第27話 曖昧な関係
「こうして、こうされたら」
「身動きも取れないほど弱いというのに」
「…ここから君を襲うことだって、容易いのだぞ」
半ば脅しにも聞こえるような言葉とは裏腹に、シャルルの顔は赤かった。
−−リゾートで私が派手なドレスを着ていた時と同じ表情をしているわ。
とはいえ”襲う”だなんて。
どうせできないくせに何を粋がっているのかしら。
「容易いというのであれば、
今おっしゃったこと、してみたらいかがです?」
女の強気な言葉は男を刺激する
セアンはその心理的事実を知ってまだ間もない、19の少女である。
28の男を煽った今、もう逃れられないところまでシャルルの顔が近づいてきていた。
セアンは内心どきっとした。
−−本当にするつもりなの……?
「………」
「どうした?黙り込んで。
まるで私とのキスを望んでいるように見えるが」
「……あなたが本当に私を襲えると言うのですから、その度胸があるのか、試しているだけですわ」
「ほう。それにしては顔が赤いが?」
「あなただって」
2人は物理的に距離を縮める。
セアンは目を閉じた。
「セアン」
「……ペーター…」
「えっと…剣術の練習がいつもよりも長いから、…何かあったかと思って……
2人は今……なにを…?」
ドガ!
腕を掴むシャルルの力が一瞬弱まったタイミングで、セアンは勢いよく突き飛ばした。
様子を見にきたペーターは、私たちのただならぬ雰囲気と距離感を見てかなり動揺したに違いない。ああ恥ずかしい!!
「あ、シャルル様………」
地べたに手をついたシャルルは、少しばかり顔を顰めていた。
怪我を負わせてしまった右手のひらにはまだ包帯が巻かれている。尻餅をつく際に、そちらに重心がかかったのだろう。
「……ごめんなさ…」
「ちょうど力で屈されそうになったときの逃げ方を教えていたところだ。
ペーター、と言ったかな?ほぅら、”突き飛ばされる”くらいには……彼女の力はかなり強くなったと思われる。指導の方ももう終わった。もう去るから安心しろ」
シャルルは衣服についた土を怒り混じりの強さで振り落とすと、ペーターとセアンに背を向けて去ってしまった。
−−まずい、めちゃくちゃ怒っている。
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「……森でさ、シャルル・カロス侯爵に剣術を教わっていただろう?」
「……ええ」
「ずっと気になっていたんだけど…彼とはどういう繋がりなんだ?」
−−森であんな距離感で話していたのを見ていたら、それは気になって当然よね。
「シャルル様には……うちの邸で働けって言われているわ」
「は?カロス侯爵家で働けと?」
「そうよ」
私たちはパン生地が発酵する間、椅子に腰掛けて話し合った。
ペーターはシャルルの横柄な態度に呆れてものも言えないようだった。
「なあ……あいつはどういう風の吹き回しでそんなことを言っているんだ…?こちらにもこちらの生活と人生がある。地位が高いとはいえ、自分勝手がすぎると思うんだが…」
「……でも、えっと、自分勝手というより…」
セアンはペーターに、数日前の“Small House”での出来事を簡潔に話すことを決意した。
「私、たまに何日間か家を空ける時があるじゃない?詳しいことはペーターにも話していなかったんだけど……実は……
このパン屋とは別に、あ、アルバイトを…していて」
「そうだったのか?…出稼ぎ…ということか?」
「ええ、そうよ」
ペーターに初めて、嘘をついてしまった。
いつかきっと、この罰は返ってくるのだろう。
「そこでちょっと事件があったんですの。その時に、たまたま居合わせていたシャルル様が助けてくれて…」
「……そしてセアンは、それに借りを感じている、と」
「そうね…」
「助けてもらったことはありがたい、の気持ちで良いと思うんだ。でもずっとあの態度でいられてもこちらが困る。
私が何か一言言いに行けたらいいのだけれど」
カタン
郵便ポストに手紙が投函される音が聞こえた。ちょうど何かが届いたようだ。
「何か来たみたいだね。取ってくるよ」
すく
ペーターがポストを見に立ち上がる。
−−まずい、届いたのが暗殺の任務だったら……
「ちょっと待って!……文通しているお友達からのかもしれないから、私に見させてちょうだい」
手紙を持っていたペーターは開こうともせず、セアンの前に差し出していた。
「うん、もちろん。そもそも君ん家宛ての手紙だ。私が開くわけないよ。
はい」
ペーターの前で手紙を開くのは初めてだった。
自分の心臓の拍動音が聞こえる。
ドク
ドク
カサ
それは、カロス侯爵家で開かれる夜会への招待状であった。
「ペーター……私、カロス侯爵家の夜会に……招待されたわ」
「そうか……やっぱりあいつは君を狙っているとしか…」
「ペーター、
あなたもよ」
−28話へ続く−
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