第3話 【終末の獣】

「――走れ!!!」


 俺が叫ぶと同時、夜の訪れを告げる者The Night Tellerが右腕と思しき影を頭上に掲げた。

 口と思われる部分の空洞が歪み、醜悪な笑みを形作る。


 俺は夜の訪れを告げる者The Night Tellerを無視してビルから飛び出した。全速力で走り、転移ポータルのある高層ビルへと最短で向かう。

 魔物の行動パターンなんてもはや意味はない。一歩でも多く距離を取る。それしか今の俺たちに出来る事はない。


「総員、全速力で転移ポータルを目指せ!!!」


 叫ぶと同時、青空が夜空へと侵蝕されていく。

 空に浮かんでいた雲は消え、星がキラキラと瞬く満点の夜空に。

 地上から見る星空は遠く、幻想的な雰囲気を醸し出していた。しかし浸っている場合ではない。

 夜が来た。即ち、ここからは獣の時間だ。

 【終末の獣】が顕現する。


「グォォォオオオオオ!!!」


 遠くで雄叫びが聞こえた。その瞬間、大地が縦に大きく揺れる。


「――ッ! 総員! 足を止めろ!!!」


 声を張り上げた瞬間、全員が急制動を掛けてピタリと静止する。


「あっ……」

「B2!」


 しかし最後尾にいたB6369B2が揺れに足を取られ、転倒してしまった。僅かな振動が発生する。


「くそっ!」

「よせ! K!」


 俺は反転し、手を伸ばす。

 だが寸前でZ1465に肩を掴まれた。直後大地を割り、【終末の獣】が現れる。

 大口を開け、B6369を呑み込みながら天高く舞い上がったのは【終末の獣】汎存種:蠕虫型タイプ:ワーム。地中から振動を頼りに獲物を呑み込むバケモノだ。


「くっ!」


 一瞬で一人死んだ。

 まともな装備のない俺たちではB6369を救い出す事はできない。いや、もしこの手に最新鋭の銃器があったとしても不可能だろう。

 【終末の獣】は決して殺せない。それが終末における絶対不変のルールだ。

 

「しっかりしろK! 俺たちの事は捨て駒として考えろ! お前が生き残る事が最優先だ!」

「……ああ。わかってる!」


 俺は歯を食いしばり頷く。

 Z1465の言葉は正しい。重々理解している。

 俺と他の仲間とでは命の価値が違う。俺が死ねば楽園を堕とすという計画は頓挫する。

 冠を被った豚Crown Hogに勘付かれないように俺の頭の中にしかない計画も多くあるからだ。

 もしそうなれば、死んでいった総勢289人の仲間たちに合わせる顔がなくなる。

 

 俺は動かなくなりそうな足に気合を入れ、再び転移ポータルに向かって駆け出す。その時、天高く舞い上がっていた蠕虫型タイプ:ワームが地面に落ち、そのまま地中へ潜り込んだ。

 大地が大きく振動する。次の狩りが始まる合図だ。

 俺が言葉にせずとも、全員がその足を止める。誰一人として動かない。


 汎存種と呼ばれる【終末の獣】は対処方法が確立している種だ。蠕虫型タイプ:ワームは地面に伝わる振動を頼りに獲物を探す。

 故に、一歩も動かなければ獲物になることはない。


 それが許される状況ならば。


「グゥルルルル」


 低い唸り声を漏らしながら現れたのは俺の倍ほどの大きさを持つ犬型の獣だった。

 【終末の獣】汎存種:猟犬型タイプ:ハウンドドッグ。視覚と聴覚が退化し、嗅覚だけで獲物を追う盲目の猟犬。


 猟犬型タイプ:ハウンドドッグ蠕虫型タイプ:ワームと同じ汎存種。対処法は確立している。

 強烈な匂いに弱く、激臭玉という悪臭を撒き散らす道具を使えば逃げ切ることは比較的容易な種だ。

 しかしそれは一体だけの場合だ。激臭玉は普段密閉されている都合、使用すると決して小さくない音が鳴る。

 音は振動だ。それでは蠕虫型タイプ:ワームの餌食になってしまう。

 

 汎存種は対処法が確立しているとはいえ、別種が二体以上現れた場合の生存率は限りなくゼロに近くなる。


 ……どうする!? 考えろ! 頭を回せ!!!


「……K。……分かっているな?」


 Z1465が俺にだけ聞こえるように小声で呟いた。


 ……ああ。分かっているさ。


 俺は内心で応え、目を閉じた。

 そして小さく息を吐き、覚悟を決める。

 

 感情を排し、冷徹に行動しろ。

 頭を、思考を切り替えろ。

 言い訳ならある。


 皆、こうなる事も覚悟の上で俺について来てくれている。

 

 仲間たちは今この瞬間に限り、仲間ではない。

 ただの駒だ。

 選択しろ。

 それがたとえ最低最悪な選択だとしても。


 ――全ては俺一人が生き残る為に。


「――B6368」


 俺は静かに仲間を呼び、目を向ける。

 きっと俺は冷たい目をしている事だろう。だけどこれは俺の言葉で宣告しなければならない。それが責任だ。


「命令だ。蠕虫型タイプ:ワームを引きつけ、距離を離せ。そして――」


 ――死ね。


 事実上の死刑宣告。

 持って数十秒。たったそれだけの時間の為に、仲間を使い捨てる。やっている事は冠を被った豚Crown Hogどもと同じだ。――忌々しい。


「……了解。あとは頼みますZ、K。全ては悲願のために。我らが生きた意味はあったのだと証明してください」

「……ああ。約束する」


 俺は歯を食いしばりながらなんとか絞り出した。それにB6368は微笑む。


「ご武運を! ……こっちだクソ共!!! ついてこい!!!」


 B6368が大声を上げ、全速力で駆け出す。瞬間、四方八方から甲高い咆哮が轟いた。この咆哮は汎存種:六足獣型タイプ:ヘックスだろう。

 聴覚が発達した異様に長い六本足を持つ猿のような【終末の獣】だ。

 それと共に臭いが動いた事により、猟犬型タイプ:ハウンドドッグも動く。


「B6368の犠牲を無駄にするな! 各自、激臭玉を使用しろ!」


 俺は懐から球体の道具を取り出し、足元に投げ付けた。

 溢れ出た悪臭に吐き気を催すが、なんとか耐える。今は吐いている時間などない。

 仲間たちも次々と激臭玉を使用し、悪臭を身に纏う。


「行くぞ! Z! 先行しろ! 最短ルートだ!」

「了解!」


 俺たちは転移ポータルのある高層ビルへと向けて、全速力で駆け出した。

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