。


 なんか、もう、これだけでいいやって気持ちになった。


 リョウちゃんが、私と離れるのは寂しいって。


 そんな風に思ってくれているだけで。


 

「ルカが俺たちの喧嘩に巻き込まれるのも心底嫌だし、その方が絶対にいい」



 リョウちゃんは、納得するように言う。



「引っ越しても、また会えるよね?」



 だから、雰囲気に任せて、言ってみた。



 リョウちゃんは、「またいつでも呼んでよ。今日みたいに」と言った。



 私は嬉しくなって、告白なんてしなくても、ずっとこのまま、リョウちゃんと仲良くしていければそれでいい。


 そう思ってしまった。


 

『リョウさんが瑠夏に『繕った綺麗な姿だけを見せる』のは何でか分かる?』



 何故かそこで別れ際の綾音の言葉を思い出したけど、私は気付かないフリをして、そのまま笑顔でリョウちゃんとの何気ない会話を楽しんだ。




 その後、近くにバスケコートのある公園があることを知って、二人で行ってみることにした。


「ひさびさに1 on 1でもする?」


 コートの近くに置いてあった、誰のものかも分からないバスケボールを拾って、リョウちゃんは意気揚々と言う。


「昔の私とは違うよ?」


 私もやる気満々で、部活のバッグをコートの脇に下ろす。


 実を言うと、私にバスケを教えてくれたのはリョウちゃんだ。


 言わば、バスケの先生。


 リョウちゃんは小学生の頃、暇さえあれば公園のゴール前でバスケをしていた。たとえ一人ででも。夜遅くまで。


 だから、私も出来る限り一緒にバスケをした。


 まだたった一度も、リョウちゃんからボールも、ゴールも奪えたことはない。


 でも、強豪校のキャプテンまで務めたんだし、今の私はバスケに自信がある。




「『昔の私とは違う』んじゃなかったの?」 

「うるさいなぁ」

 

 数分間、一心不乱にバスケをしても、一向にリョウちゃんからボールを奪えない。

 今はリョウちゃんがオフェンス、私がディフェンスだ。

 すでに何本もゴールを決められている。


 リョウちゃんの動きは、ひさびさにバスケをする人の動きじゃない。

 

 いつでも、そう。


 主導権は常に、リョウちゃんが持っている。


 ――――その時。


(よし!)


 ほんの一瞬隙が出来て、ボールを奪えると思った時。


「あ。パンツ見えそう」

「っ!!」


 バッと私がスカートを押さえた瞬間に、リョウちゃんのボールは鮮やかな弧を描いて、綺麗にリングに入った。


 ダムン


 ゴールから落ちたボールが、軽やかに地面を跳ねる。


「もーっ! ずるい!!」

「あっははははっ」

 

 心底可笑しそうに、リョウちゃんは笑う。


「バスケ上手くなったじゃん」

「全っ然嬉しくない!」


 私がぶうたれて言うと、リョウちゃんはまた笑う。すごく楽しそうに。


「リョウちゃんなら、推薦で高校行けたんじゃない?」 


 そのままの雰囲気で、私は少しぶうたれ気味にそう言ってしまって、ハッとした。


「お金があったらね〜」

 

 真っ暗な公園で、スポットライトを浴びたように蛍光灯に照らされているリョウちゃんの横顔は、儚げで綺麗だった。


 


 


 

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