第45話 転移石

 終わってみれば呆気ないものだった。

 やはり機械的に刷り込まれた行動では臨機応変に動くことは難しいらしい。

 自ら考えることのできる人間には到底敵わない。同じの頭脳を持っていようが自由意志を縛られた複製体クローンでは限界があるということだろう。


 ……さて。


 俺は倒れた複製体クローンの身体を無造作に退ける。

 すると床の一部に小さな石が埋め込まれている事に気付いた。遠くからでは気付かなかったが、眼帯越しに左眼で見ると僅かに魔力を放出している。


「これだな」


 双方向転移石。

 俺がエリュシオンここに来る時に使った単方向転移石の上位互換とでも呼ぶべき転移石だ。

 それも床に埋め込まれていることから推察するに、何度も使えるらしい。

 

 これが複製体クローンが音もなく出現したカラクリだろう。

 

 俺は転移石に照準を合わせ、水晶弾クリスタルバレットを射出する。しかし転移石が砕けることはなく、逆に水晶弾クリスタルバレットが砕け散った。


「遺物ってのは厄介だな」


 稀にこういった不壊ふえの特性を持つ遺物がある。故に、何度撃ったところで意味はない。

 だが壊せないなら壊せないなりにやり方はある。

 転移石が抱える欠陥を利用すれば機能停止にすることは可能だ。


氷結弾生成クリエイト:アイシクルバレット


 俺は一歩離れ、双方向転移石に氷結弾アイシクルバレットを撃ち込んだ。氷柱つらら型の銃弾が、寸分違わず転移石に着弾する。

 すると転移石の上に巨大な氷塊が出現した。


「あと二つか?」


 俺は複製体クローンが出現したらあたりを左眼で探索する。すると双方向転移石はすぐに見つかった。

 なので同様に氷結弾アイシクルバレットを撃ち込み、氷で閉ざす。


 するとその時、ちょうどよく転移石が輝き始めた。

 光が氷に反射し、幻想的な光景を作り出す。その後、数秒もしないうちに光は収まった。

 しかし何も起こらない。

 複製体クローンが転移してくることはなかった。


「問題ないな」


 転移石が抱える欠陥、それは転移先に障害物があった場合に起こる。起こる現象は主に三つだ。

 

 1、そもそも転移できない。

 2、転移先の物質を押し除けて転移する。

 3、転移先の物質を取り込んで転移する。

 

 1ならばまだマシだ。

 だけど2と3、とりわけ3は最悪だ。

 2ならば閉じ込められるだけで済む。だか3なら即死だ。

 転移石は便利だが、使い方を間違えれば命を落とすデメリットも抱えている。


 ……今回はそもそも転移できない転移石だな。


 一番マシな転移石だ。

 これが3の「転移先の物質を取り込んで転移する転移石」だった場合、今頃周囲は血塗ちまみれだろう。


「……これで全部だろうな?」


 俺は呟き、眼帯越しに左眼で周囲を見回す。

 だがこれ以上の転移石を見つけることは出来なかった。


 ここまで時間にして1分28秒。

 俺は偽黒龍アドストと戦っているホタルたちに目を向ける。


 優勢なのはホタル率いる螢火隊。それは間違いない。

 ホタルが縦横無尽に攻め、アイザックとリリーが遠距離から援護に徹している。だが無尽蔵に再生する偽黒龍アドストに対して決定打がない。


 俺は加勢するのを踏み止まった。

 決定打がない以上、俺が加わっても殺すことはできない。ならば今は偽黒龍アドストの動きを観察し、弱点を探る。

 それが最善だと判断した。

 俺は右眼の肉眼と左眼の水晶眼を駆使して、偽黒龍アドストを注意深く観察する。


 ……妙だな。


 すぐに気付いた。

 ホタルたちは一貫して背中の魔水晶クリスタルを狙っている。

 魔物にとって魔水晶クリスタルは弱点。それはヴァルハラの探索者たちにとって常識だ。

 だから当然の行動だと言える。戦っているのが別の探索者でもホタルたちと同じ行動を取るだろう。

 

 先程の正規兵も似たようなものだ。だからホタルは魔水晶クリスタルを狙い、撃破した。

 

 しかし妙なのは偽黒龍アドスト魔水晶クリスタルを一切守っていないことだ。庇うような素振りすら見せない。


 ……弱点じゃないのか?


 もし弱点ならば攻撃されないように回避するだろう。

 しかし偽黒龍アドストはしていない。既に二つの魔水晶クリスタルを砕かれているのにも関わらずだ。

 それが示す答えは、たとえ魔水晶クリスタルを砕いても殺すことはできないということだろう。


 真っ二つにしても死なない。魔水晶クリスタルを砕いても死なない。

 凄まじい生命力だ。超越種を詐称するだけのことはある。


 ……跡形も無く消し去るしかないか?


 俺は自問自答する。

 すぐに思い浮かぶ解決策は「跡形も無く消し去る」だ。

 水晶化クリスタライズを使えば可能だろう。


 だがアドストがここまで変貌しているのは流石に想定外だ。出来るだけ魔力は節約してきたが、残りの魔力量であの巨体を跡形も無く消し去れるかは正直賭けとなる。

 しかし賭けに勝ったとしても、複製体クローンなんてものもあったのだ。何か別のはまだあると思っておいた方がいい。

 だから勝つためにここで全ての魔力を使い切ることは非常に危険だ。


 水晶化クリスタライズは最終手段として残しておくべき。俺はそう結論付けた。


 ……そうなると少しでも魔力は温存しないとな。


 俺は輝晶銃Luminara水晶弾生成クリエイト:クリスタルバレットに戻してからホルスターに収める。

 少しでも魔力を温存する為にはもう輝晶銃Luminaraは使えない。


 代わりに俺は足元に転がっている複製体クローンの死体から、拳銃ハンドガンと帯のようなマガジンポーチを回収する。

 マガジンポーチは腰に付けるタイプで小さいマントのような形になっており、九つの弾倉マガジンが付いていた。

 その内の一つを取り出し、銃弾が入っている事を確認してから再装填リロードする。


 ……残りの弾倉マガジンは八つ。今再装填リロードしたのを合わせると135発か。

 

 マガジンポーチを腰に装備しながら考える。


 ……数はあった方がいいな。


 そう判断し他の死体からも拳銃ハンドガンとマガジンポーチを回収し、装備していく。


 ……まずは出来る限りの手段を尽くして偽黒龍アドストを殺す。

 

 俺は脳をフル活用して偽黒龍アドストを殺すための計算を行う。

 だが俺の複製体クローンとは訳が違う。複製体あちらだった。だから全ての行動を計算に組み込めた。

 しかし偽黒龍アドストは俺ではない。全てを計算で賄うことは不可能だ。


 だから水晶化最終手段用の計算も並行して行う。


「ふぅー」


 俺は短く息を吐き、目を閉じた。

 残り弾数は405発。全て撃ち尽くすまでに偽黒龍アドストを殺す。

 それが第一目標。


 目を開き、目の前の敵に意識を集中させる。

 思考が透明クリアになり、周囲の雑音が消えた。聞こえるのは戦闘音のみ。


 極限の集中下で、俺は両手に持った拳銃ハンドガンの銃口を偽黒龍アドストへ向ける。


 ……さあ、戦闘開始だ。

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