スキル【万能温泉】で、もふもふ聖獣達と始める異世界辺境村おこし。
タジリユウ@カクヨムコン8・9特別賞
第1話 転生と【万能温泉】
「……これは夢なのかな?」
目の前には一面に生い茂った木々、その隙間からは青い空が見え、眩い光が漏れている。
僕はついさっきまで病院のベッドで寝ていたはずだ。それなのにこんな森の中にいるなんて、まだ夢の中に違いない。
「風や草木の感触はあるし、全然夢には思えない夢だなあ。でも、胸が全然痛くない」
頬をなでる風や自然の匂い、触ってみた草や木の感触はとても鮮明で現実の世界にいるみたいだ。
だけど、いつも感じてきた胸を締め付けるような痛みが今はまったくないから、これはきっと夢に違いない。
でも本当にいい夢だ。僕は子供のころから身体がとても弱くて、まともに一人で遠くまで出掛けたことがなかったから、夢とはいえこんなに綺麗な森を普通に歩けることだけで本当に嬉しい。
「えっ!?」
なんだろう、頭の中に突然ひとつの言葉が思い浮かんだ。よくわからないけれど、僕にはこれを使える感覚がわかった。
「万能温泉!」
頭の中に浮かび上がった言葉を口に出すと、森の中の開けた場所に突然
「なんだ、これ……?」
目の前に現れた直径5メートルほどの丸い温泉からは真っ白な湯気が立ち上り、温泉特有の香りが鼻をつく。森の中にいきなり温泉が出てくるなんて、夢にしてもめちゃくちゃだ。
「……夢の中だし、入っちゃおうかな」
こんな森の中で突然現れた温泉に入るだなんて普通はありえないけれど、夢の中だからこそ入りたい。温泉なんて、数年前の体調が良かった頃にお父さんとお母さんに連れて行ってもらった時以来だ。
あれ、病院にいた時の服と変わっている。なんだかあまり見たことがない少し昔のデザインみたいだし、靴もスニーカーじゃなくて革製のものみたいだ。
服を脱いで足からゆっくりと足から温泉に入る。
「ああ~気持ちいい!!」
湯船に足を踏み入れた瞬間、肌を包み込むお湯の感触に思わずため息が漏れた。熱さと心地よさが足元からじんわりと全身に広がって、とても心地が良い。
湯船から立ち上る湯気が、ほんのりと硫黄や鉱物の香りを含んで鼻をくすぐる。その香りは決して強すぎず、どこか懐かしさを感じさせてくれた。
目を閉じると、時折聞こえてくる木の葉を風が揺らすささやきだけ。余計な雑音はどこにもなく、まるでこの温泉だけが世界から切り離された特別な場所であるかのよう感じられる。
「温泉ってこんなに気持ちがいいものだったんだなあ~。でも、これは本当に夢なのかな?」
森の中にポツンと現れた温泉。
もちろんこんな非現実的な光景や、温泉をどこにでも出せるよくわからないスキルというものは夢に決まっているんだけれど、この温泉の気持ち良さはとても夢の中とは思えない。
……もしかするとここは天国なのかもしれない。僕の病気はとても重くて、いつ死んでしまってもおかしくないということはお父さんやお母さん、お医者さんに言われなくてもなんとなく察していた。
もしここが天国だとしたら、お父さんとお母さんに最後のお別れくらいは言いたかった。病気がちでたくさん苦労を掛けちゃった2人にはいっぱいありがとうを伝えたかったなあ……
ガサッ
「っ!?」
目を閉じてそんなことを考えていたら、突然大きな音がして目を開ける。明らかに風で木々が揺れる音とは違う大きな音だ。
「クゥン……」
「黒い子犬さん?」
草むらから現れたのは真っ黒で綺麗な毛並みをしている小さくて可愛い子犬さんだった。
「っ! 怪我をしているの!?」
見るからに弱々しい子犬さんのお腹から真っ赤な血が地面へと滴り落ちている。そしてその場に倒れ込んでしまった。
「ど、どうしよう。包帯やお薬もないし……そうだ、この温泉だ!」
さっき僕の頭の中に浮かんだこの万能温泉。この温泉には
「グウウウ……」
「だ、大丈夫! 僕は君をイジメないよ。この温泉のお湯をかけると傷を癒せるんだ。もしかすると少しだけ痛いかもしれないけれど、ちょっとだけ我慢して!」
「………………」
黒い子犬さんは弱々しく唸りながら僕を睨んでいた。言葉は通じていないけれど、裸足で裸の僕が両手ですくったお湯だけしか持っていないことがわかると、それ以上唸るのを止めてくれた。
僕はゆっくりと近付きながら、両手ですくった温泉のお湯をゆっくりと子犬さんのお腹の傷に当ててあげた。
「クゥン!?」
「い、痛かった?」
温泉のお湯を傷口に当てると、子犬さんの身体がビクンと跳ねて突然立ち上がった。
やっぱり傷口にお湯なんて当てたら痛かったのかな……
「あっ、血が止まっている!」
もしかしたら痛かったのかもしれないけれど、さっきまで血がたくさん流れていたお腹の傷が塞がっていた。やっぱりこの温泉には傷を癒す力があるみたいだ。
「まだ痛い? たぶんあっちの温泉っていうお湯に浸かると、傷が治ると思うよ」
「……ワォン」
言葉が通じないから、温泉を指差したり、お湯をかける仕草を子犬さんに見せたら、頷いてくれた。とても賢い子犬さんだ。
「気持ちがいいね~」
「ワォン!」
今は黒い子犬さんと温泉へ一緒に入っている。
最初は少し痛そうなそぶりをしていた子犬さんだったけれど、万能温泉に浸かってしばらくすると元気を取り戻してくれた。そして今はとても気持ちが良さそうに温泉に浸かっている。
やっぱりわんちゃんも温泉に浸かるのは気持ちが良いみたいだ。
「……これからどうしようかな?」
どうやらこれは夢じゃないみたいだ。全然目が覚めないし、温泉はとっても気持ちが良いし、さっき触れた子犬さんの体温や柔らかくてもふもふとした毛並みの感覚もしっかりと伝わってきた。
でもいきなり大怪我をした子犬さんが目の前に現れるし、謎の温泉を出せるスキルなんていうものもあるみたいだし、天国とも違う気がする。
もしもこれが現実だとしたら、持ち物は服と靴だけで食料なんかもないし、これからどうしたらいいんだろう?
「………………」
僕がそんなことをポツリと呟くと、子犬さんが温泉からあがった。身体をブルブルとふるわせると、温泉のお湯が飛んで、肌にしっとりと張り付いていた毛並みが元に戻ってまたもふもふになった。
温泉に入って土埃が取れて全身が綺麗になった子犬さんを改めて見ると、真っ黒でとても綺麗な毛並みをしている。黒くてつぶらな瞳をしていて、可愛いけれど格好良くもある凛々しい顔をしていた。
もう怪我も治ったみたいだし、子犬さんとはここでお別れかな。
「えっ!?」
突然僕の目の前で黒い子犬さんの身体が光り輝き、どんどんと大きくなっていく。僕の背の高さなんて一瞬で超えて、高さが2メートルくらいまで一気に大きくなった。
僕はその光景を見て、温泉の中で固まってしまった。ここは現実かなと思っていたけれど、やっぱり夢なのかもしれない。
『我は黒狼王である。幼き者よ、此度は我の命を救ってくれて本当に感謝する』
「………………」
黒い子犬さんが突然目の前で大きくなって、しかも言葉を発したことによって僕は言葉を失ってしまった。
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2024年12月17日 18:02 毎日 18:02
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