乙女ゲームの悪役令嬢は夢の中だけ
水定ゆう
第1話
「あー眠い、しんどい、目が痛い」
私は仮眠室で横になっていた。
朝から晩まで二十四時間のおよそ四分の三を消費し、ようやくベッドに横になる。
そうだ。私、
何を送っているのか。そんなの決まっている。
毎日毎日納期が近い乙女ゲームのシステムをほぼ一人で組み上げていた。
「ああ、しんどい。どうせなら、夢の中でゲームが完成してますように」
私は譫言のように呟くと、そのまま涙を浮かべて眠りに付いた。
二十分だけ、二十分だけの仮眠だ。
起きたらまた作業と、ボロボロの体に言い聞かせ、眠ってしまった。
「おい、聞いているのか!」
目が覚めると、全く知らない場所にいた。
ここは何処か格式高い洋館の中なのか?
天井には見たこともないサイズのシャンデリアが吊るされていた。
「ん?」
それから目の前には見知らぬ男の姿。服装が何故か決まっている。もちろん私も決まっている。あれ? こんな派手なドレス、私持ってたっけ?
色々と疑問に思うが、正直今自分の身に起きていることも、目の前の男の顔も名前も一致しない。
とりあえず社交辞令。私は適当な会釈を交わすと、男は怒鳴り付ける。
「なんだ、その口の利き方は!」
「はっ?」
突然唾を吐き掛けられた。
汚い、気持ちが悪い。
どんな教育を受けて来たのかと思うが、きっとこれは夢だ。
何せ私はベッドに横になった。つまりこれは明晰夢って奴だ。
「チッ。誰が好きでも無いお前と婚約を結んでやったと思っているんだ」
「婚約?」
「そうだ! 俺は忙しいんだ。それがどうしてお前のような上っ面女と婚約を結ばなければいけなかったのか。考えてみろ、お前の両親がこの俺に泣き寝入りして来たんだぞ。そうでもしなければ、今頃お前は今期を逃していた。ありがたく思うんだな!」
如何やら私は婚約を結んでいるらしい。
しかし私にそんなことをした覚えは無く、頭の片隅に、この男の顔が浮かび上がる程度。
きっと自分が作り上げた乙女ゲームのクソ設定を詰め込んだに違いない。
そんなキャラクターが私に罵声を浴びせ続ける。
腹立たしい。こっちは楽しい夢が見たいのに、なんで歪んだ顔を向けられて、私がこんな惨めに遭わないといけないのか?
何もかもが憂鬱になると、私は表情に陰を落とした。
「は、ははは」
私は笑いが止まらなくなった。
自分で言うのもなんだけど、とんでもなく気持ちが悪い。
それでも悪魔の笑顔が止まらず、聞くに堪えない話に絶句する。
「そんなに私のことが嫌いだったら、婚約を解消すればいいでしょ?」
「なっ!? お前、正気か」
「正気ですよ。親が勝手に決めた婚約なんて、こっちから願い下げよ!」
聞いていればペラペラと御託を並べていた。
耳に
指を突き付け、目の前のなんか変な男(多分貴族)を見限った。
「な、なんだと?」
「私は本気よ。父がなに? 母がなに? そんなの知らないわ」
そう、私は本当に何も知らない。
ただ一つ言えるのは、私の目の前で不愉快なことが起きている事実のみ。
それならいっそのことぶっ壊してしまえばいいの。
どうせこれは夢。私が見ているしょうもない夢の世界。
それなら誰が自由にしたって、全て私の勝手だ。私の想うがままにする。
「アンタもこれで清々したでしょ? ってことでこれで関係はお終い。破局よ破局」
「それで困るのはお前だぞ、サリー!」
「サリー? そう言えばそんな名前だったわね。でも残念、私は未練もなにも無いの」
未練どころか、この男のことさえよく分からない。
確か名前の最初が“ア”から始まっていた気がする。
その程度の相手のことなんか、夢の中でもポッと出のキャラだ。
適当な固定台詞だけ与えて、一生突っ立っとけばいいのよ。
「じゃあね、二度と私の前に顔を出さないでね」
「……言わせておけばよ」
「ん?」
私はクルンと振り返る。
踵を返してみると、そこは長い廊下。
私は歩き出そうとすると、男は苛立った声を出す。
「綺麗なのは顔だけの癖に、後悔しやがれ」
「はっ……うっざ」
私は殴り掛かって来た男の顔を思いっきり殴りつけた。
ちょっと回転を加えてコークスクリューなんちゃって。
男は反撃されると思わなかったのか、思いっきり倒れてしまうと、白目を剥いている。
「い、痛い……」
「私の夢の分際で、刃向かってんじゃないわよ」
「くっ、この俺が、俺の方が偉いのによ……」
「興味無いわ、そういうの。生涯独身女を舐めるんじゃないわよ」
バカにされたから殴りつけた。
何だか心がスッとする。
現実ではとてもじゃないけどできない。
それをこうして叶えることができた。
ニヤケ顔が止まらなくなり、倒れた男を放置して去る。
「あーあ、スッキリした。それにしてもサリーって、どんだけ私大好きな夢よ」
流石に自分が大好きすぎる夢だなと思った。
けれど所詮は夢。起きたらまた現実が待っている。
それなら少しは私の想うがままにしよう。そんな我儘を発揮すると、サリーになった私は悪魔の笑顔を浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます