第13話 死闘
ヴヴッとホタルの腕時計が振動する。
……くっ!
ホタルは内心で歯噛みした。
時計を確認している余裕はない。しかしこれは16時30分を告げるアラームだ。
あれから約六時間。ホタルは一度も後退出来ていない。
ずっと同じ場所で釘付けにされていた。
攻撃は精細さが欠け、回避出来ない攻撃も増えてきた。
……二人は逃げ切れたでしょうか?
三日間掛けて進んできた道のりだが、それは出来るだけ地図を作成しつつ歩んできた道だ。
最短距離を全力で突き進めば、既に遺跡から脱出できていてもおかしくはない。
しかしイレギュラーはいつでも発生する。
魔物に足止めされたりした場合はその限りではないだろう。
……しかし、私はもう逃げられませんね。
ホタルは諦めにも似た感情を抱いていた。
日没まで、およそ約十分。いくらホタルでも最深部であるこの広間からたったそれだけの時間で脱出することは不可能だ。
だけど夜が訪れれば【終末の獣】が現れる。
ホタルも
よって日没と同時にホタルは死ぬ。
時間はホタルの味方ではなく、
……死にたく……ないなぁ。
いくら特級魔術師とはいえ、ホタルはまだ17歳。やり残したこと、やりたかったことは山ほどある。
今までは無縁だったが、オシャレだってしたいし、恋だってしてみたい。そして何より、地上を解放して再び人が住める世界を作りたい。
それがホタルの夢だ。
途方もなく、現実味もない夢。そんなのは無理だと笑われたことすらある。
しかしホタルは諦めずに、自分の信じた道を突き進んできた。特級探索者になったのも夢を叶えるためだ。
だけど、今ここで死んだら何一つ叶わない。
何も達成せずに死んだら、自分が生きた意味がなくなってしまう。
ホタルは心臓が締め付けられるような想いに駆られた。
それはなんと悲しいことだろうか。
ホタルは自分の生きた人生を無意味なものにしたくないと心の底から思った。
だから敢えて自身の欲求を口に出す。
「死にたく……ない!」
ホタルの紅い瞳に力強い光が宿った。
それは純粋なる生存本能。無駄死にするぐらいなら最後の最後まで足掻いてみせる。そんな気概のこもった光だ。
……時間稼ぎはもういい。私はこいつを倒して、生き残る!
ホタルは意識を切り替えた。
守りから攻めへと転じる。全ては目の前の敵を打ち倒し、自分が生き残るために。
ここからは先は正真正銘、生存競争だ。
純粋なる自然界の摂理。勝った者が生き、負けた者が死ぬ。
……出し惜しみはしない。
敵は
故にホタルは禁じ手を使う。
ホタルが懐から取り出したのは三本のアンプルだ。
中に入っているのは赤黒く禍々しい色をした液体。見ようによっては血液に見えなくもない。
ホタルは取り出したアンプルを三本同時に咥え、噛み砕く。割れたガラスが口を切ったが、気にせずに中身を飲み干した。
赤黒い液体がホタルの喉を通り、身体に吸収されていく。
――ドクン。
心臓が大きく鼓動した。
その瞬間、ホタルは天地が逆転するような眩暈に襲われ、平衡感覚を失う。ユラっと身体が揺れた。
一種のミスが命取りになる戦闘の中、それは致命的な隙となる。
次の瞬間、
「……
ホタルは全身に走る激痛を堪えながら小さく呟いた。
その言葉に呼応するように、地面に滴った鮮血がゾワリと蠢く。その瞬間、無数の血刃が顕現した。
その数は先程までとは比較にならず、広間を埋め尽くすほどの勢いだった。まさに「千の血刃」だ。
「……ふっ!」
ホタルは血刃を操り、自身を拘束していた槍を断ち切る。そのまま身体に空いた穴を再生した。
ホタルが飲んだのは特殊な加工を施した増血剤だ。
ヴァルハラの研究者たちは、
しかし当然、普通の増血剤ではない。
結果として大量の血液を生産できるが、内臓に想像を絶する負担を強いる。その為、吸血鬼の身体を持つホタル専用のドーピング剤だと言えるだろう。
だが強大な力には代償が伴う。
普通の人間ならばそれだけで命を落とす可能性が高い。
吸血鬼の身体を持つホタルが死ぬことはないが、それでも完全に回復するには数日を要する。
戦闘不能になるのは必至だ。
故に、使用は一回一本までと研究者から
それを三本、ホタルは一気に使用した。
「くぅ……!」
もはや身体の感覚が曖昧だった。
身体を貫かれた痛みなのか、内臓が酷使されている痛みなのかわからない。内臓を素手でかき混ぜられているかのような痛みに視界が明滅する。
しかしホタルは「生きたい」という本能に従い、痛みを無理やり意識の外へと追い出した。
……大丈夫。まだ動ける!
それは自分に言い聞かせた言葉か。本人ですら定かではない。しかしその甲斐もあり、既に満身創痍の状態にも関わらず、ホタルの身体はスムーズに動いた。
時に壁や天井を大地とし、重力に囚われない動きで
しかし流石というべきか、そう簡単に隙は晒さない。
……だと思いました。
だけどそれもホタルは読んでいた。
故に誘導する。
ホタルはひたすらに動き続けた。不規則に、無秩序に。しかしそれは全て計算の上。
そして数秒後、目の前に魔術式が記述された。
……ここ!
ホタルは血刃を操り、目の前の槍を砕く。すると
……計算通り!
ホタルは大地を踏み締め、跳躍する。
「とど……けぇえええええ!!!」
そしてついにその刃が、赤黒く流動する球体を両断した。
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