第32話 希望への道
決意を込めた眼差しで異能を抱え続ける選択をしたオルリアは、驚くエルナ、そして笑みを深くするルシウスと幾つかの話をした。
「まずは、異能の理解者たる味方を増やしていきましょう」
そして、認められるだけの実績を作ること。
正直、異能を持つ王が社会に認められるまでの時間は、ルシウスにも分からない。
それでも理解者が増え、社会全体の意識が変われば、忌避される理由はなくなっていくだろう。
先んじて連盟への説得を申し出たルシウスは、オルリアへ味方の心当たりを問う。
「それならこの後、友人たちに説明の場を設けております故、まずは彼らに問うてみようかと」
間を空けずして首肯したオルリアは、そう言って彼らの顔を思い浮かべた。
もちろん、説明をしたところで、彼らが味方になってくれるとは限らない。
それでも異能に怯え、引きこもっていた今までとは違う。
どんな意見も柔軟に受け入れ、明るい方へと導いていく覚悟はできていた。
たとえ王が異端でも、国を正しく導き、人に寄り添うことができれば、きっと少しずつでも心は変えられる。そう信じている。
「ええ。魔法部は可能な限り支援をさせていただきますよ。共に歩んで参りましょう」
願いを込めると、ルシウスは柔らかく微笑んだ。
「……さて、ここからが正念場だな」
そして、幾つかの事前準備を済ませた一行は、王宮にある談話室のひとつへやって来た。
時刻は間もなく午後一時となり、これから昨夜の件で友人たちへの説明が行われる。
そこで協力を願い出て、肯定的な姿勢を得られれば僥倖だ。
エルナやルシウス同席のもと、先に室内で待機していると、やがて、タングリーの誘導で扉が開き、友人たちが神妙な面持ちで現れる。
昨夜あれだけ騒がしかったハルベルトさえも今は口を慎み、視線だけが交わされる。
痛いほどの沈黙の中、彼らをソファに勧めたオルリアは、立ったまま切り出した。
「昨夜は迷惑をかけてすまなかった。せっかく皆に会えたというのに、散々な夜にしてしまった。まずは謝罪をさせて欲しい」
王としてというよりも、彼らの友人として、オルリアは深々と謝罪する。
彼らは皆、オルリアの社交界復帰と体調の回復を祝い、今回わざわざ来てくれたのだ。
それが本当は異能を抑制させていただけに過ぎなかっただなんて、狼化の目撃然り、ショックも大きかっただろう。
ひとりひとりの顔を順に見つめ、オルリアは自身が狼人間という異能を得てしまったこと、エルナが自分を癒す魔女であること、そして今後の国際社会でのありかたを丁寧に語っていった。
傍では、時折暖炉の炎がパチパチと爆ぜ、彼らの様子を見守っていた――。
「……なるほど。噛まれることで得る異能と
すると、説明を終えて最初に口を開いたのは、始終冷静を貫いていたロディだった。
腕を組み、難しい顔をした彼の視線からは心配と、理解の姿勢が窺える。
他の友人たちも各々驚きや心配が読み取れるものの、一先ず嫌悪はないようだ。忌避さえ覚悟していたオルリアは、秘かに胸を撫で下ろす。
「ああ。私が社交界に出ず、引きこもっていたのはこの異能が原因だ。エルナに出会い、薬を処方されたことで何とか政と社交を熟していたが、昨夜レオッカに薬をすり替えられ、力を抑え込めなくなった」
「ふむ。確かにあのご令嬢はどこか常軌を逸して見えたな。普段からああだったか?」
オルリアの言葉に頷き、他の王族など見えていないような振る舞いをするレオッカを回顧したロディは、わずかに眉を
ああいう居丈高なタイプは地位に溺れた勘違い令嬢によくいるけれど、あそこまでひどいのは初めてだった。不敬罪で捕らえられてもおかしくない出来事だと、秘かに心で補足する。
「いいや、先に首謀者たちを尋問したところ、レオッカには催眠がかけられていたことが判明した。普段からうるさいが、あそこまで非常識ではなかったな」
「あ、普段からうるさいんだ……って、口を挟んでごめん、兄貴。でもさぁ、首謀者ってナニ? お前、実は何かの陰謀に巻き込まれていたの?」
すると、ロディへの答えに苦笑したハルベルトは、つい身を乗り出して問いかけた。
他の面々も同じことを感じていたのか、ルピナは口元に手を遣って驚き、クラウト殿下は腕と足を組んだまま、思い切り顔を顰めている。
表現の仕方はそれぞれだが、皆、先を知りたい気持ちもあるのだろう。
視線からそれを察しつつ、オルリアは頷いた。
「ああ。至極面倒な案件に巻き込まれてな。我が国にも多少の落ち度はあったとはいえ、これは由々しき事態。後ほど欧州国際連盟に報告と対処を要請するつもり故、
そう前置きし、オルリアはここへ来る前に尋問してきた彼らのことを思い出す。
――今から二時間ほど前。オルリアたちはゼグル公爵とコーウェルをそれぞれ訪れ、真の目的を吐かせるための尋問を行っていた。
もちろん簡単には吐かないだろうと予測し、彼らの朝食にはルシウス持参のちょーっとばかり強力な自白剤を混ぜてある。
この自白剤は魔法草をと
盛る分には心強いが、魔法族の作る薬はときに恐ろしいと、オルリアはひとりごちる。
手錠と鎖で厳重に拘束されたコーウェルは、薬が効いているのか、どこかぼんやりとした眼差しで宙を見つめている。
真の目的を問い質すと、彼はプレアス王国が最終的に企む「エイムストン王国の属国化計画」を事細かに語ってくれた。
欲しいものが傍にないなら奪えばいい。
あたりまえのようにそんな発想で近付いて来たプレアス王国の馬鹿馬鹿しさに、思わず深いため息が落ちる。
「はぁ。たとえ私やラミィ、叔父上が死んだとしても、そう簡単に我が国を属国になどできるものか。両国にどのような盟約があろうとも、我々は欧州国際連盟加盟国。連盟の承認なしに他国を吸収できないことは連盟の条約に書かれているだろう。読んでいないのかお前たちは」
「えっ」
「何なら国家間同盟にも連盟の許可が必要だ。こんなにも馬鹿馬鹿しい計画に叔父上が乗ったとは、あの人の浅はかさも相当だな。巻き込まれた私が可哀想になって来たよ」
心の底から残念なものを見る眼差しで、オルリアは呆れかえる。
欧州全体の平和を掲げる連盟の加盟国には、関税の免除や越境の容易さと言った様々なメリットがある一方、紛争や侵略、独立国家の承認など、国や社会全体に大きな影響を齎す事項については厳しい審査がなされている。
特に加盟国への侵略など、正当な理由か相当な恩赦がなければ即刻除名事案だ。
かつて懸命な説得の末、除名を逃れた国も存在するものの、そうはならないだろうと思っていた。
「そ、そんな……。では僕の一年半は……」
「ただの無駄だ。プレアスの国民たちには同情するが、私の家族とエルナを脅かした代償は払ってもらう。覚悟するといい」
項垂れるコーウェルにとどめを刺したオルリアは、念のため叔父にも話を聞くべく、その場を後にした。
「そうだ。私は王位を狙っていた」
王宮内にある叔父の自室を訪れ、同じことを問うと、予想通りの答えが返って来た。
もちろん同盟締結後の末路は知らなかったようだが、この国の王位を狙っていたことは認めたのだ。
これまでは悪政の件で叔父を責めても、自分は代理をしていただけ、すべては引きこもったお前の責任だと無駄に動く口で逃げ回り、証拠を隠匿してきたせいもあって、完全に退けるには至らなかった。
だがこれでようやく悪の芽を詰めるだろう。
序でに叔父一派の名前を書き記すよう命じ、彼への尋問は終了となった。
「……プレアス王国って、特に王が代わってからは馬鹿ばっかしていると思っていたけど、本当に馬鹿だったんだな。国際連盟の条約は、王族なら誰だって
時は戻り、王宮の談話室にて。
ひと通りの話を聞いた一同は、プレアス王国の目的に盛大なため息を吐いていた。
ハルベルトは呆れ顔でバッサリと言い放ち、全員が同意を見せる。
「ああ。それで、私から皆に頼みなのだが……」
そして、ひと通りの動揺と意見交換を行い、それが治まったことを確認したオルリアは、遂に協力の件を切り出した。
最終的に彼らの協力を得られるか、それによって今後の出方が変わって来るだろう。
慎重に、オルリアは語り出す。
「私は、近くこの異能を世間に公表しようと思うのだ」
「……!」
「どの道いつまでも黙ってはいられまい。だが、そうなれば風当たりが強くなることは必至であり、各国からの反発も予想できる。連盟の方はここにいるルシウス殿が説得してくれるそうだが、それでも支えてくれる味方が必要だ。異能があろうとも国を統べていける。それを実現するために、これからも友として、味方であってくれまいか」
誰の口も挟ませず一気に語ると、その場に沈黙が落ちた。
国としての意思もあるだろうが、やはり、友には味方でいて欲しい。
願いを込めて丁寧に頭を下げると、一拍置いてそれぞれが口を開いた。
「馬鹿だなぁ、あたりまえだろ?」
「……!」
「もちろん。異能を得ようともオルリアはオルリアだ。それが友をやめる理由にはならない。私も協力するぞ」
「ええ。魔女の薬師ちゃんも傍にいることだし、私も応援するわ」
返ってきた答えは、オルリアに希望を齎すものだった。
ほんの少しでも、一歩前進。
顔を上げたオルリアは、明るい未来を夢見て微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます