暑いですよ。日本っていうのは
「暑すぎない?」
昼も終わり、そろそろこれから起こるであろうすべてを放棄したくなるくらいの時間帯。二人の大学生の男女は、生活感あふれる白い壁の部屋でダラダラと過ごしていた。
一人はベッドに、部屋の主である青年は床で寝転がっていた。
雑に置かれた机の上には鍋とIHコンロが置かれていた。
「そうでしょうか?」
「暑いよ。うん、超暑い」
この世が狂っているとでも言いたいような感情を孕み、青年の口から自らのつぶやきと少女の返答への否定を込めた言葉を発する。
「そうですか…。というかそれはあなたが鍋なんかするからでは?」
「いいじゃないか。生憎俺は季節感が嫌いでね。何より夏に鍋が食えないのが俺は嫌だ。俺は夏だろうがグラタンとか煮込みラーメン食べたいし、冬だろうが焼きとうもろこし食べたい」
「食い意地張ってるんですか」
「そんなことはない」
至って普通の少々不摂生な大学生程度だろう。そう彼は語る。
「しかし、鈴木の急な用とは一体なんなんだろうかね」
「佐藤先輩の家が熱いからじゃないですか?」
佐藤と呼ばれた青年は、数少ない友人の一人である鈴木の今を想う。
「その言い方だとフライパンで焼かれてるみたいになってるけど」
「故意です」
「故意なら仕方ねえな」
「そもそも季節感に縛られて食べたいもの食べれない方が嫌だろ」
「中々に強引な話の戻し方ですね。まあ実際そうではありますが」
私、素麺好きですし。表情に乏しい彼女はそう語った。
「ところで後輩よ。なんでお前はこんな急に来れたんだ?」
「私のことは後輩ではなく花音ちゃんと呼んで欲しいのですが」
「喜べ少女。その願いは叶わない」
「まさか呼び捨てで?」
「俺がそんな節操ないように見えるか?」
「見えませんけどなんか弱そうです」
「はっ倒すぞ」
「こんなに可憐で可愛い少女を押し倒して。私は何をされるんでしょうか…」
「沈める」
「快楽に?」
「海に」
自分を美少女と呼び、花音と名乗った少女。実際、顔は整っている。
どうやら海に沈まされたくはないらしい。佐藤はそう思った。
「季節感……ですか、じゃあイベント事などはどう思うのです?」
「ハロウィンとクリスマスとバレンタインだけは滅べと思うね」
彼はクリスマスとバレンタインに恨みを言い続けたという前科がある。
それについては彼のご友人である鈴木が唯一の被害者となったので、件の人物に話を聞かない限りは恨みの本質についてはわからない。
「私は好きですよ?クリスマスもハロウィンも」
楽しいですと、一言付け加える。
「俺は独り身なのでね。孤独な夜を過ごしてると思うと恨みを吐かずにはいられないんだ」
「腐った性根ですね」
確かに、彼もこんな性格を何とかしたいと思ったことは中学生時代に何回かあったが、高校生になったらその考えは露と消えた。
よくいえば共生。悪く言えば開き直りである。
まあ迷惑かけても被害は1人なのだ。最小限の被害で済むならばそれでいいだろう。
彼はそう考える。
「まあ、あなたは高校生の時からそんな感じでしたね」
彼らが鍋を食べ、雑談をし始めてから時間が少し経った。外の景色も茜色に染まり掛けている。
燃え盛るオレンジ色からきっと明日は雨だろうと予想できる。
「ところで先輩」
「どうした後輩」
花音が急に佐藤へと話しかける。本を読みながらダラダラと床に寝転がっていた佐藤は無論驚いたが、あまり気にせずすぐに返した。
「先輩の寝室入っていいですか」
「ダメだ」
「どうして?」
「どうしてでもだ」
「やましいものがあるのですか?」
「ある!」
普段から想像できないような凛々しくも太くよく響く声が、部屋を貫く。
「なら、どんなものがあるか気になります」
「後輩ものと先輩もの、あと幼なじみとボクっ娘系。以上だ」
即答だった。
「そんなことよく臆面もなく言えますね」
乏しい表情で精一杯の驚きを表しつつ、率直な意見を述べる。
「見られるよりかはマシだからな」
「そうですか。てっきり殿方は見られるものを嫌がるものかと」
「後輩よ!だからお前は阿呆なのだ!」
「さいですか」
(まあ別に内容見られなければどうということは無いしな)
性癖など口に出そうが何をされようが至極どうでもいい、中身を見たものは死を持って償ってもらおう。というのは佐藤の信条。
「そういえば、もうそろそろ17時になりますが」
「そうだな」
佐藤が立ち上がり、玄関へとつま先を向ける。
「お帰りはあちらです」
「いえ、私は帰りませんよ?」
「んなバカな」
明らかな裏切りを受け狼狽する。
「私は夜までいますよ。当たり前じゃないですか」
「なぜそうも当然のようにここに居座る気でいるんだ」
「ちなみに認めない場合はここから外へ放り出します」
有無を言わせぬ迫力に、きっとするんだろうと言うスゴ味を感じる。
彼女のその言葉には、貴様をてるてる坊主にしてやるという意味も孕んでいると確かに感じた。
「じゃあ夜はどうするんだ?」
「しゃぶしゃぶとかどうですか?」
「ありだな」
「ちょっと作ってくる」
冷蔵庫に肉はあったかとキッチンへ確認しに行く。
冷蔵庫を開けてみると、割と余裕のある肉と目が合った。まだこの時点でしゃぶしゃぶと確定はしていなかったが、どうやら目が合った時点でしゃぶしゃぶにするしか無かったらしい。
「調味料は……ポン酢でいいか」
かなりレパートリーの少ない調味料ではあるが、見知った客人には我が家のルールを押し付ける、自らの信条を参考にこれでいいやと納得する。
「うーん。この暑さ、さすがに冷しゃぶか」
前半あたりで季節感にボロクソ言ったがやはり本能に人は抗えない。
そう、面白そうなえっちなゲームを見つけた時に即買いするのは仕方ないのだ。
部屋にある積み上がったパッケージ版のR-18ゲームたちを思い出しながら鍋を用意し適当に具材をぶち込んでいく。
「確か…既にパケ版は5作。PANZAで買ったのが10作か?早めに処理しないとな」
さすがに作者に悪いと呟きとながら肉を煮ていく。
味付けはしない。というかお湯で煮る。
それだけだ。
「できたぞ」
「何をしているのかと思いきや、ご飯を作っていたのですね」
「短時間限定の突発性難聴か?学会に報告しなきゃな」
ボウルに適当に肉を盛り付け適当に運ぶ。
全ての行動が適当だが、もう思考も全て適当になり始めたので今更である。
「ちなみに調味料はポン酢だけだ。文句は言うなよ?」
「わかりました。では、いただきます」
そうして彼女らは飯を食べ始めた。
△
「そういえば、このぬいぐるみたちはなぜここにあるのですか?」
ベットの上にあったぬいぐるみを抱えて、花音は佐藤に問う。
「クレーンゲームでとったやつ。いるならあげるよ」
未だに抱かれているクマのぬいぐるみは、つぶらな瞳で虚空を見つめている。
つぶらな瞳にしては虚空を見つめるので、ちぐはぐだった。
「いいのですか?」
「うん。そこに置かれてるだけなのもアレだろうし、いる人がいるなら投げつけてでも渡すよ」
「なるほど。そうなのですね」
ベッドの上から降りるようとする。
だが、なにかのトラップかはたまたいつもの不摂生か、彼女の足元にはポケットなモンスターをゲットしそうなボールが転がっていた。
一般的にはUMAボールと呼ばれるそれは、彼女を理不尽にも転ばせる。
「きゃっ」
短い悲鳴をあげ、後ろ方向に倒れそうになる。
「おっと。危ない」
だが、安心できることに彼女の後ろには佐藤がいた。
いくら動かないとはいえ、人一人くらいを受け止める膂力のある佐藤は、迷うことなく彼女を受け止める。
その構図は横抱き。一般的にはお姫様抱っことも称されるそれは、場所が違えば十分にロマンチックだったのだろうが、今は照明の位置的に、窮地に陥るヒロインをヒロイックに受け止めるヒーローのような姿だった。
有り体に言えば新しい輝きというやつだ。
「あ、あの、その、ありがとうござい…ます」
普段あまり表情に変化のない彼女のしては珍しく赤面し、感謝を伝える。
「気をつけろよ」
佐藤はそれに気づくことなく、一言注意をするのだった。
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