第35話 ”クソカス野郎”
「こちらのお宅で殺人はありましたか?」
ついさっきまで胡散臭くもにこやかだったつり目の男は、全くの無表情かつ無感情でオレを見ている。
感情が乗っていない所為で秋葉が何を考えているのかが読めない。こいつは結局何者なんだ?
「殺人……って……どういう事だよ」
「ですから。近日中、こちらのお宅で人が殺された事はありましたでしょうか、とお尋ねしました。いかがですか? まだ意味が分かりませんか?」
どうにかして知らないフリを決め込もうとしたオレを追い詰めるように、秋葉はよく通る声で捲し立てた。
その場しのぎの反論をしようにも、無感情な獣の目はそれを許さなかった。
「先ほど、貴方の部屋のドアについた蝶番に血液が付着し固まった毛髪を発見しました。そしてこの畳……端の一畳が弛んでいます。おそらく畳の下にある荒床を外したのでしょう。そして雑に戻した。だからここだけ違和感があるのです」
「何言ってるのかわかってるのかお前……! う、ウチで人が死んだなんて……ふざけた事……!」
「死んだのではなく。殺されたのではと申し上げていますが」
「一緒だろそんなの! 変な言いがかりつけんな! 知らねえよそんな行方不明の奴なんか!」
ああ、きっと死体をアレに入れたときにドアにぶつけたから髪の毛なんかが……!
自分の詰めの甘さと奴のいやらしい目ざとさにイラつきながらとりあえず怒鳴る。こうなったら知らないフリを通して怒鳴り散らし、ビビらせて追い出すしかない。
デカく怒鳴ろうとした途端、秋葉の追撃が始まった。
「行方不明……ああ、あの俺が独り言で言った事ですか? ご家族はまさか殺されてしまったなどと考えておらず、近辺の森の中や崖下を警察と捜索しているそうですが、やはり彼は殺されてしまったのでしょうか。そして先ほどからどうにも貴方が焦ってらっしゃるのは、貴方が彼を殺害したからですね?」
オレが怒鳴ろうとしたエネルギーはそのまま声に乗る事もなく、部屋に溶けていった。無理だ。コイツはオレが
ビビった顔をしているであろうオレの顔をみた秋葉はわざとらしく性格の悪いため息を吐いた。
「やめましょうかこんな回りくどい話は。実は俺、今日は早く帰りたいんですよ。情報を小出しにして貴方を虐げるのも思ったより面白くないですし。さっさと終わらせましょう」
ふう、と一息つくと秋葉は真っ直ぐオレに向き直った。奴の目は、未だ無感情な獣の目だった。
「この畳の下。死体がありますね? おそらく布団圧縮袋に入って真空になった状態で荒板の下に放り込まれている。貴方は時間が経ってから片付けるつもりなんでしょうけど、こんな杜撰な証拠隠滅と隠ぺいでそんなに長く隠せるわけないでしょう?」
「お、オレは知らないぞそんなの……!」
「あー、いいです。そういう、その場限りの目も当てられないような嘘は。見苦しい事この上ない」
秋葉の目に感情が灯る。分かりやすい程の嫌そうな顔でため息をつき、その鋭いつり目でオレを見下した。
「貴方はきっといざ死体が見つかってしまったときにご両親に疑いがかかるようにしたのでしょう。だから掃除機に一切触れようとしない。圧縮袋も母親に持ってこさせ、部屋では両方に指紋がつかないように注意して使用した」
あの日のオレの行動を見たみたいに正確だった。何故こいつはそんな事が解る? 本当に警察だって言うのか?
冷や汗が身体を伝っていく。オレはいよいよ窮地に立たされていた。
「そしてわざわざ死体を運び出し、年老いた両親の寝室の下に隠す。きっと世間的には最低……という言葉がお似合いなんでしょうね。俺からすればこの杜撰さのほうが最低ですが」
秋葉の推理は全て合っていたが、それを裏付ける物は無い。それが無い限りオレは知らないフリを決め込める。ドアに挟まった髪の毛なんて関係ない。あんなのは部屋で殺しがあった証拠でしかない。オレじゃなくて両親が殺したとも考えられる筈だ。
そう主張しようと口を開いたが、またもや秋葉が先に被せる。まるでオレが言葉を発するのが不快で仕方がないとでもいうかのように。
「証拠ですか? きっとそう言おうとしたんですよね? あのドアに挟まった毛髪だけなら貴方は『両親が自分の部屋を殺害現場にした』等という、これまた聞くに堪えないしょうもない嘘を吐く事でしょう。大丈夫です。ありますよ、証拠。ご安心ください」
秋葉は無感情な目を逸らさないまま歩いて来ると、オレの足元でしゃがみ込んだ。
「貴方、自分のズボンの裾見ましたか? 細かい木片が付いています。畳の下にある荒板を随分乱暴に剥がしたのでしょうね。極めつけは裾全体にうっすらと付いた血ですが、どちらも証拠としては十分であると思います」
すぐにズボンの裾を見ると、奴の言った通り細かい木くずが付いていた。こんなのが証拠になるのかは分からないが、裾に血まで付いてるのならそれは間違いなく決め手になりうるだろう。床に出来た血の染みを掃除するのに夢中で、まさか死体を片付けているときにそんな汚れがついているなんて思いもよらなかった。
「お前何者なんだよ……! ま、マジで警察か!?」
「違います。俺はね、本当は別件でこちらへ来たんですよ。実は貴方が同級生を殺したことなんてどうでもいいんです」
「別件……!? なんだよそれ……何をしに……」
その瞬間、オレの頭に数日前の光景がフラッシュバックした。
数日前、パチンコ屋で大負けしてムシャクシャしていた帰り道。近道する為に入った森でたまたま見かけた人影。そいつはスマホで地図なんて見ながら歩いていて、どう見ても余所者だった。
その浮いた様子がなんとなく気になって、遠くから息を殺して見ているとそいつはおあつらえ向きに崖なんかへ行って、しばらく立ち止まっていた。
オレはそいつの持ち物を見てしまった――
日本刀は立派な美術品だと聞いたことがあった。売りさばけば莫大な金になるに違いない。
両親が旅行へ行っているのを良い事に家に置いてあった金を全てパチンコに突っ込んでいたオレは、あの日本刀が喉から手が出るほど欲しくなった。
(アレを……アレを奪えば……!!)
気がついたらオレはその女を背後から思いきり突き飛ばしていた。
直前まで目を瞑って何やら独り言を言っていたらしい女は突き飛ばされる直前振り返ったものの、オレの力任せの体当たりでバランスを崩し、呆気なく崖の下へ落ちて行った。
もしや秋葉はあの女の――
「…………!!」
異様な雰囲気を感じ顔を上げると、先ほどと打って変わって目の前にいるつり目の男には強い感情が宿っている。
眉を顰めてつり目を歪めるその男は見て解るほどに、怒っていた。
「さあ、答え合わせをしましょうか。 ”クソカス野郎”」
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