第二話 『コール・アウト・マイ・ネーム』 その5


 風と雨が強まっていた。雲が厚みを持ち始めている。いつ本格的な雨になることか、人々は心配し始めていたが、どうにか最後の儀式となった。


「いくよー!」


 村の乙女たちは、とくに『レイレイ』と同世代の連中は気合いに満ちていた。


「私がもらうわ!」


「いいえ。次の花嫁は、私なの!」


 どいつもこいつも、かつて『レイレイ』をいじめた連中だ。『レイレイ』どころか、それと仲良しのミリカも。


「忘れていない。恨みを忘れられるほど、16才のシスターは聖人じゃないの」


 受け取れば、『次の花嫁』になれる。


 そんな伝承を与えられたブーケが、ミリカの手により投げられた。運動神経の悪さが災いし、そのうえ強風にもあおられてしまったせいなのか。それは異常な高さまで、空に舞った。


 ……いや。


 おかしい。まるで、吸い込まれるように……高く、高く……。


「あれ、あれれ?」


 ミリカは戸惑っていたが、乙女たちは気にも留めずブーケを追いかけ走っていた。『レイレイ』も走る。想定外の展開ではあるものの、これはこれで面白いことになりそうだ。


「邪魔してやる」


 意地悪な笑みとともに、かつて自分たちをいじめた乙女どもの群れを、背中で防ぐ。押し止めるだけでいい。それだけで十分なのだ。


 そうすれば、自分も届かないが……思わぬ幸運に恵まれた10才の少女が、そのブーケを受け取れるのだから。エリーゼが、ぴょんと飛んだ。


「キャッチっ! やったあああ! 私が、つぎのお嫁さんだー!」


 伝承に則れば、そうなる。つまり……。


「お前ら、全員、『行き遅れるぞ』」


 喜ぶエリーゼと、笑う村人たち。そんな中で、花嫁と『レイレイ』によるイタズラは成就した。


「アシュレイ……っ!」


「アンタ、バカじゃないの。シスターのくせに……っ!!」


 村娘たちからにらまれる。結婚式には、なんとも相応しくない目つきで。


 涼しい顔で、受け止めてやった。そういう視線を向けられるのは、16年間ずっとだから。とっくに、なれている。


「ざまあみろだ…………それでも。これ以上、場を荒らすことはないか」


 自分だけのイタズラにしておくために、アシュレイ・ルスラエクは立ち去ることにする。花嫁と共謀したと知られたら、さすがに面倒そうだ。思っていた以上に、にらまれていたから。


「女の恨みは怖いもんね。私も女だから、ピンとくるわ」


 鬼みたいな顔をした乙女たちは、しばらくアシュレイを追いかけていたが……悪魔を何体も倒した『戦うシスター』に対して、つかみかかってくる女勇者はいない。


 村はずれまでくると、無言のまま解散した。


「怖くて、陰口のひとつも言えないんだね。ほーんと。取っ組み合いのケンカしてた頃が、なつかしいよ。じゃあな、行き遅れども!」


 気分は良かった。


 空は、ますます曇っていたし、雨も風も強くなっていたが……。


 ……だが。やはり、あの滞空時間は気になった。


「ミリカの腕力だと、ムリだ。こういうヘンテコな現象は、悪魔の仕業なときもあるけど。まさか、ね」


 村の周りを調べることにした。


 北方の土地アルフェーヴンには、悪魔が多いものだ。聖教は『南』の異教徒に対する、征伐戦争には熱心である。その一方で、大して金にもならなければ、信者の数も少ない北方を守ろうとする意識は乏しかった。


「聖騎士さんたちは、貧乏な田舎者に対して、塩対応。新聞各社が持ち上げまくっている『叔父上』。私は思いまーす。真の英雄とは、貧しい者のために尽くす者なのですよ」


 皮肉を使う。聖教の新聞には、異教徒征伐戦争で名をあげた男の名前があった。いつもいつも。シドルヴァ・ルスラエク。アシュレイの母親からすれば、『腹違いの弟』だ。


「愛人の息子でも、大活躍。ルスラエク家は、本当に優秀だわ」


 ほめていない。ただの皮肉だ。


 ムカついた。


 大嫌いだ。


 自分に会いにくることもなかった親族なんて。


 枢機卿を出すような聖なる名家には、『悪魔もどき』の自分など不要なことは理解もできる。だが、新聞に載るくらいの英雄なら、不憫な16才の少女をねぎらってもいいだろうに。どれだけ怖い思いをして、悪魔と戦ってきたのか。彼ならわかるはずなのに。


 この角は、悪魔の血は、あまりに重たかったのだ。


 与えられるべき愛も、勝ち取ったはずの名誉も、すっかりと奪い去ってしまう。


「……英雄さんが、こないのなら。私が、ルスラエク活動をがんばりましょうねえ」


 北方にはイタズラな悪魔もいる。祝い事に人々が浮かれる隙をねらって、こっそりと家畜に呪毒をかける小鬼/ゴブリンだとか。あるいは、もっと……とんでもない大悪魔も。


 いなかった。


 村には、いない。小鬼も、巨悪も。


 それでも、胸騒ぎは強くなっていく。


「角が、うずくようなカンジ……こういうの、外れないんだよね。私の悪い予感って」


 初夜に突入する奥手なふたりを邪魔しないように、さっさと戻るつもりだったが。もう少し、様子を見ておくことにする。


 向かったのは村のはずれにある、ちいさな教会。さきほどの結婚式を仕切っていた老神父が暮らす家でもあった。


「やあ。じじい」


「おお。あいかわらず口が悪いな、アシュレイ・ルスラエク」


「昔馴染みにはね。よそ様と話すときには、もうちょっと上手くやってるよ」



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