第37話

夕方、今日は人数が多いのでお母さんはカレーにしたらしい。

お母さんはちょこちょこと色んなカレーを作る。


オーソドックスなのからシーフードカレー、チキンカレーにキーマカレー。

どれでも美味しく作ってくれる。

今日はチキンカレーらしい。

要くんが来るからいつもより量多めで、それは楽しそうに作っている。


「お母さん、なんか楽しそうだね?」

そう聞いた私にお母さんは言った。


「要くん、あんなにほっそりしてるのによく食べるでしょ? ご飯の作りがいがあるのよ! 男の子はやっぱり食べる量が違うわね」


娘がふたりの我が家は確かにそんなに一人ひとりが量を食べない。

そんな中で、元気にたくさん美味しそうに食べてくれる要くんにご飯を作るのが最近すっかり楽しくなってしまったらしい。


要くんはアルバイト先の引越し屋さんで体力を使ってるからか、元からよく食べていたけれど、最近はさらに多く食べている。

その食べっぷりがまさか、お母さんをこんなに喜ばせるとは。


「宏樹くんもよく食べるけど、やっぱり高校生男子は違うわね! 男の子のお母さんが大変って言ってたのが分かったけれど、お母さんからしたら楽しいわ」


料理が好きなお母さんは、美味しいとたくさん食べてくれる要くんや宏樹くんが来る時はとっても張り切ってご飯を作っているのは、そんな理由からみたいだ。


お母さんが楽しそうに夕飯を作り終わる頃、お父さんが帰宅して部屋着に着替えてリビングで寛ぎだすと、お姉ちゃんと宏樹くん、駅で会ったらしい要くんも一緒に帰宅した。


「ただいま!」

「お邪魔します!」


声が三人分聞こえて、私はビックリしつつリビングの入口からワイワイと入ってくる三人を迎えた。


「お姉ちゃん、おかえりなさい! 宏樹くん、要くんいらっしゃい。お仕事とバイトお疲れさま」


私がニッコリ出迎えると、三人も柔らかな声で答えてくれる。


「ただいま、有紗! 今日は有紗がケーキ作ってるって言ったら宏樹まで来るって言い出したのよ。とりあえず着替えてくるから話し相手してあげてて! 要くんもごめんね!」

そう言うとお姉ちゃんはパタパタとリビングを出て部屋に向かったようだ。


「要くん、宏樹くん外寒かった?」


ふたりはコートを脱ぐと我が家のポールにかけて戻ってきたのか、リビングのソファーに座る。

要くんはダイニングの椅子に座っていた私の前に来て手を引いてくれて、もう一つのソファーの方に連れていってくれたので私と要くんふたりで座った。


「寒かったよ! 夕方からはここいらはみぞれが降ってきたよ」

「そうだったの! それじゃあ寒かったね。ふたりともお疲れさま」


「宏樹くん、要くんいらっしゃい! もうすぐ夕ご飯にするからね」

キッチンからお母さんが声を掛けてくる。

それに、宏樹くんが答える。


「要くんは頭数に入ってただろうけど、俺は急に来たのに大丈夫ですか?」

「ふふ、和紗が昨日のうちに有紗のケーキに釣られて宏樹くんも来るからって言ってたから、ちゃんと宏樹くんの分もあるのよ」

「さすが和紗。俺の事よくわかってる」


そんな会話でリビングは笑いに包まれつつ、和やかな雰囲気だ。

そこに着替えたお姉ちゃんが戻ってきた。


「あら、なに? 宏樹がなにかしたんでしょ?」

笑っていた私たちに、その場にいなかったのにも関わらずお姉ちゃんは的確に指摘してくる。


「宏樹さんが突然来たのにご飯を頂いて大丈夫か聞いたら、お母さんがお姉さんが宏樹さんも来るって昨日から言ってたと聞いて。やっぱり仲が良いですよね」


要くんは羨ましそうにお姉ちゃん達ふたりのことを言った。


「私たちからすると、要くんと有紗も初々しくて可愛いわよ」

その言葉に隣の要くんがピシッと固まった。

なので、私はすかさず聞いてみた。


「要くん。照れてる?」

その私の問いに、はぁぁぁと長く息を吐き出すと要くん答えてくれた。


「お姉さんやお父さん達もいるところでこんなふうに言われたら照れるだろ、普通!」

少し語気が強めなのも、照れからきてるのだろう。

リビングの雰囲気はいつも以上に和やかで、楽しい雰囲気に包まれていた。


それは食事中も変わらなくて、私はずっと笑っていた。


みんなでカレーとサラダを食べ終わると、お姉ちゃんとお母さんがお茶を入れてくれて、私の焼いたケーキも切り分けて出してくれた。


「これ、有紗が作ったの?!」

かなり目が見えにくくなっているのを知ってる要くんは、ケーキを見てとても驚いた声を上げる。


「自由登校になって、かなり時間があったでしょ? だから練習したの。やっぱり、要くんに手作りのお菓子をあげたくて。付き合って初めてのバレンタインだから」

言いながら少し照れてきて、私は少し俯くと要くんがキュッと手を握り額を合わせてきた。


至近距離になって、少し経つと久しぶりに合った私の目のピント。

要くんはとても嬉しそうに、そして少し目の端に涙が浮いた顔をしていた。


「有紗、考えて頑張ってくれてありがとう。有紗の手作りのお菓子食べられると思ってなかった。こんな素敵なプレゼントを用意してくれてありがとう」

要くんの綺麗な顔にひと滴、伝っていった涙を見て私は手を伸ばしてその頬に触れた。

濡れた頬に私はクスリと笑って言う。


「来年も作れるように頑張るからね!」

「うん、ごめん。今、俺カッコ悪い……。嬉しくて泣けた……」


そんな私たちを、両親もお姉ちゃんも宏樹くんも温かく見守ってくれていた。

みんなで食べたケーキは、甘くてとても美味しかった。

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