第10話


 その日の夕方、家に帰った僕は父さんに連絡を取ることにした。

 ロサンゼルスとの時差を考えると寝ていてもおかしくない時間だったが、ラインでお伺いを立てると反応があったので電話に切り替える。

 国際電話は料金が高いので電話は控えようと思っていたのだがこの際致し方ない。

 しばらくのコール音の後、父さんは電話に出た。

 

『やあ義人、学園生活には慣れたかな?』


「思ってたのとはだいぶ違ったけど、まあなんとかね」


 聞き馴染みのある声になんだかホッとしてしまいつつも、僕は答えた。

 一応嘘は言ったつもりはない。あまり慣れたと言いたくない現状を隠しているだけだ。


『友達はできたかい?』


「まあね」


 利益でつながったビジネスフレンドだけれども。

 その辺はあまり掘り出されたくなくてこちらから話を振ることにする。


「そっちこそ大丈夫なの?夜中に急に出て行くなんて相当だと思うけど」


『ああ、なんとかね。動き出しが早かったお陰でなんとか首の皮一枚つながったよ。紗雪さんの迅速な手配に感謝だな。まあ、残務処理が大変だからしばらくは日本に帰れそうもないけどね……』


 それは大丈夫と言えるのだろうか……?


「紗雪さんはもう寝ちゃった?」


『彼女はもうベッドに入ったよ』


「え?なんでそんなことまで……」


 父さんの口振りがやけに確信的なので僕は思わず聞き返してしまった。


「もしかして一緒の部屋にいるの?」


『うん、まあ……。僕は今ベランダだけど……』


 罰が悪そうに言葉を濁す父さん。まさか……。


「まさか一緒の部屋に泊まってるの!?」


『べ、別にやましいことはない!一緒の部屋と言ってもツインルームだから別々のベッドさ』


 僕の指摘に父さんは言い訳染みた説明をする。


『いつもの紗雪さんのうっかりだよ。部屋を僕と紗雪さんの分でふたつ取ってもらうようにお願いしたんだけど、間違えてしまったみたいでね。他の部屋も埋まっていてどうしようもなかったんだ。僕は事務所にでも泊まると言ったんだが、紗雪さんがふたりでホテルか自分が事務所かふたつにひとつだと言って聞かなくてね』


「ああ、そういう……」


 僕は父さんの説明に納得して頷いた。

 父さんが秘書としても家事手伝いとしても文句のつけどころがないと太鼓判を押す紗雪さんなのだけれど、時々とんでもないうっかりをやらかすことがある。

 今日みたいな宿の手配間違いをしてみたり、うっかり下着姿でリビングに出てみたり。

 不思議と会社や里崎家に不利益となるようなうっかりはないらしいし、被害を被るのは基本的に紗雪さんと一緒にいることが多い父さんなので特に問題はない。

 紗雪さんは流石静さんの母親らしく完璧過ぎるところがあるので、これぐらいのことはご愛嬌というものだろう。


『そういう義人こそどうなんだい?静音ちゃんに迷惑をかけていないかな?』


 父さんの投げかけで本来の電話の目的を思い出した僕は、憤然と父さんに抗議をした。


「そうだ!父さんが静さんにバイト代なんて出すから大変なんだよ!」


 僕は静さんが学園生活よりも僕のお世話を優先しようとしている現状を訴えた。

 静さんの主人(という扱い)が理由で僕が学園の敵呼ばわりされている現状はあえて話さない。郡山君が上手くやってくれればいずれ解消されるはずの状況だからだ。

 一応まだ、部活の勧誘から逃げ回らざるを得ないぐらいのことぐらいしか実害はないわけだし……。それもお昼に静さんが対処してくれるようなことを言っていたのでなんとか落ち着くだろうし。

 それにそんなことを伝えて父さんに余計な心配をかけたくないということもある。


『ああ、そんなことになっていたのか……』


 僕の訴えに、電話の向こうで父さんがため息を吐いた。


『あれは元々紗雪さんが静音ちゃんに直接バイト代を支払おうとしていたんだよ。しばらく家を空けることになるから業務のアウトソーシングだってね。けど、うちの家と息子の世話をしてもらうのに紗雪さんにお金を出させるわけにはいかないだろう?他に方法はなかったんだ』


「そういうこと……」


 元々こんな訴えを父さんにするのも無理筋だとはわかっていたし、そんな事情があるのであったのなら仕方ないと思える。

 それでも怒濤の二日間で神経をすり減らされていた僕は不満を口にしてしまう。


「別にわざわざ静さんの世話にならなくても勝手にやるっていうのに……」


『それだけふたりに心配されているんだろうさ。義人の生活能力じゃ放っておいたらろくなことにならないだろうって』


「父さんには言われたくないよ。紗雪さんたちが来るまでは家のことなんてほとんど手つかずだったじゃないか」


『それを言われると弱いね……。お前にも申し訳なかったと思っている』


 話の流れでついこぼしてしまった僕の言葉にを受けた父さんの声音に悔恨を感じて、僕は慌てて言葉を紡いだ。


「別にそれは良いんだって!父さんは父さんであの時期大変だったのはわかってるからさ!」


『しかしね……』


「それに、お陰で紗雪さん達が来てくれて毎日美味しいご飯も食べられるようになったんだし、怪我の功名ってやつだよ」


『……お陰でこうして別の悩みが生まれているわけだけどね』


 苦笑しながらの言葉に、僕もついため息を吐いてしまう。


「どうにかならないかな?」


『難しいね。静音ちゃんも乗り気だし、母親の紗雪さんも許容している。雇用主である僕が強く言えば止めさせることもできるかもしれないけど……』


 その先は言わずともわかる。僕も父さんと同じく一ノ瀬家には無理強いをしたくない。


『雇用関係とはいえ……いや、だからこそ、僕たちはふたりに。今さらふたりにあれこれ指図するのは虫の良い話だよ。……本当なら無理矢理放り出してでもふたりを解放してあげるべきなんだろうけどね』


 父さんは自嘲するようにそんなことを言う。


「……結局、静さんの説得は難しいってこと?」


『義人が静音ちゃんを突き放せるならあるいは可能かもしれないよ』


「それができたらとっくにやってるよ」


 結局、親子揃って弱腰な僕たちには静さんを説得する術を見いだすことはできなかった。

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