第11章#05 敵の策略



◇サムナー城 魔王国軍陣営◇


 サムナー城は以前に晴人とカミラがベヒモスと戦ったホルツハウゼンの町からさらに森林を突き抜け、そこから小さな盆地へ出て街道をしばらく進むと左側にある小高い山に建てられた城である。

 古い中世風な石造りで、縄張りは小規模ながら堅固で外壁の石壁は高く、その下には乱杭が突き出た壕が巡らされている。


 魔王国軍はロワーヌ城攻略後、即座にこの城へ3,000の軍を進めると軍勢を三手に分けて包囲した。

 この軍勢の総指揮に任命されたロイド腹心のステッセルは、多少の小競り合いはあったものの包囲するのみで特に攻勢には出ず5日が経過していた。


 本陣にテントを張ってそこに待機しつつ副将と布陣を見ながら談義をしていると、そこへもう一人の副将が報告をために陣中へ入ってきた。



「ステッセル様、敵から派遣されてきた交渉者との話が終わりました」


「ご苦労。思っていた以上に早く終わったな」



 連絡をよこしてきた者はグトアスといい、大きな偃月刀の使い手とする大小2本の角を生やした褐色肌で顔立ちの良い猛者である。

 ロワーヌ城攻略で沢山の敵兵を倒して活躍した事から今回の戦いにも同行することになった。



「グトアスよ、それでどうであった?」


「ステッセル様のおっしゃった通り敵側が城の明け渡しを提示しましたが指示通り断りました。

 我らにはかなり良い条件だというのに袖にしたので相手の交渉役は表情が曇っておりました」


「うむ、それで良い。これで



 少し笑みを浮かべながら頷くステッセル。

 だがその横で今まで談義していた別の副将が不可解そうな表情で口を開いた。

 


「何故断ったのですか? それと予定通りとは?」 



 疑問を投げかけたのはアトバスといい、ステッセル同様にロイド配下で片鎌槍の使い手である。

 グトアスと同じくロワーヌ城攻略で活躍し今回の戦いにも同行することになったのだが、面相はグトアスと違いこちらは醜い。



「カイゼル様からの指示だ。

 なぜ予定通り相手が明け渡しを持ちかけて来たかは私も知らぬ所だが、それを絶対に受けるなと言われているのだ。それが投降でも拒否しろと言われている。

 それというのもこの攻囲戦の本題がロレーヌ王太后の求心力を失わせるためだ。

 敵は先の戦いで大打撃を受けた事でどうしても救援は見込めないだろう。そこで譲歩も突っぱねられて惨敗したとなれば王国内からも『頼りない王太后』『味方を見捨てた冷血女帝』と非難の声が強くなり段々と敵陣営は瓦解する」


「なる程、それは上手い考えですね」


「そういう事だアトバス。これであともう5日は様子を見て援軍の見込みがないと敵に思わせたら一気に総攻撃を掛けて城兵どもを皆殺しにするぞ」



 話をしながらまた笑みを浮かべるステッセル。ここで戦果を挙げれば自身の地位も向上するためだろう。

 そのためであれば敵がいくら死のうがお構いなしなのは戦争故の狂気か。

 そして更にこの男は驚くべき指示を口にする。



「それとこれもカイゼル様の指示だが、ネクロマンサーの頭目が配下を連れて到着する。それも敵兵の遺体を500体持ってきた状態でだ」


「何故にそんなことを?」


「……まさか!?」


「気付いたかアトバス。思った通り同胞の遺体を城の前に並べて敵に見せつけてやるためだ。

 それを目の当たりにさせた後にはその遺体をネクロマンサーどもに操らせて先陣を切らせる」


「そこまでやるのですか?」


「これは味方の軍勢に配慮したものだ。

 ロワーヌ城戦では罪人を陽動にしたように、此度は死体を敵にぶつけて出来るだけ自軍の損害は出させないためとの事だ」


「そういう事ですか……」


「私も始めにその話を聞いたときは正直唖然とはしたがな。

 カイゼル様は非情な事を考える御方だ。敵でなくて良かったよ」



 そう言いながら笑うステッセル。それを二人の副将はなんともいえない表情で眺めるのだった。



   ◇ ◇ ◇



 アテが無くなってしまった晴人は魔術薬学研究所を遠くから眺めていた。

 次々と入院して行く負傷兵の姿を気になって眺めてはいたが、それと同時にレイカがあれからどうなっているのか気がかりなのも混じっている。

 もうあれっきり会わないようにしようと心に決めてはいたが、思いを寄せていた女性の事はどうしても簡単に忘れることは出来ない。

 だからといって訪ねることなど当然出来る訳もなく、こうしてただ遠くから見守るだけで限界だった。



「気にはなって来てみたけど、やめとけばよかったかな。

 俺はもうあの人たちと縁を切ったんだ。未練たらしいマネなんかするもんじゃない。あまりウロウロしてうっかり知人に出くわすなんて事もあり得る話だし。

 ったく、何やってんだろうな俺は……」



 自分に少し嫌気を感じながらその場を去ってしばらく歩いていると、通りかかった噴水広場で1人の負傷兵がベンチに横たわっている姿が目に入った。


 それは頭と脚に血の滲んだ包帯が巻かれた30歳位の男性で、歩行も不自由なのか片手用の杖も所持している。

 心に余裕がなくなってきている晴人は見過して一度は素通りはしたものの、どうにも気になり様子伺いで声をかけてみる事にする。



「ちょっと、兵隊さん大丈夫?」



 その言葉に負傷兵は元気なく「ん……」と反応して相手に目をやった。



「具合悪そうですけど」


「……大丈夫だ、問題ない」


「いや、その状況でそう言われても……歩行が難儀でしたら俺がお医者さんの所へ連れて行きましょうか?」


「医者には行きたいのだけど、その前に家族にどうしても会いたくなってね。折角生きて王都に戻れたからそっちを優先したいんだ。

 でもその途中で少し疲れてしまった」


「その様子だと先にお医者さんの世話になった方がいいと思います」


「家まであともう少しなんだけどな。家内と一人息子に一目会いたいんだよ」


「そんな姿で再会した所でかえって心配されるだけです。

 住所と建物を教えてくれれば後で俺が訪ねて入院先に来て貰うように言いますからまず治療しましょう。医療機関には俺が連れて行きますんで」



 負傷兵はその説得に少し寂しそうな表情を浮かべながら晴人の行為を受け入れることにする。



「……そうかもしれないね。お言葉に甘えるよ、ありがとう」


「そう決まったら俺がおぶっていくんで、背中に乗って下さい」


「可愛い女の子でなくて悪いけど、お願いするよ」



 晴人は笑いながら負傷兵を背負うと近くにある医療施設へと向かった。

 先程の研究所に顔を出すことが出来ないために別の方向にある大きな施設へと向かって歩き出すが、負傷兵は彼の人となりに安心したのだろう、たどり着くまでに身の上を話し出す。



「私はハロルドという名前だ。ロワーヌ城では本部の警護をやっていたんだよ」


「俺はハルト・ヤガミです。普段は冒険者をやってます」


「君も身体が資本の仕事をしているんだね。私を背負うくらいだから納得したよ」


「世間では色々言われてる職業ですが、俺はこの仕事に誇りを持っています」


「立派だね。私も国を護るという誇りを持って軍隊に所属はしたんだが、こんな事になってしまった」


「……悔しかったでしょうね」


「そうだね。護りたい思いが無残に砕かれたんだから。

 あの戦い……ロワーヌ城での戦いは外郭を占拠されたとはいえ決してやられっぱなしという訳ではなかったんだ。

 敵軍は火薬がしける雨の日を狙っては総攻撃を掛けてきたが、それでも鉄砲や大砲をなんとか撃ち込んで撃退していた。

 その後こちらもカウンターで打って出るのだが敵も然る者で猛将のような奴が出てきては蹴散らされた。

 一進一退でなかなか上手くいかなかったな」



 悔しさを滲ませつつあの戦いの状況を語り出すハロルド。

 誰かに語る事で戦争というものを伝えたいのだろう。



「それが三度繰り返された後しばらく膠着状態になったのだが、四度目の時に突如井戸のある小屋から次々と敵兵があふれ出てきた。

 そしてそいつらが出てくるのをフードを被ったアイマスクの女が手助けをして、一度に無数の氷槍を出しては次々と味方兵士を沢山串刺しにしていった」


「世間で噂になっているですかね」


 「たぶんそうだろうね。

 とても恐ろしい奴であの者にやられた兵士は相当な数だった。私の友人も何人かその槍が腹部に突き刺さって犠牲になってしまったな……。

 そして負けた。しかも奴等は敗走する我らを追撃してさらに被害を与えて多くの仲間が消えていったんだ」



 ハロルドはその時のことを思い出したのかしばらく黙ってしまう。

 晴人も聞きつつ家族を失ったあの光景をついフラッシュバックしてしまった。



「辛かったでしょうね……俺がこんな話聞いてよかったんでしょうか」


「こういう話は敵を知ってもらうためにも秘密にするより広めた方がいいと私は思っているし、聞いてくれたほうがこっちもどこかスッキリする。

 それにあの時自分の中で一つ釈然としない事もあったんだよ」


「というと?」


「何故かわからないのが敵兵がなんで井戸の中から出てきたのかなんだ。

 たぶん連中は穴掘戦術であそこまでたどり着いたんだろうけど、どうしてあそこに井戸がある事を敵が知っていたのか。

 こんな事は考えたくないが、もしかしたら内通している存在がいるんじゃないかってね。

 向こうに居た際にも耳にしたよ、飲み屋街で人間に化けた魔族の一人が大乱闘の上に始末されたってね。そんな奴がこの国に他にもまだ沢山いるのかな……」


「怖いですよね、普段でもよくわからない相手を何処まで信じていいのかって事はあるのにそれが余計にですから。

 いい人なのかなと思ってもそうでなかったり……不安ですよ」



 晴人は今までの経緯でその事を骨身に染みて知っていた。

 危険な相手が何処にいるかわからないから素性を隠し、ついにはこうして一人きりで戦う事になってしまった。



「でもね、そんなことを考えていたらそれこそ奴等の思うツボぼなんじゃないかとも私は思うんだ。そうして私たちの不安を煽り、結束を崩して反目させて、バラバラになった所を一網打尽にするのも敵の策略であり狙いなんじゃないのかなって」


「そんな時はどうすればいいですかね」


「こんな未曾有の危機だからこそ、互いを理解し信じて認め合う事が大事なんじゃないかな。理想論と言われればそれまでだけど、でもそれを段々と失ってしまった時に国や人々が衰退して世の中が乱れると私は思うんだよ」



 ハロルドの言葉は孤独で戦っている晴人には突き刺さるモノがあった。

 たった今頭の中に浮かんだレイカはもとより、カミラやロゼッタの事をどれだけ信じているのかをふと考えてしまった。



「貴方の言う事はとても難しいと思いますし理想論にも聞こえます。

 でもハナから諦めるのはもっと良くないのかもしれませんね。

 まず身近にいる人からでも信頼し合えれば違うんでしょうかね」



 ふたりがそんなやりとりをしていると目的地である医療施設にへとたどり着いた。

 そこは大きめの施設で他にも入院しようとしている負傷兵が次々と中へ入っていく姿が見える。



「ここまで運んでくれて助かったよ、ありがとう。後は歩けるから」



ハロルドはそう言うと外で受付をやっている医師に住所名前を知らせて手続きを済ませると、軽い問診の後に建物内へ入るよう促される。

 晴人はその様子を眺めながらこれまで取っていた行動は果たして正しかったのかと、つい自問していた。



「じゃあ後はご家族に知らせておきますので」



 そう一言告げてその場から立ち去ろうとする晴人に、ハロルドは「待って」と呼び止めると先程話した内容に付け加えを入れる。



「さっきの話だけど、信じると同時にあとは見極めかな。これも難しいけどね。

 でも私自身には備わっていると思っているよ。何故なら君の厚意を受け入れたからね。

 それじゃあ」


 そう言って建物内へと去って行くハロルド。

 少し悲しく荒み気味だった晴人の心は何処か満たされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る