第21話 みなごろし




-シャルルside-





「そこの、男前な君」


くるっ





「私とひと勝負しないかい?」






振り返ると、胸の位置ほどの背の低い老人が腰を曲げてこちらを見ていた。何日も着古したような衣服に、貼り付けたような笑顔が痛々しい。



−−なんだ、この見窄らしい老人は。



「…私に話しかけているのかね?」 



「ほっほっほ、男前なんて君以外にどこにいるのやら…」



−−この老人にも私が男前であることがわかるのだな。



「…ふっ、確かにその通りだな。

よろしい、ひと勝負のってやろう。ポーカーでいかがかな」



機嫌の良くなったシャルルは片手をあげ、スタッフにディーラーを呼ぶよう合図を出した。
















カツ カツ





「では、こちらのテーブルでゲームを開始させていただきます」






「!?」



私はひっくり返りそうになった。

  








ディーラーとしてやって来たその女が、





紛れもなくあのセアン・クイーンだったからである。






それらしき人影を追ってこの建物に入ったため、もちろん彼女がリゾート内のどこかにいることは想定していたが…まさかこんなにも早く、しかも目の前にいるとは。




彼女の服装は、普段見ている姿よりも「大胆」という単語だけで表せるほどの派手さを纏っており、私に逆らってくる小娘であることを一瞬忘れてしまいそうな美しさであった。





そんな私の動揺には目もくれず、彼女は黙って卓上に置かれたカードをシャッフルし出し、ゲームを進行しようとしている。





−−もしや私に気がついていないのか…??



ひたすらに熱視線を送ってみても、反応はない。




私が目を向ければいつも、嫌々ながらも必ず合わせてきた。そんな彼女との目線が今日は合わないことに、少しばかりの寂しさを感じた…のは気のせいだろうか。



代わりに私は彼女の長い睫毛を見つめていた。蒼い瞳を遠慮がちに隠すそれは彼女の色気を掻き立て、より彼女の視界に入りたくさせた。





セアンが卓上にカードを器用に広げる。彼女のその目の動きに沿って、私も半ばヤケクソで少しばかり視界に入るよう動いて見せた。







次の瞬間、セアンがキッと睨みつけてくる。



「あ、おい…!」


「それでは、ゲームを始めます」






−−変だ。今、目が確実に合った。それなのになぜセアンは私に気が付かぬふりをしているのだ?




別に私は不機嫌なわけではない。仮に…仮にだ、ここで不機嫌になったとしよう。こういった感情は出てきて当然のことではないか?

だって侯爵家でのやりとりを思い出してみろ。今まで私の前であれだけへこへこ頭を下げて跪いておきながら、第三者のいるこの空間ではこのように私を堂々と無視するなんて…無礼にも程がある。





−−ああ、私も上手く使われたものだ。





薄ら気分を害して冷静さを取り戻したか、セアンの衣装に目がいく。普段見せることのない肩の肌とデコルテが、派手に露出していた。






−−ああ、そうか。

こうして『出稼ぎ』に来たことが私にバレて、きまりが悪くてわざと他人のフリをしているに違いない。










−−ふうん、面白いじゃあないか。











==










「……これにて、ゲームを終了いたします。失礼いたします」




セアンは卓上越しに座る2人に満面の笑みを浮かべると、会場を後にした。なんとかディーラーを全うできたという安心感と、これ以上ふっかけてくるなというシャルルへの圧力とが交差した結果の表情だったように思う。




















ガシ!



「セアン・クイーン。なぜここにいる」







案の定だ。




「……はあ」


−−まあ、話しかけてくるに決まってるわよね。






セアンは引き止められた腕をすっと振り解き、シャルルに向き直った。今はリゾート内のスタッフとしている以上、笑顔は絶やさないでおく。







「ふふ、あなたこそ、なぜこちらに?しかも賭け事だなんて。ご趣味でよくされているのですか?」




「私のことはいい。こちらの質問に的確に答えろ」




「……答える義理がございますの?」




「…出稼ぎか?」




「……まあ、そんなところですわね」




セアンはなるべく簡潔な言い訳で済むよう、真実を曖昧に濁した。





「…こんなに露出の多い服を着てディーラーなんて……身内の方は知っているのか?」





テーブル越しで先ほどは見えなかったが、セアンのドレスは下半身も大胆だった。歩くたびに片足に入っているスリットが大きく捲れ、太ももがあらわになるのである。





でも、出稼ぎの話でなぜ服装を指摘されなければならないのかしら…?


セアンはシャルルが視線を泳がせていることに気がついた。…目のやり場に困っているようだった。まさかそういうこと?




−−侯爵という立場のお方であれば社交場や夜会で場数を踏んでいるだろうに、引き篭もっていただけに慣れていらっしゃらないのかしら。





−−なるほど。私が客を”誘惑して”金を稼いでいるとでも思っているのね。 



セアンは自分の衣装を見下ろし、それがいかに男性好みのものであるかを再認識する。





セアンは性格的に、露出の多い格好を好んでするタイプではなかったが、今回に関しては、ターゲットを特定するための要素が『天秤の刺青』であった以上、接近することでしか探すことができなかったのであった。

セアンがやむなく素顔を晒して潜入することになったのも、変装で接近するなど不可能同然なターゲット条件だったからだ。









シャルルを目の前にして、セアンはこの面倒臭い男をどうすべきかと頭を働かせた。




−−本来ならこの後すぐにいつもの任務服に着替えて暗殺に向かいたいところだれど……シャルルの目がある中での遂行は容易ではないわ。


これじゃあ敵が2人いるようなものじゃないの。











 







−−ん?敵が2人?














セアンは閃いた。










−−そうよ!!

シャルルのことも今処理しちゃえばいいじゃない!!






元よりお父様の復讐のために始めた仕事だ。これを達成すればセアンもこの仕事から足を洗え、大金だって手に入る。


つまり、ついにセアンの元にささやかな幸せが戻ってくるかもしれないということだ。










−−棚からぼたもちね。





来る未来に期待を膨らませたセアンがキラキラした瞳でシャルルの顔をじっと見つめた。その瞬間シャルルは口を噤んで顔を赤くし、そのまま目を逸らした。












殺し屋をしていて、だんだん気がついてきたことがある。











男が、本当に女からの誘惑に弱い ということ。











今のシャルルの目線も、そういう目の逸らし方であった。












セアンはシャルルに近づくと、スリットの入ったドレスを捲って太ももを擦り付けた。








「…なぁに?まさかシャルル様……


私がこんな衣装を着ているものだから、目のやり場に困っていらっしゃるの?」







セアンの真っ白な太ももが触れるや否や、シャルルが慌てて距離を取る。







「…そのような仕事、今すぐやめなさい」




真剣な顔でそのセリフを吐くシャルルは、まるで父親のようだ。






−−別にあなたの考えるような”そのような仕事”で稼いでいるわけではないのだけれど……。

ここで曖昧な返事をしてしまったら、リゾートを出る時までついて来そうだわ。そうなった場合暗殺の任務なんてできたもんじゃない。

こいつのことはどうせまたあとで片付けるんだし、一旦はこの場を去ってもらわないと。





「…シャルル様がそこまでおっしゃるのなら、大人しく帰りますわ」




物分かりのいい女を演じることを決めたセアンは、素直にシャルルの頼みを聞き入れた。





「…でもあと1時間は勤務しなくてはならないんですの。じゃないと罰則が……それが終わったら帰宅するので、それまで外で待っていてくださる…?」





口を少し尖らせて上目遣いをするセアンに、シャルルは折れたようだ。






「……わかった、1時間だな。迎えの馬車はかなり前にすでに呼んである。到着するまで待っているから」




「はい、ありがとうございます」




1時間…。少し無理のある時間を自分で設定してしまったとは思いながらも、ターゲットがあの老人ならまあ十分だろうと自分を納得させる。









そのまま彼に背を向け数歩歩き振り返ると、まだシャルルが心配そうにこちらを見ていた。



−−…なんの義理があってこんなに心配しているのかわからないけれど、早く外に出ていってくれないかしら。任務が遂行できないのだけれど。






イラっとしたセアンは彼の元へもう一度駆け寄った。吐息混じりの声で耳元で囁く。



「シャルル様……あなたって本当に…ヒーローみたいなお方ですわよね。先ほど手を引かれたときは、かなりときめきましたわ」


 

「!」




セアンはドレスの布を引っ張りながら、肌の出ている肩や腿をぎゅっと隠した。



「…あなたに私のこの姿を見られているのが恥ずかしいんですの…ですから、申し訳ないけれど早く外に出ていていただきたいわ。残りの業務をすぐに片付けて向かいますから」



















セアンは長い廊下をきびきびと歩いていた。





−−はあ、やっといなくなってくれたわね。これで任務に集中できるわ。



そもそも、ここはカロス侯爵家からもかなり距離のある街だ。馬車も「これからくる」と言っていた。


じゃあ、本当にシャルルはプライベート、1人で賭け事だけを楽しみにここまで来たというの…?私が任務をしに来ているタイミングで、偶然に…?





−−ああ、任務とは全然関係のないことを考えてしまっていたわ。


それにしてもあのご老人がまさか本当に






『暗殺対象』だったとは…










実は先ほど、ゲームも終盤に近づいた頃、セアンは老人の手首を目視する絶好のタイミングを手にしていた。






初戦から1敗もしていなかったその老人は、水をこぼした時に見せてきたあの申し訳なさそうな顔を今度はシャルルに見せながら、「すまないねえ、また勝ってしまったよ」と、卓上のコインをかき集めていた。




その時、コインの一つが老人の袖口に逃げ込んだのである。



そのくすぐったさから、老人は右袖を捲ったのだ。





血色のない骨ばった彼の手首には、




確かに『天秤の刺青』が入っていた。














そうと決まればあとは早い。あの老人を暗殺したあとに、外で待っているシャルルを奇襲する。




−−これなら今夜で一掃できるわね。








制限時間はシャルルを待たせている1時間。










−−お父様の仇。あんたのことも必ず始末してやるから。








−22話へ続く−











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