後始末
「……」
——流石にもう俺は店じまいで良いよな?
食べる気なのか、何故か百頭丸がやたらと捥げた右腕に向かって伸びてくるので、右腕を左の小脇に抱えて、大猿の死体をソファーに、煙草を吸いながらイチゾーはそんなことを思った。
切れた右腕からは何故か出血が無い。何となく右腕を覗いてみると奥を見通せない謎の空間が生じていた。多分、適当に右腕を捨てると迷宮化する。
分かってはいたが、蟲憑きは人類の味方をしているから『人類』で居られるだけの様だ。蟲に食われた身体は人類の枠から随分と外れている。
そんな蟲憑きなので戦場で『腕が取れた』と喚いても働かされる。そもそも、敵は容赦してくれない。チャンスとしか思ってくれない。
だがこの猿犬合戦は既に
正面門付近の角猿達はすぐさま逃亡に切り替え、それは周囲にも伝播して結構な数の角猿達が逃亡を開始していた。
そんな角猿とは違い、
まだ余力がありそうな連中が血の匂いを嗅いで鼻息荒くしていたが、『今後』のことを考えて適当に宥めて食事と休息をとる様に言って置いた。
もう勝負はついている。
大猿は死んだし、本来なら大猿戦に来るはずだった一人と二羽も未だに戦場だ。ここから
と、そんなことを考えていたらその内の一羽がようやくやって来た。
おニューのゴーグルに、おニューのジャケットと、おニューのARを持って大変ご機嫌に戦場を泳いでいたニゾーが、ざっ、と砂を蹴る様にして着陸した。
チャッ、とゴーグルを上げたニゾーはイチゾーを見て、
ぺちぺちと近寄ってくると「
「……大丈夫だ」
だからそう言うしかない。
だが流石に見た目のインパクトが強いからか、ニゾーも流石に「
「ぐあー」
代わりにARを差し出して来た。弾を換えてよ、と言うことだろう。「……」。ペンギン用のARを受け取り、ニゾーのジャケットのポケットから換えのマガジンを取り出す。
ニゾーやえもにゅーが使うペンギン用の銃器は人類のモノとは違う。引き金が引けないからボタン式だし、弾が無い。今イチゾーが交換しているモノも、弾倉では無く、どちらかと言うと役割は
弾はボタンを押すペンギンの魔力になっている。悲しいことに、引き金が引けないペンギン達は当たり前の様に弾倉の交換もできない。装弾数三十では直ぐに撃ち尽くすし、魔力ルールがあるので、魔力を弾と言う魔法の形に変えて撃った方が効率が良いからだ。
それでも変換機も使い続けていると効率が落ちるので、弾倉を換える様に、定期的に交換すると言う訳だ。
そしてその交換役はニゾーの様に人に憑いている場合は当然の様に相棒のペンギン憑きが担当する。そんな訳で脆弱な人類であるイチゾーは相棒のニゾーの言う通りに変換機を交換して渡してやる。
「手伝い、いるか?」
「なっ。ぐー、ぐあー、ぐあぐ」
「ケー。そんならお言葉に甘えてゆっくりさせて貰うわ。……お前もあんま真面目にやんねぇで良いぞ」
「な?」
「もう勝ってるし――」
ちら、と周りの
イチゾーの視線から何かを感じてくれたのだろう。ニゾーが「ぐあ」と返事をした。
「――っーわけで怪我人の俺はもうサボる」
チミはその間も残業に励んでくれたまえー、とイチゾー。
「……ぐあー、んぐもな」
「……」
ノミが付くと言われたので、慌てて
「……」
速い。超小型の戦闘機。人類の装備で武装した迷宮ペンギンはまた一つ生物としてのステージを上がって行く。人類の造った戦闘機よりも速く、それで居て比べ物にならない程に小回りが利くので、狭い迷宮なら兎も角、こう言う広い迷宮ではほぼ無敵だろう。
――これならもう、本当に休んでても良いな。
ちゃんと装備を使いこなしているニゾーを見送り、回りを見渡す。
見れば大猿付近に居る
――ありがてぇけど、何かそれを喰った後に体内に戻って来て欲しくねぇな。
イチゾーは素直にそんなことを思いつつ、
気持ちが良かったのだろう。
目を細めて、首を手に押し付けて来た。
「……」
ただの犬と変わらねぇな。そんなことを思ってしまった。
戦争は勝利で終わり、
早太郎を始め、自分の部隊に配属された
貯蓄や畑は荒らされたが、大猿を含む角猿の
つまり――
「……
「テメェの予想よりも優秀だったってことだろ?」
皇国陸軍としてはまことに遺憾である、と言うことだ。
「……」
相も変わらず取れた右腕を狙う百頭丸を宥めながら、イチゾーは軽く唇を湿らせる。
新しい噛み煙草口に入れているカズキの気持ちも分かる。
「ワンちゃんかわいそうでしゅー……っちゅう態度を取る程アホじゃねぇじゃろ?」
どうする気じゃ? と荷台から唾を吐き捨てながらカズキ。
「ワンちゃんはかわいそうだろ?」
疲れてんのに俺達と違って荷台に乗せて貰えなてねぇんだぜ? とトラックと併走するラファとドナを見ながらイチゾー。「……」。舌が出ているから楽しそうに見えるが、本犬たち的にはどうなのだろう?
「――」
そんな風に話を逸らしたらカズキが半目で見た来た。「……」。軽く肩を竦める。軽口に付き合う気は無いらしい。
「……角猿多めに逃がしといた」
「ほぅ? 自然に任せるちゅうことか? 随分と無責任じゃの? ちゅうか、お前はそんなに優しかったかの?」
「……無駄に愛着持ってんのは認めてやるよ」
でもな、と一息。
「こっちの都合で戦争に巻き込んどいて『間引き』はねぇだろ?」
「アホが。人類としちゃぁ正しいじゃろうがぁ……」
「人類としては正しくても、人としちゃぁ間違ってんだろ?」
だいたい
隣国の様なモノなのだ。近いけど混じれない。だが戦争をしている訳では無い。潜在的な敵国ではあるかもしれないが、それは
「人の前に人類じゃ」
「
「……」
イチゾーのその物言いに、平行線になると踏んだのだろう。カズキは一度、ふんっ、と鼻息を荒く吐き出し、そこに苛立ちを溶かして、話を変える。
「……腕、どうして繋げんのじゃ?」
「……一応は人類でね。当てがっときゃくっつく程単純な構造はしてねぇんだよ」
「? 何を言っとるんじゃ?」
「――」
逆にどういうことか訊きたいが、どうも本気で不思議に思っている様なので視線で先を促す。
「巣じゃろ、そこ? そんなら当てときゃ付くぞ」
だから百足が頭のばしとるんじゃろ? とカズキ。
「……お前、食おうとしてるんじゃねぇの?」
しつこく取れた右腕を狙う百頭丸に尋ねてみる。ニゾーに踏まれて動きを封じられていた百頭丸が、イチゾーの顔を見て、かちっ、と一度だけ、それでも大きく牙を鳴らす。
――心外なのですが?
そんな感じだ。
「ニゾー……」
「ぐあ」
ニゾーが退き、自由に成った百頭丸が首を伸ばし、切れた右腕の中に潜る。それを見て、右腕から手を放す。右腕を被った百頭丸はしゅるしゅると戻って行き、軽く位置を調整しだした。
結構雑な断面なので、大体の位置しか分からないイチゾーとは異なり、百頭丸はちゃんと元の形を覚えているらしい。程無くして微調整が終わったらしく、右腕の断面が繋が――
「……お前、ちょっと拡張してねぇか?」
何か断面、完璧にくっ付いてないよな? 隙間あるよな? お前、そこに身体入れて埋めてるよな? その状態で治そうとしてるよな?
あとがき
何と言うことでしょう。
狭かったベッドルームが匠の手により――
あ、前に言ってた最終選考残ってた『銃と魔法とポストアポカリプス。』ダメでしたー。
そんな悲しみ。
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