追放されたトップヒーロー、海外進出する〜俺がいなくなったら劇的に治安が悪化するけど日本の皆さん大丈夫?〜

サトウミ

解雇

「風間くん。いや、イレイサーマン。申し訳ないが、君は来月いっぱいで解雇になる。」


「へ....?」


社長室に呼び出された俺は、開口一番に、社長にそう告げられた。


カイコ?

その3文字の単語の意味が理解できない。

蚕って、虫のことか?

それとも昔を懐かしむという意味の、懐古のことか?


「カイコって、どういう意味ですか?」

「君がウチの事務所をクビになって、ヒーローではなくなる、ということだ。」


一番受け入れたくない意味での解雇だと改めて告げられて、頭の中が真っ白になった。


「そ、そんな!なぜですか社長!俺の何が駄目だったんですか?」


「君が駄目なものか!むしろ君ほど優秀なヒーローは、世界中どこを探してもいない。

異能が9つもあって、しかもそのどれもが優れた能力で、その異能を最大限に駆使して人々の平和のために貢献してくれて....。君は紛れもなく世界一の、トップヒーローだ。逆に、君がもし悪党ヴィランだったらと考えるとゾッとするよ。」


「だったら、なぜ...?」

心当たりがないわけではないが、俺は不祥事を起こしたことはない。

今までトップヒーローとして、清く正しく生きてきたつもりだ。


「...君もニュースを見て知っているだろう?私が辞任することを。」

「はい。」


ここ数ヶ月、各メディアでは社長を批判する声が後を絶たなかった。

その理由は、ヒーローのギャラの水増し請求だ。


各企業がCMや番組なんかでヒーローを起用する時、通常のギャラとは別に「治安維持代」というものが発生する。

治安維持代は主に若手のヒーローを育成するための費用に使われ、ヒーロー本来の活躍に応じた給料がそこから支払われている。

社会に貢献しているものの企業案件のない無名のヒーローでも、正当な対価が得られるようにするためのシステムだ。


....まぁ、「本来の仕事をしていても人気のないヒーロー」という意味では、俺は若手のヒーローと同じなのだが。


社長が高く評価してくれるお陰で、俺は事務所のトップヒーローになることができた。


だけど俺は、致命的に人気がない。

最初の頃は何度かテレビ出演があったものの、ものの一年で飽きられて、それ以降テレビに出ることはなくなった。

見栄えのいい後輩ヒーロー達が次々と人気者になり、CMやレギュラー番組を持っているのを見ると不甲斐なく感じる。


そんな俺でもヒーローの仕事だけで生活できるのは、治安維持代のシステムのお陰だ。


問題は、その「治安維持代」を水増し請求した疑惑が浮上しているということだ。

ニュースによると、ウチの事務所は他と比べて異常に治安維持代が高いらしい。

しかも、その費用の半分近くが俺への報酬に当てがわれていたそうだ。

つまり「社長お気に入りのイレイサーマンにお小遣いをあげるため、法外な治安維持代を請求していたのでは?」と疑われているのだ。



「記者会見でも説明した通り、私は治安維持代を水増し請求していない。確かに私は君を気に入ってはいるが、君を贔屓したことはない。君に今まで支払った報酬は、妥当な金額だ。」


社長はそう言うが、客観的に見ても俺は贔屓されているとしか思えない。

長者番付に載りそうなくらいの額を報酬として支払うのは、流石にやり過ぎだ。

ネットでは「イレイサーマンのギャラは月5万が妥当」なんて言われているが、俺もそう思う。

他の人気ヒーロー達を差し置いて、不人気な俺が桁違いに高額な報酬を受け取るのはどう考えても不自然だ。


「君の働きに見合った報酬を支払うためには、どうしても治安維持代を高くせざるを得なかった。高額な治安維持代は苦渋の決断だったのだが、説明してもマスコミや世間には理解されず、結局私は辞任することになってしまった。」

世間的には、社長の説明は自白にしか聞こえない。


「それだけならまだいい。だが、今回の件でイレイサーマンをヒーロー業界から追放しろという声が大きくなってしまった。君の解雇を求める署名も5万人を超え、『イレイサーマンを雇い続ける限りスポンサーを降りる』という企業も後を絶たない。それでも、私が社長だったら解雇するつもりはなかった。が、新社長はそうではないらしい。

君の解雇は、新社長の意向だ。」


「そんな....。」


社長の説明に納得すると同時に、今まで味わったことのない種類の絶望が、俺の心を支配した。


人気がないならまだしも、俺はそこまで世間から嫌われていたのか。

その事実に、目の前が真っ暗になりそうだった。


ヒーローとして真面目に人々を救っていれば、芸能人のような華やかさがなくても評価されると思っていた。

だけど、それは間違いだった。

ヒーロー活動を言い訳に、世間に好かれる努力を怠った結果が、今だ。

俺に報酬相応の人気があれば、解雇されることはなかった。

それどころか「社長が治安維持代を水増し請求している」だなんて言われることもなかった。

俺が、報酬相応の人気がなかったせいで、社長まで辞任することになってしまった。


俺の異能を使えば、全てをなかったことにすることができる。

だが、最早そこまでして全てを一からやり直したいとは思えなかった。


「.....わかりました。俺はヒーローとして、まだまだ未熟者でした。一から出直します。」

「本当に...本当にすまない!イレイサーマン。」

社長は深々と頭を下げて、俺に謝罪した。


謝るのはむしろ俺の方だ。

俺が未熟なせいで、側で応援してくれる人を追い込んでしまったのだから。


俺は社長室を出ると、更衣室へ行ってヒーローの服装から私服へと着替え始めた。

着替えている時も、先行きの不安が頭を支配していた。


これから、どうするか?

あんな話をした後だが、俺はそれでもヒーローを続けたかった。

ヒーローは子どもの頃からの俺の夢で、人々を救うのは使命だとすら思っている。

たとえ未熟で人気がなくとも、ヒーローをやめるなんて考えられない。


だけど、あんな理由で解雇された後だ。

俺をヒーローとして受け入れてくれる事務所なんて、日本中どこを探しても存在しないだろう。


だったら、ヒーローを諦めて普通に就職するか?

普通に就職。

普通に、就職....。

駄目だ。どうしても受け入れられない。


鬱鬱としながら将来のことを考えていると、ふと更衣室のテレビが視界に入った。

誰かが消し忘れたのかテレビはつけっぱなしで、ニュース番組が流れている。


「続いては、海外のニュースをお伝えします。

アメリカのデストロイトのヒーロー、ワイルドキャッツとフィレスティンが、日本時間の昨夜11時に殉職しました。ワイルドキャッツとフィレスティンは長年、トップヒーローとして活躍し、デストロイトの治安維持に貢献してきました。そのためトップヒーロー2人が亡くなったことで、デストロイトの急激な治安悪化が懸念されます。」


....これだ!

天啓を得るとはこのことを言うのだろう。

日本で無理だったら、海外に行けばいいじゃないか!

幸い、海外に移住できるだけの費用もあるし、英語も喋れる。


そうと決まれば善は急げだ。

俺は、社長や仲の良いヒーロー達に海外進出をする旨を伝えると、事務所を退所したその日に飛行機に乗って日本を後にした。



◆◆◆



「あぁ....。日本は終わった。」


イレイサーマン、もとい風間くんが乗る飛行機を空港から見送る。

彼がいなくなった日本の行く末が心配で、ため息ばかりが出てしまう。


ネットでは相変わらず「イレイサーマン消えろ」のハッシュタグがトレンド入りしており、彼がヒーロー業界から追放されて歓喜する投稿で溢れている。


....馬鹿な愚民どもが!

彼が一体、どれだけ日本の平和に貢献したと思っているんだ。


彼がヒーローとして活動する前は、殺人も暴行も、性犯罪も窃盗も詐欺も、いじめですら社会問題だったのだぞ?

日本が今、犯罪被害についてほとんど問題提起しなくなったのは、彼が犯罪をほぼ撲滅しているからだ。

たった十数年前まで犯罪は身近な存在だったのに、そんなことすら忘れたのか?


警視庁が年間3000億もの予算を使っても到底実現できなかった今の治安は、ほぼ彼の力で実現していたのだ。

彼の報酬は仮に1億だったとしても少なすぎるくらいだ。


イレイサーマンのギャラは月5万が妥当?

阿呆が!

今の治安をたった月5万で維持しろだなんて、虫のいい話があるものか!


ネットの有象無象の馬鹿どもに怒ったところで、イレイサーマンは帰ってこない。


嗚呼。

日本はもうすぐ、諸外国のように犯罪が日常茶飯事な国になってしまうのか。

下手をすれば海外の方がマシだと思えるレベルの犯罪大国になるかもしれない。


「はぁ...。こうならないように彼の待遇を良くしていたのに。」

最悪の結果だ。

私にはもう、彼を引き止める術はない。


私は、崩壊していく日本を黙って見守ることしかできなかった。

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