終末をよぶ裏ボスさんがちょいちょいかまってくるんですが
御手々ぽんた@辺境の錬金術師コミック発売
第1話 裏ボス
「ねえ、君。なんでさっきは助けてくれたの?」
俺は背後からかけられた女の子の声に、思わずビクッとなる。
その声だけで、相手が誰かわかってしまったのだ。
──ど、どうしよう。どうにか穏便に、そしてリニアスタ=サーベンタスさんの印象に残らないようにやり過ごさないと……
慌てているように見えないように。しかし不興をかわない程度の速さで、俺は振り向く。
なにせ、相手は俺が転生してきたこのゲーム風世界で将来、裏ボスとなる相手なのだ。
対して、俺はモブ生徒A。
振り向いた俺の目の前にいたのは、不思議そうにこちら見ている少女だった。
長い白銀の髪。
指定の学生服からのぞく肢体は、美しく透き通るような白い肌をしている。そして、瞳の虹彩までが薄く、輝くようだ。
リニアスタ=サーベンタスは、全体的に白く、儚い印象がする少女だった。
しかし転生特典か何かのお陰で、俺は自他のゲーム風パラメータが見える。そのため、今時点ですら彼女が保有する膨大な力がバッチリ見えていた。
──うげ、リニアスタさんが本気になれば俺なんて秒で消し炭だよ。どうしよう、どうやって機嫌を損ねないように……
「リニアスタさんが、困っているように、見えたから……」
テンパり過ぎて、俺はそんなことをくちばしってしまう。
──なんだよ、困っているように見えたって……おこがましいこと言って、本当にすいません。最初見かけた時は君が裏ボスさん、だなんて気がつかなったんだよ……転生してきてすぐだったんです。それで目の前で困っている子がいるなんて重要イベントの発生、ほんとやめて貰いたい。だいたいさ、こういうのはもう少し、準備期間とか設けるものでしょうよ……
必死に脳内で謝罪と、言い訳、そして転生させた存在への不満をのべる俺。それをよそに、裏ボスさんは俺の返答に、さらに不思議そうにしながら口を開く。
「そう……ねえ、君、名前は」
「……シド。シド=アニキス」
俺は記憶を探って答える。幸いなことに、転生してきたこの体の持ち主のである、モブ生徒Aの名前はしっかり覚えていた。覚えていた安堵のあまり、そのまま名を告げてしまう。
「シド──」
それだけポツリと呟くと、軽く頷く仕草をする裏ボスさん。そのまま白銀の髪を揺らして背中を見せると、立ち去っていってしまった。
──あ、行っちゃった。とりあえず無難に終わった、のか? 印象に残らない応対、出来てた……? いや、もしかしなくても、裏ボスさんに俺の名前、覚えられちゃった?
はたと気がついた俺は、思わず頭を抱える。とりあえず消し炭にはならなかったし、すぐに俺のことなんて興味が無くなった風で、いなくなってはくれた。
ただ、ゲームで、最初は不思議ちゃんキャラで登場する裏ボスさん。その行動はとにかく読めないのだ。
さっきの裏ボスさんの様子のまま、ちゃんとモブ生徒Aに過ぎない俺のことなんて記憶に残らないでいてくれ、と俺は天に願わずにはいられなかった。
そんな一抹の不安を胸に抱えたまま、俺はシド=アニキスの寮の自室へと帰るのだった。
◆◇
「ただいまー」
「シド、おかえり」
部屋に入ると、ルームメイトのカノンがこちらを見て軽く手をあげてくる。
──あ、カノン=ルールルー! 彼女の一年の時のルームメイトって、俺なのか!
俺は机に向きなおって勉強を続けるカノンをまじまじと見てしまう。
ゲーム開始時では三年生の先輩として主人公の前に現れる金髪のイケメン──カノン=ルールルー。
その正体は、男装の令嬢なのだ。
ゲームの主人公と初遭遇した際に、主人公にだけ女性ということがばれるハプニングイベントが起きる。その後、ゲームだと、カノンは主人公の仲間となる。
カノンは、いわゆるヒロイン枠といわれる存在の一人だった。
──そうか。カノン、男としてこの学園に入学しているんだから、一年の時から男装して男として生活しているよな。記憶を探るとシドはカノンが男だって気づいてないみたいだから、ちゃんと周りを誤魔化せてたみたいだし。え、てことは俺もこのまま気がつかない振りを続けないといけないよな……
俺はカノンの男としては華奢な背中からそっと視線をそらすと、自分の机へと向かう。
そのまま転生してきてこの短時間で起きたことを改めて整理しようとして、頭を抱える。
──はぁ……。色々、やらかした……とりあえず主人公の入学してくるゲームの開始まで、あと二年か。そして俺はモブ生徒Aのシド=アニキス。ゲームでは名前は出てないはずだ。たぶん。とはいっても、俺はこのゲーム、軽く流した程度だからな。抜けがある可能性はある。
こっそりため息をつきながら情報を整理していく。
──そして転生してきたばかりで、裏ボスたるリニアスタ=サーベンタスさんに名前を覚えられてしまったかも知れず、さらに性別を隠しているヒロイン枠のカノンのルームメイトだと。やばくない? 俺、本当にモブ生徒A?
「シド、シド!」
「お、おう。どうした」
カノンが心配そうに俺を見ながら告げる。
「いや、大丈夫か? 様子が変だけど」
「いや、問題ないぞ」
「そうか。ならいいがな。ほら、夕食だ。食堂に行くぞ」
気がつけばそんな時間になっていた。
俺は慌てて部屋を出るカノンを追いかけるのだった。
◇◆
寮の食堂はだいぶ人が少なくなって来ていた。どうやら出遅れたらしい。
夕食のプレートを持って座る席をカノンと探していると、またしても声をかけられる。
「シド」
本日三度目の遭遇。裏ボスさんだった。
「──や、やあ」
「一緒にきて」
「いや、あの、その」
俺は思わず隣にいるカノンの方を見てしまう。記憶ではルームメイトのよしみで俺はカノンと一緒に朝夕の食事をとっていたのだ。
なので、カノンに向ける視線に、ありったけの助けてコールを乗せる。
「──行ってくるといい」
肩をすくめて、なんとも読めない表情を浮かべてそう告げるカノン。
「ここ、いいかな?」
「あ、カノン様ー」「つめてつめて」
そのまま、近くのテーブルにお邪魔するカノン。男女両方から人気のあるカノンはすぐに歓迎されてそのテーブルに溶け込んでいく。
それを俺は絶望の眼差しで見送る。
しかしいつまでもそうしてはいられない。視線をそっと裏ボスさんの方へと戻す。
「こっち」
それだけ告げて歩き出す裏ボスさん。
俺がついてくるかどうかなんて、気にしてないようにしか見えない。
とはいえ、ここで逃げ出すのは後が怖すぎた。俺は仕方なく、その背中を追う。
着いたのは、食堂の一番隅のテーブル。
記憶では、このテーブルは裏ボスさんの暗黙の指定席のようだ。
その周辺だけがぽっかりと人がいなくて空いている。
「そっち」
テーブルについた裏ボスさんが示す方に、俺もおずおずと座る。
そのまま無言で夕食を食べ始める裏ボスさん。
席についた俺はどうしたものかと、正面に座る裏ボスさんの様子を伺う。
その所作は、とても美しかった。
たおやかな手つきで切り分けられた肉が、色素の薄い唇へと優雅に運ばれていく。
細身の体だが、その体幹はしっかりしているのだろう。体の軸が一切ぶれることなくその動きは遂行され、肉がそのやや小ぶりな口へと消えていく。
音をたてることなく、静かに咀嚼していくその様子はとても上品だ。伏し目がちな目元と相まって、俺は思わず目が離せなくなっていた。そのまま時の流れを忘れたように見つめ続けてしまう。
その時だった。リニアスタさんの伏し目がちだった瞳が、正面にいる俺へと向く。
目が、合う。
薄い色の瞳が、俺の目を射抜く。
──ガン見しちゃってたの、ばれたっ! ま、まずっ!
今度は慌てて俺の方が目を伏せる。
とっさに目の前に置いた少し冷めた夕食を食べ始める。少しでも誤魔化せるようにと。
そうして、はからずも裏ボスさんと一緒に夕食を食べ始めたところで、裏ボスさんが俺の名前を呼んでくる。
「シド」
「は、はい」
「リニ」
「──え?」
フォークに肉を突き刺したまま、俺は顔をあげて思わず聞き返してしまう。
「リニ」
そう、同じフレーズを繰り返す裏ボスさん。
──な、なに? どういうこと? ……あ、もしかして、リニアスタさんの名前か?
回らない頭で、必死に考えた俺は、もしかして裏ボスさんが自分の名前の呼び方を言っているのかと推測する。
「り、リニさん?」
「さん、いらない」
「──リニ」
「ん」
そのまま再び目を伏せると、食事を再開する裏ボスさん。
どうやら俺は裏ボスさんと愛称で呼び合う関係になったようだった。
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