第6話 二度目の初恋です

 さっさと庭から立ち去ると、ちょうど会場に戻ったらしいロヴィーに帰りたいと訴える。

 こういう時にシスコンというものはありがたく、すんなりと馬車に乗ることができた。


「そうだ兄様、庭の照明魔道具のことだけれど」

「ローク製の? ……ん? ディアナ、庭に行ったのかい? 一人で?」

 ロヴィーの顔色がみるみる曇っていく。


「ええ。暇だったから。そうしたら、トビアス様が来て」

「あの色ボケ坊主! ということは、あの修理はわざとか! ああ、それよりもディアナ、大丈夫だった?」

 侯爵令息への暴言に驚いているディアナに、ロヴィーが詰め寄った。


「え? ああ、たぶん言い寄られたんだと思うわ」

「やっぱりか、あの野郎! 挨拶の時からディアナに鼻の下を伸ばしていたから、怪しいと思ったんだ」

「……そうなの?」


「そうだよ。気に入らないから、ディアナに話しかけるのを妨害した」

「……何をしているの、兄様」

 子供じゃないのだからとは思うが、ロヴィーは当然だと言って聞かない。


「それで、よく躱せたね。どこを殴ってきたんだい?」

「何で殴る前提なのよ。ちょうど助けてくれた人がいたの」

「……それ、男か」

「性別で言うと、そうなるわね。……ロークの御令息だったわ」

 できるだけさりげなくそう伝えると、ロヴィーの表情が再び曇り始めた。


「ローク。あの会場にいたのは、三男か。ユリウス・ロークはいつも女性に囲まれている。おまえも気を付けるんだぞ」

 どうやら、ロヴィーはあの会場にユリウスがいたのを知っていたらしい。

 同業者だし、屋敷は隣だし、さすがに顔見知りなのだろう。


「気を付けるって。あっちにも好みがあるのよ。心配ないわ」

 そう、ユリウスはディアナのことが嫌いなのだから、ロヴィーが心配するようなことなどありえない。

 少し気落ちする妹に気付くことのない兄は、何やらブツブツと呟いている。


「これは、対策を練らないといけないな。可愛い妹に虫を近付けてなるものか」




 ロヴィーのパートナーという役目を終えたので、ディアナは領地に帰ろうと荷造りをしていた。

 それをララに見つかって縋りつかれ、更にロヴィーに見つかって縋りつかれるという経過をたどった末、暫く王都に滞在することになった。


 ただ滞在しているのもつまらないので、ロヴィーを手伝って魔道具の製作や調整をしているのだが、ふとまたユリウスに会えるだろうかと考えてしまう。

 だが、あちらにしたら迷惑だろう。

 ディアナの勝手な思い出のために、不愉快な思いをさせるわけにはいかない。


 モヤモヤとした気持ちを振り払うように作業に没頭していると、ララが覗きにやって来た。


「……姉様、その恰好は何なのですか」

「何って?」

 白いシャツに灰色のロングスカート、茶色のブーツに作業用眼鏡という、いつもの作業の装いだ。


「いくら何でも地味すぎます。髪だって絹糸のような艶になったのに、そんな風に無造作にまとめて」

「そんなこと言われても。作業するのに髪は邪魔だし、服だってひらひらしていたら危ないし汚れるのよ」


「せっかく取り戻しつつある姉様の女子力を、無駄にしないでください」

 ララはしきりに着飾ることを求めてくるが、この服だって作業しやすくて最高なのだ。

 それにしても、女子というものは大変である。


 この格好をユリウスが見たら、また可愛くないと言うのだろうか。

 少し切ないが、いっそはっきりそう言ってもらった方が、この危うく二度目の初恋が始まりそうな危険を防ぐことができるかもしれない。


「ちょっと散歩してくるわね」

「もう、姉様ったら」




 頬を膨らませる妹をすり抜けて白いローブを羽織ると、ディアナは屋敷を出た。

 前回王都の屋敷に来たのは一年前だが、その時は用事を済ませてすぐに領地に帰っている。

 こうして外を歩くのは、かなり久しぶりだ。


 道は変わっていないのに記憶にある道と雰囲気が違うのは、木々が成長しているせいだろうか。

 知っているはずなのに、まるで見知らぬ場所に来たようで、何だか楽しくなってきた。


「……ディアナ?」


 空耳でも聞こえてくるのはユリウスの声なのだから、困ったものだ。

 とうの昔の初恋と失恋だと思っていたが、実物に会ってしまった影響だろうか。

 気分転換のつもりだったけれど、早めに切り上げて屋敷に戻った方がいいかもしれない。


「ディアナ。――ディアナ・レーメル!」


 靄を払うような力強い声に、ディアナはハッとして振り返る。

 そこには、空耳と思っていた声の主の姿があった。

 記憶の通りの黒髪と若草色の瞳の少年は、簡素なシャツとズボンにブーツという格好だが、それでも品がある。


 これが、王都で過ごして磨かれた令息力というものか。

 ユリウスに比べれば、ディアナは確かに可愛くないだろう。

 子供というものは残酷なほど正直だ。

 まじまじと見つめていると、気のせいかユリウスの頬に赤みがさしてきた。



「ごきげんよう、ユリウス様」

 だが、ディアナの挨拶を聞いて、すぐにユリウスの顔色は元に戻った。

「……その言葉遣いはよせ」


 一応子爵令嬢なので丁寧な言葉の方がいいかと思ったのに、何故か不機嫌そうだ。

 今日のディアナはドレスどころか地味な格好だし、この喋りは似合わないということだろうか。

 少し切ないが、その方が楽ではあるので、気にしないことにする。


「わかったわ。それで、何か用?」

「用って……。その眼鏡は何なんだ? 夜会ではつけていなかっただろう?」

「別に、関係ないでしょう」


 この眼鏡は、幼少期のユリウスに「可愛くない」と言われてから、ショックで顔を隠すのに使っていた名残だ。

 今はただの作業用の眼鏡でしかないが、習慣になってしまっているので、つけている方が安心する。

 何より、思い立ったらすぐ作業をできるので便利だ。

 そして今はまさかの二度目の初恋突入を阻止する防具でもある。


 会いたかったような、会いたくなかったような。

 つらいけれど、一思いに刺してくれないだろうか。

 ……いや、つらいとか言っている時点で、既に二度目の初恋に突入している気もする。


 十年も離れて顔も忘れていたのに、何なのだろう。

 これが焼け木杭に火が付くというやつかと思ったが、よく考えてみればそもそも何の関係もない。

 木の杭は一度たりとも焼けていないのだ。

 何だか空しくなり、ディアナはため息をついた。

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