一確高速超遠距離精密頭部狙撃

「ああ、今日も平和やなあ」


春、神奈川県横浜市の一角。俺、佐藤 あまねは絶賛こたつぬくぬくライフを謳歌していた。


「やっぱこたつは最高なんじゃあ」


平日の昼間、みんなが働いているのを知りながらの、暖房の効いた暖かい部屋でこたつに入るという完全装備である。


誰も居ないリビングで、パソコンで掲示版を弄りながらのこたつ。今日も激しいレスバを繰り広げながら、内心穏やかな俺。く〜、人生楽しんでるぜ!そこで1つレスがついた。俺向けに出されたそれはなんとも幼稚な言葉で煽りをしてきやがった。


「は?こいつ何煽ってきてんの?小学生ですか?おいおいおいおい、舐めてくれちゃってるねえ?大人の力ってもんを見せてやるよ」


愚かにも、掲示版の論破王と言われている(言われていない)この俺に挑んできた推定年齢小学生のガキを論破する準備を行う。

フッ俺に喧嘩を売ってきた事を後悔させてやるぜ。


数分後……


「…………」


掲示版を閉じ、今は推しの配信待機中。

うん、まあそろそろ時間だったしね。決して言い負かされて逃げてきたわけじゃないけど。時間を守り、節度を守り、お金を投げる。そういう模範的なファンだからね俺は。やっぱりそういうことに関してはしっかりしておきたいよね。


誰にともなく言い訳を並べる俺を尻目に配信が始まった。


「どうも〜!こんにちは!姫華で〜す!今日は、Aランクダンジョンの『名無しノンネームド』に来てま〜す!」


元気のいい挨拶とともに、明るい長い紫色をした美少女が画面に映し出される。ダンジョン。そう、ダンジョン配信者である。


突如世界にダンジョンが現れてからそろそろ100年になる。ダンジョン配信者とは文字通りダンジョン内の様子を配信する職業である。ダンジョンが出てきてから、はじめは規制がかかっていた。

しかし、その内部に存在する資源が超エコでクリーンなエネルギー源かつ、様々な技術に応用が効くことから、今では冒険者と呼ばれる職業の人々が、日夜強力なモンスターと貴重なお宝を求め、ダンジョンに潜っている。


命の危険があるがその分一攫千金を狙えちゃう。そんな職業である。


と、まあダンジョンについて長ったらしく語ったわけだが、配信はもともとダンジョン内部の様子や、戦闘の仕方などを効率よく世間に伝えるためのものだったらしい。が、今ではそのリアルタイムでのスリル感やストレス発散などの観点から、立派な庶民の娯楽である。ドローンとかも発展したしね。


よし、歴史の授業はここまでにしとこう。そして、俺が今見ているのは今、段々と人気を集めつつあるダンジョン配信者の姫華ちゃんだ。

美しい長い紫の髪に。同じ色の瞳。鎧や武器もお洒落で、いわゆるかわいい女の子だ。ダンジョン配信は実力派と見た目派に大きく分けられるが、この娘はどちらも両立しているAランク冒険者だ。若いのに凄いね。


そんな姫華ちゃんが明るい笑顔で雑談をしている。流れるコメント欄。視聴者は5000人あまり。凄いね。美少女を見に来ているニートが5000人もいるんだ。


ちなみに俺はニートではない。ちゃんと働いている。………嘘じゃないからな!


嘘ではない、嘘ではないが事実でもない。そしてそんなことはどうでもいい。今は姫華ちゃんの勇姿を目に焼き付けるのが大事なんだ!


配信が始まって小一時間がたった。その間も姫華ちゃんは笑顔で探索を続けている。可愛い。可愛いよ姫華たん。そうして、俺は本日4度目のスパチャをする。効果音とともに一際目立つコメントがコメント欄にしばらく表示される。


「あっ!石油王さん!スパチャありがとうございます!でも、ダイジョブなんですか?上限額スパチャもう四度めなんですけど」


心配そうにしている姫華ちゃんも可愛い。でも、問題ない。だって石油王だから!


汝、ニートと言うなかれ。俺は今日は働く日じゃないだけでちゃんとした社会人なのだ。そして、とある理由でスーパーな大富豪なのでこうして世に還元しているんだ。俺、偉い!


こうして、ファンとの雑談や笑顔を絶やさず、でも戦闘の時に見せる真剣な顔とのギャップも素晴らしい。やっぱ俺の(お前のじゃない)姫ちゃんは最高だぜ!


「ふう。やっぱりここのダンジョンは効率がいいね。もう3つもレベル上がっちゃった」


そういって、満足げに自身の手元の冒険者証明書を見る。まあ、ダンジョンがある世界なんだ。当然レベルも魔法もスキルも存在する。

そんな満足げな顔も可愛い姫華たんだったが、ここで事件はおきた。


巨大な音と共に、巨大なモンスターが現れる。


「嘘っ!?」


絶望に染まった姫華ちゃんの声。


黒光りする鱗に濃い紫の眼。鋭い牙に長く太い尻尾。巨大な体躯と広げられた翼。

Sランクモンスター黒龍である。


現状、すべてのモンスターの中で最強とされている龍種。更に希少属性と呼ばれる闇属性をもつ龍であり、並の人間なら傷一つ与えられない。その鋭い爪はひと撫でするだけで鋼すら細切れにさせ、その咆哮ブレスはすべてを焼き尽くす。


不味い!姫ちゃんが危ない!危険が危なすぎるってどころじゃねえ。命の危機とかそんなんが可愛く見えるくらいには絶体絶命じゃねえかよ!

なんてこったパンナコッタ。大ピンチじゃねえか。

どうせばいい?どうすればいい?うわああああああ、嫌だ。

推しが目の前で死ぬとこなんて見たくないいいいいいい。

俺は、俺はそんなことのために姫ちゃんを推してるんじゃないだあああ!!

逃げて姫ちゃん逃げてええええええ!!


内心恐々としてる俺だったが、その願い叶わず、姫ちゃんは完全に腰を抜かしており、恐怖で一歩も動けそうにない。


「あ………だ、だれか……た、たす…助けて………」


その声を聞き俺は静かに立ち上がった。そうだ。テンパってる場合じゃない。(情緒不安定)俺にはこの状況を打破する力があるじゃないか。


そう、俺には隠された力がある。


汝、痛い奴と言うなかれ……悲しくなるから。


俺は胸元に下げていた、小さな双銃のキーホルダーを手にもつ。

するとそれは巨大化し、俺の思った銃へと変化する。


バレットM82。アメリカで開発された対物狙撃銃。それを少し変化させ、装弾数を減らした代わりに威力を向上させた。通常射程は2000mだが、この世界じゃそんな常識は通用しない。


愛知にある塔状のダンジョンの名無しノンネームドの場所にしっかりと狙いを定める。射程や威力向上のために大型化した2mを優に越す対物ライフル。本来こんな物を生物に向ければオーバーキルも良いところだが、龍相手にはこれぐらいしないと殺せない。魔法である程度の風よけを弾に施し、狙いを定める。装弾数が一つしかないこの銃は威力と射程の両立のため機構が複雑であり、リロードに時間がかかる。だからこそ、極限まで集中し、スキルや魔法に技術。持ちうるすべてを使って


一撃で決めに行く!


光学照準器いわゆるスコープを覗き、龍の姿を視界に捉える。通常なら絶対に見えない距離だが、何度でも言おう。この世界じゃ常識は通用しない。


2度3度と呼吸し、風が弱まった瞬間を見て狙撃。不思議パワーによって、障害物を貫通する15mmに及ぶ大きなNAT弾が吸い込まれるようにして龍の頭蓋を貫き、龍が絶命する。俺はそれを確認した後、大きく息をついた。


「ふう。これで姫ちゃんは無事や。また、配信が見られる」


一撃でこの距離での狙撃なんて、普通は考えられないだろうから。きっと、みんな神様の御業かなんかやと思うだろう。

このときはそう、楽観視していた。それが俺の人生を大きく変えるとは知らず。


不意にスマホがなる。

妹からの連絡だ。



〈 愛しの妹様                 


今日


16:23

お兄ちゃん迎えに来て

早くして


16:23

わかった愛しの妹よ。今行く

いつもの場所でいい?

準備してからのがいい?


16:23

うん 

今日もやるから早く来て

           

16:24

了解した



妹と軽くやり取りした後車のキーをとって車に向かう。愛しの妹を迎えに行くのだ。


「さて、今日も頑張りますかな」


つぶやいた一言は、すでに暗くなりだした空に吸い込まれた。

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