第23話 シャルルside
……そなたは邸の者かね?」
〜数十分前〜
−−セアンの仕事が終わるまで後30分ほどか。
腕時計は夜中の2時半を指していた。
−−それにしてもあの格好…
シャルルはセアンの大胆なあのドレス姿が脳裏に焼き付いて離れないでいた。
−−肩と鎖骨だけでなく、太腿まで見えていたぞ?それに体のラインが見えるぴったりとしたサイズ感と生地の質感。…いつものセアンと違いすぎて、あれが同一人物なのか疑ってしまうほどだ……しかもなんだ、あんな風に私に言い寄ってくるような女じゃなかったはずだ。
私が男前であることにやっと気がついたのか?
−−1時間で出てくるとは言っていたが、もう少し早く切り上げて出てきてくれるなんてことはないだろうか……あの格好を他の男たちに見せたくな…
「ん…?」
シャルルは目を細めてある一点を凝視した。
シャルルが出てきた建物の外壁に、蜘蛛のような大きな黒い物体がに張り付いているのである。
蜘蛛ではないことはすぐにわかる。
まず、どう見てもシルエットが人間であること。
そしてその物体の足と思わしき部位から、
月光を反射した刀が見えたからだ。
−−またか。
暗殺などもううんざりだ。
どいつもこいつも。
* *
「そなたは邸の者かね?」
私は鎌をかけた。
だが、その男は何も答えなかった。
−−邸の者であれば、声を聞けば大体誰なのかわかるのだが。
ということを見越した上で相手が何も話さないのであれば、随分と頭の切れる凶悪な人間が邸内にいるものだな。
そいつが手に持ちかえていた短刀の刃先はどす黒く染まっており、血がついていることが目視できた。
私は立ち姿こそ堂々としていたが、内心驚きが隠せなかった。
−−この男、すでに誰かを殺してきたのか…?
こいつは”Small House“の敷地内から出てきた。
ということはそのリゾート内にいる”誰かを殺してから”、私を狙い撃ちしているということが濃厚になる。
−−私の関係者を皆殺しにしようとしている…のか…?それならば……
−−いや、まさか…
セアンが殺された
なんてことはないよな?
私はこんな状況下でも、自分よりセアンの心配をしていることに疑問を抱いた。なぜあの庶民の小娘を私が…?
シャルルのぐるぐる考える姿は相手からはさぞ無防備に見えたであろう。
次の瞬間、黒ずくめの男が襲いかかってきた。大男の風貌には合わない素早さに、シャルルは一瞬身がたじろいだ。
バシ シュッ
スタッ タタタタタ フッ
シュタッ シュッ シュッ
シュッ!
「くっ…!」
男の電光石火の剣捌きにより、このリアクションが痛みなのか驚きなのか一瞬わからなかった。手にどろりとした質感が感じられて初めて、手のひらに大きな切り傷ができていたことに気がついた。
バランスを崩したタイミングを逃さぬまいと、男が顔面に一撃を食らわそうと殴りかかってくる。シャルルは上体を反らしてかわした。
侯爵家でいつも着ている高価な服装であれば、この短刀での攻撃は無害だったかもしれない。
シャルルはこんな状況下で衣服の質の悪さを悔いた。
−−手ぶらでこんな状態では、攻撃などできたものではない…
>> ま〜たミカエルのお仕置きかい?
シャルルは守りの姿勢をとりながら、幼き頃のアーサーとの会話を思い出していた。
=====⭐︎========⭐︎======
「シャルル、ここで前ならえをしなさい」
「はい、父上」
「日が暮れるまでそのままだ。動いたら仕置きだからな」
「はい」
シャルルは父・ミカエル侯爵に言われた通り、邸外の階段の隅で前ならえをしていた。
シャルルの父親は軍事に強い領地の管轄をしていることもあってか、剣術に関してはとりわけ息子に対しても厳しかった。
右手に剣を持ったまま、シャルルは前ならえをしている。10歳にも満たないシャルルには、剣はかなり重かった。
右腕がだんだん震えだした。肩の筋肉も痛んできていたが、それでもシャルルは歯を食いしばり、腕を下ろすことをやめなかった。
「シャルル、そんな姿勢で前ならえをしていたら、腕を壊すぞ」
階段の上から聞こえてきた声。足音が近づいてきたと思った頃には、シャルルの手に剣はなかった。
「ま〜たミカエルのお仕置きかい?」
「アーサー…」
訓練終わりなのだろうか。アーサーの髪はいくつかの束でまとまっており、額には薄ら汗が滲んでいた。
「はあ、こんなやり方で息子の剣術の腕が上がるわけでもないのに…
…君のお父さんは祖父にひたすら厳しく躾けられてきたから、ああいう不器用な教え方になるんだ。君のことが嫌いでこうしているわけではないと思う。そこはわかってやってな。
おいで、向こうで私が教えてあげるよ」
アーサーは残り3段になった階段をジャンプして降りると、シャルルの方に向き直って邸の庭を指差して見せた。
「でも、前ならえが…」
「あっはっは!ミカエルは実際君が素直に前ならえをしていようが見てないさ!ほら、どこにもいないじゃあないか。
ほらおいで」
パシッ スッ
「そう、その姿勢のまま!振り下ろすんだ!」
シュッ!
「そうだ!うまいじゃあないか!今の剣捌き、私の目にも見えなかったぞ?」
ひとしきり技を教え込んだアーサーはシャルルの上達ぶりをみて笑顔になると、しゃがみこんでシャルルと目線を合わせてながら頭をくしゃっと撫でた。
「…僕の目にも、見えなかったです」
シャルルのキラキラした表情を見てアーサーの顔も明るくなる。
「そうか、見えなかったか、良かったな〜!今の感覚を忘れなければ、大抵の攻撃はうまくかわせるよ。
まずはしっかり相手の体格を分析するんだ。
そいつとは純粋な「力」で勝てるのか否か。
そいつの持っている武器はなんなのか、「なぜ」その武器を使っているのか。
それがわかったら間合いをとりながら、そいつがどのような距離の詰め方をしているのか、考えるんだ。
剣術は感覚に支配されやすいものでもあるけれど、理論立ててから動くと、思ったよりも簡単なんだよ」
アーサーからの指導のあと、邸に戻ったら父上に前ならえをしていなかったことを怒られたんだっけ。
=====================
シャルルはアーサーがかつて教えてくれたことを一つずつ思い出しながら、目の前の男を分析した。
ザンッ!
スッ
シュババババ
−−この男は体格は良いが背はそこまで高くない。力というよりも俊敏さが強く、刀捌きが上手いな。だから純粋な「力」では私の方が強いはずだ。
シュッ シュッ
タンッ
−−こいつが短刀を武器として選んでいるのはやはり、潜入しやすくするために武器を最小限に抑えたからだろう。剣の振り下ろし方を見ると、剣術が上手そうだ。
シュタ
ザッ
今度は間合いを見るために、シャルルは男と距離をとる。男は私が開けた距離をすぐに詰めてきた。
−−ということは近距離戦も苦手としていないな。だが直接触れるところまでの距離にもなっていない。
私の守りの体勢が崩れた時に殴りかかる時はあるが、基本的に一定の距離を保っているな。
…まるで触られることを避けているような。
武器の使いこなしは一流だが、羽交締めのような力技は使えないのだろう。
−−力技が使えない理由は簡単…
力が弱いからだ。つまりこの男は…
力でねじ伏せられる…!!
シャルルはフード付きの上着を脱ぎ、シャツ一枚になった。フード部分を男の顔に被せると、そのまま服の腕の生地を引き寄せて首を締めた。
この一瞬の状況を理解できなかった男は突如として首に一定以上の圧力が感じられたことに焦ったか、暴れ出した。
「かはっ……!」
シャルルはじわじわと締める力を強めながらまたさらに分析していた。
−−体格の割にこいつの首、細くないか?
このままだと本当に折れるぞ?
ドガ!!
羽交締めの力が緩んだ一瞬の隙をつかれ、男に頭突きをされたのである。そいつは頭突きと一緒にシャルルの鳩尾を肘で強く殴ると、そのままシャルルの元から逃げていった。
「ぐっ…げほっげほっ…か…っ…いって…」
逃がさぬよう、男の後ろ姿を目だけで追う。
男の行く先を見て、シャルルの顔から血の気が引いていった。
そいつは、”Small House”に戻っていったのである。
−−まずい、セアンがまだ中にいる!!
このままでは無差別殺人になりかねない…!
「待て…」
シャルルはツーッと流れ出した鼻血を右手で拭き取り、手の傷より大したことがないことを確かめると男の向かった方向へ歩みを進めた。
ズル… ズル…
シャルルは切られた右手を庇いながら、セアンのことを考えていた。
>>…でもあと1時間は勤務しなくてはならないんですの。じゃないと罰則が……それが終わったら帰宅するので、それまで外で待っていてくださる…?
>> 処刑されかけていたのは私の膝丈程度の小さな子供だったのです。善悪の分別のつかない子に処刑だなんて、あってはいけないのではないですか…?
>>確かに監修したのは私ですが、私の目を盗んで下剤を入れることなんて誰にでもできますわ!
>>私は……やっておりません……
「…ふっ…」
−−あの女、誰かを庇ったかと思えば濡れ衣も着させられ、今回は事件に巻き込まれるとはな……ことごとく不運を寄せ付けるというか…
どこか同情してしまうな。
ズル… ズル…
−−セアン、無事でいてくれ…
−24話へ続く−
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