第六話 不機嫌な善希

善希はズカズカと歩み寄り、雪枝の前でピタリとその足を止める。無言で雪枝を見下ろす彼の表情に笑顔は無く、その場にピリピリとした空気が流れた。善希は仲田の方をチラリと見た後、再び雪枝へと視線を戻す。



「…何してんの?」

「あ、えっと…これはー…。」



善希が至極不機嫌である事は一目瞭然だった。そしてその事は雪枝だけでなく、彼と親しい間柄である森にもすぐに分かった。その場の空気を緩和する為に、森がすかさずフォローを入れる。



「永居、海山さん達も会社の飲み会だったんだって!」

「う、うん。そうそう!」

「二人で?」

「えっ!?あ…いや・・・・。」



咄嗟に森のフォローに乗っかった雪枝だったが、その不自然な声音に、善希は何かを感じ取ったらしい。鋭い切り口の質問に、思わず雪枝は目が泳いでしまう。その仕草を見た善希は眉根を寄せた。

第三者である森は、二人を見て『ヤバイ!』と心の中で思う。森が更にフォローを被せようとするも、それよりも先に別の方面からフォローが降り注いだ。



「チーム飲み会ですよ。」



発言したのは仲田だ。

にこにこと爽やかな笑顔を浮かべる仲田を善希はチラリと見やる。仲田は善希と目が合った事で、簡単な自己紹介を施した。



「初めまして、後輩の仲田です。海山さんの彼氏さんですか?」

「…永居です。」



ムスッとした顔を浮かべながらも、質問にはちゃんと答える善希。一応、社会人としてのマナーは弁えている。

善希の自己紹介を聞き、仲田はにこにこ笑顔のまま雪枝へと視線を向けた。



「カッコイイ彼氏さんじゃないですか。」

「あはは…。」

「・・・・・。」



思わず乾いた笑いが出てしまう。森と仲田がフォローを入れ、良からぬ疑いは晴れたはずなのに空気は重いまま…。その場の妙な雰囲気に沈黙が下りてしまう。

雪枝が動くに動けずにいると、やがて善希が口を開いた。



「雪枝、飲み会はもう終わったの?」

「え…。う、うん。今から帰るところ。」



雪枝の言葉を聞いた善希は、雪枝を指差しながら今度は仲田へと目を向ける。



「じゃあコイツ、もう貰って帰っても?」

「…ええ。どうぞ。」



にっこりと笑顔を返す仲田の返答を聞くや否や、善希は雪枝の手を取って歩き出した。



「ちょ!善希…!?」



二人がその場から離脱し、微妙な感じで取り残される森と仲田。今度は森が至極申し訳なさそうな顔を浮かべて仲田へと謝罪を述べた。



「…なんか、ごめんね。」

「いえ。彼氏さんの気持ちも分かりますし。」



フォローを入れてばかりの森だが、そんな彼の人柄を仲田は内心高評価する。

とりあえずその場が落ち着いた事に二人がホッとしていると、彼らの元へと歩み寄る女が現れた。



「あれぇ~?永居さんはぁ~?」

「もう帰ったよ。」

「えぇ~~~。残念、せーっかく二次会お誘いしようと思ってたのにぃ~。」



可愛くガッカリした素振りを見せる女。女はそれが男性からは“可愛い”と見えるという事を分かっている。周りの目を考えて行なった仕草だった。

そして女は森の隣に見慣れないイケメンがいる事に気付く。



「こちらの方は~?」

「ああ、えっと…。」



何と紹介すれば良いのやら。森と仲田はたった今知り合ったばかり。しかもかなり間接的な間柄で、微妙な関係である。同僚である永居の彼女の後輩、と紹介して良いものだろうか。森がその判断を決めあぐねていると、助け船を出すように仲田が笑顔で応えた。



「初めまして。仲田亮と申します。」



イケメンの爽やかな笑顔に、女の頬は彩る。女は身体をくねらせながら仲田へととびっきりの笑顔を送った。



「初めましてぇ~♡尾形美桜オガタ ミオです♡」



そう、この女こそが善希の浮気相手、匂わせちゃんだ。匂わせちゃんこと、尾形は仲田の事が気に入ったらしい。上目遣いで仲田の顔を覗き込む。



「森さんのご友人ですかぁ?」

「うーん、まぁ、そんなところ?」

「そうだね。」



友人と呼ぶには程遠い間柄だが、否定するのも躊躇われたし、何より否定してしまうと二人の関係を説明しなければならなくなる。仲田も森もそれは面倒だと考え、その場はそれで流す事にしたのだ。

この場にとどまっていても仕方がない。そう考えた仲田は森に一言挨拶をして退散しようとする。だがそれを感じ取ったのか、仲田が口を開く前に尾形が仲田へと声を掛けた。



「あのぉ、良かったら今から一緒に飲みに行きませんかぁ?私と~、仲田さんと~、森さんとで♡」

「えっ。」



突然の提案に森は思わず顔を引きつらせる。尾形としては仲田を引き止める為には繋ぎ役として森が必要だと考えたようだが、実際友人でも何でもない森にとっては、超気まずい。色々とボロも出そうだ。

だが仲田はそうとは感じなかったのか、にこやかな表情を尾形へと返す。



「良いんですか?」

「はぁい♡是非是非!色々お話ししたいですぅ~♡」



二人の会話を傍から眺めながら、森は仲田へとコッソリ耳打ちする。



「無理しなくて良いよ?」



森は仲田が気を遣って、もしくは断り切れなくて承諾したのではと心配したのだ。だが仲田は首を横に振り、今度は森へと笑顔を向ける。



「いえ、僕は全然。ご迷惑じゃないなら。」



仲田に無理をしている様子はなさそうだった。それを見た森は微笑を浮かべながらフゥと小さくため息を吐き、頷いた。



「じゃあさっきのお詫びに。ここは俺がご馳走するよ。」

「あはは、いえ、お気遣いなく。」



そうして三人は二軒目の店へと向かうべく、夜の闇へと消えて行った。

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