第20話 決死の作戦を思いつきました

「ディアナ、おはよう」

「お、おはよう」

 ディアナはときめかぬよう気を付けつつ、挨拶を返す。

 今日もユリウスの若草色の瞳は美しい。

 見ているだけで危うくときめきそうになったディアナは、慌てて視線を逸らした。


「今日は王城に魔道具の整備に行ってくる」

「そう」

 ユリウスは領地から戻って以来、毎日のようにディアナに会いに来る。

 予定のない日にお茶をするというのならわかるが、丸一日仕事が入っていても、朝に顔を見せに来るのだ。


 ユリウスが訪ねてくるという驚喜の事態にときめかないはずもなく、当初は顔を合わせて二秒で静電気を飛ばしていた。

 だが何でも慣れというものはあるらしく、今では挨拶程度ならば静電気を飛ばさずにいられるようになった。


「早めに終わる予定だから、帰ってきたら一緒に散歩しよう?」

「え、ええ。わかったわ」

 たどたどしい答えを聞くと、ユリウスは若草色の瞳に喜色を滲ませる。

 軽やかな足取りのユリウスを見送ると、ディアナは肩の力を抜いた。



 静電気を飛ばさないために、ときめきを抑えているのはそれなりに疲れる。

 ようやく挨拶くらいは無事にできるようになったが、このままでは先はない。

 ユリウスが親し気にしてくれるのは嬉しいが、爆発が怖くて好意を伝えることができないのだ。


 指輪を物理的に破壊しようとしたり、設定の上書きを試みたり、魔力の流れを変えてみたり、ララの力で魔鉱石を腐らせようとしたり。

 領地から戻って以来、兄妹と共に指輪を外すために試行錯誤を続けているが、今のところ成果は出ていない。


 せめて穏便に好意だけでも伝えようと紙に文字を書いてみたが、火花が散って燃え尽きたので筆談も指輪の呪いの射程内のようである。

 地面に文字を書いても火花が溢れ、さながら花火のような有様だった。

 書いて駄目ならと枝を並べて文字を形作ったりもしたが、ただの焚火になってしまった。


 ロヴィーに相談しても、そんなに効果が続くとは思えないと首を傾げられる。

 元々は試作品だし、組み込んだ魔鉱石も小さく、効果を発揮できるのはせいぜい十日程度だという。

 まだ動いている理由があるとすれば、やはり『レーメルの魔女』とまで言われるディアナの魔力としか考えられないらしい。



「これだけ色々試しても無反応となると……後は、魔力を枯渇させて外すか、魔力を平坦にして外すか」

『レーメルの奇才』と呼ばれるロヴィーは、ティーカップを置くとため息をついた。

 レーメル三兄妹は定期的に男除指輪ときめきリングを外すための対策会議を開いているが、今のところ結果は芳しくない。

 そんな中、聞き慣れない単語にララが首を傾げた。


「兄様、平坦というのは何ですか?」

「人それぞれ魔力には波長があるんだ。その波を凪の状態にできれば、指輪は魔力の枯渇状態と勘違いして外れる可能性がある」

「でも、どうなると平坦なの?」


「ディアナの魔力に合わせた波長が必要だな。早速試してみよう」

 ロヴィーはそう言ってディアナの手に自身の手を重ねると、指輪に魔力を流し込んだ。

 だが、ロヴィーがやってみても、ララがやってみても、何の反応もない。


「まあ、こればかりは相性だからね。もっと違う方法を探すしかないな」

 ロヴィーの言葉に、三人は揃ってため息をついた。




 仕事を終えたユリウスと散歩しながらも、ディアナの頭は指輪のことでいっぱいだ。

 ユリウスに会えるのも、話をするのも、散歩をするのも嬉しい。

 だが、いつでも指輪に怯えてときめきを抑えようと力を入れるのは、さすがに疲れる。

 左手の指輪を見ながらため息をつくと、ユリウスの足が止まった。


「……つまらないか?」

「え?」

 いつの間にか俯いていたらしいディアナが顔を上げると、そこにはこちらを見つめる若草色の瞳があった。


「何だか上の空だから」

「つまらなくなんてないわ。一緒に散歩できて嬉しい」

「――そうか」

 一気に綻んだユリウスの顔を見て、自分が何を言ったのかようやく気付いた。


「ち、ちが……違わないけど、違うの!」

「うん。俺もディアナと一緒で嬉しい」

 優しく微笑まれ、ディアナの鼓動が一気に跳ねた。

 同時に火花と静電気が周囲に飛び散り、ディアナは慌てて自身の気持ちを落ち着けようと胸に手を当てた。


「ご、ごめんなさい。痛かった?」

 ディアナ自身には大した害はないが、ユリウスは毎度近距離で火花と静電気を浴びているのだ。

 今のところ怪我にまでは至っていないようだが、痛みはあるだろう。

 だが、ユリウスはにこにこと微笑んでいる。


「怪我はしていない? 火傷のこともあるし……」

「そっちはもう治っているし、静電気も少し熱くてビリビリするくらいだから大丈夫。魔道具製作よりも安全だよ」


 ディアナに気を使って言ってくれているのだろうが、それにしても火花や静電気よりも危ない魔道具製作とは何だろう。

 レーメルは魔力に恵まれているので魔鉱石の加工と魔力の操作が主だが、ロークはどちらかというと魔道具本体の加工が多い。

 もしかすると、レーメルにはない工具や作業があるのかもしれない。



「そうして魔道具のことを考えているディアナも、いいな」

「何?」

「可愛いってこと」

 掛け値なしの極上の笑みを向けられ、ディアナの鼓動が再び跳ねた。


 当然のように飛び散る火花に静電気は、小さな爆発音まで伴っている。

 火花を手で振り払うユリウスの手つきは妙に慣れてきたが、やはり危険だ。

 この調子では、ディアナから好意を伝えるのはユリウスにとって害でしかない。

 直接の告白は、指輪がある以上は無理か。


 そこまで考えて、ふとあることに気付く。

 ディアナが直接言葉や手紙で伝えるのは危険でも、間接的になら可能かもしれない。

 指輪のことは恥ずかしいので伏せるとして、ディアナもユリウスに好意を持っているけれど恥ずかしくて上手く伝えられないと言ってもらうのはどうだろう。


 男除指輪ときめきリングはディアナの魔力を糧に、ときめきを引き金にして発動する。

 ならば、ディアナのあずかり知らぬところで第三者が伝えるぶんには、影響は出ないのではないか。


 頼むとしたら事情を知っているララだろうが、正直死ぬほど恥ずかしい。

 だが、このままではユリウスに愛想を尽かされるのが早いか、爆発で負傷させるのが早いかという勝負になってしまう。

 背に腹は代えられないというのは、まさにこのことだ。


 左手の指輪を撫でながら、ディアナは決死の作戦の覚悟を決めた。

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