第35話 養殖場(セラート視点)

×××


 飲み込んだ食べ物で、すぐに胸が焼ける。

 白い薄明かりの中、首切り用ブレードが通路の床や壁を無法則に動き回り、バタンバタンと宙吊り用のレールが天井で音を立てる。

 気が付くと、背後のドアノブに手が掛かっていた。


「セラート。大丈夫か?」

「……こんなの、先に進める訳ない」

「そんじゃとりあえず邪魔なもん壊すか。シエラ、攻撃魔法とかない?」


 シエラさんは苦笑いしながら首を横に振る。

 回復魔法を使えるだけじゃどうにもならない、私には機械を止めるための力もない。

 奥は暗く、行き止まりがずっと先にあるのだと分かる……。

 鍛えてから足を速くし、出直すべきだ。


 手が空を握る、慌てて背後を見たら扉は消えてしまっていた。

 奥まで進むしかない。

 ……数十歩も進めば、絶え間なくブレードの行き来する細い隙間に足を踏み出してしまう。

 そうだ、人形さんは? 人形さんが案内してくれるんなら、きっと鍵の所までたどりつける。


「シヘタ。人形は?」

「ん、そういや出てこねえな。アイツはまっすぐ進めばいいとか言ってたし。そうしときゃ問題ないだろうよ」

「待ってシヘタ。こんなに危険な場所、やっぱり行かない方がいいよ。あの時助けてくれた人形が今になって裏切るとは思えないけど、何か、すごくおそろしいっ」


 ……もう耐え切れない。

 堪らず耳を手で押し潰し、しゃがみ込んで目を瞑った。

 逆さ吊りの死体から腕が、内臓がドテドテと切り落とされ、カリカリ骨に刃が当たる音をさせながら肉の断片へと変えた音が、塞いだ耳からも聞こえ続ける。

 早く帰りたい、あの森へ、みんなのいる過去に居続けたいっ。


 ……仄かに温かい何かが、ゆっくりと体を包んでくる。

 顔に柔らかい何かが触れた。

 これはシエラさんと寝た時にも体に当たっていた。

 なんて言うんだっけ。


「セラートさん、大丈夫です。ブレードはシヘタさんが全て破壊しますから」

「ハッ」


 耳から手を離すと、確かに聞こえなくなり始めていて……シヘタさんが尻尾で、ブレードの一つをパキンと叩き折った。

 柔らかくて温かいところから離れる。

 まだ怖いけど、今は二人の強さを見習わないと。


「鍵拾ってくる」


 私が踏み出して進むと、キイィッと鳴り響く。

 機械の動きが止まったようだ。

 『まっすぐ進めばいい』

 人形の言ってたことは、本当だったらしい。


「何だよ、止まんのかよ。なんつー嫌がらせ空間」

「シヘタ、シエラ。ありがとう」

「……おうよ」


 シヘタさんは通路の先で立ち止まる。

 背中側からでも、少し照れているのが分かる。

 シエラさんは私の後ろで微笑むと、立ち上がってシヘタさんと一緒についてきた。

 仲間。そんな言葉と、私のことを庇ったあの子の姿が頭をよぎる。


 それにしても、この空間はなんだろう。

 私が一瞬イメージした部屋に近いものの、とても眠りづらそうだ。

 私が魂という状態になっていたら、空間が取り戻された時、森ではなくこの部屋に閉じ込められていたのだろうか。

 ……行き止まりだ。

 鈍く光る、小さな鍵が壁に掛けられていた。

 私がそれを手に取ると、周囲の景色はケムリのようになって消えていき、食堂へと戻っていた。


「これで一つ目は終わり、施錠はオレとセラートを脱出させた分の二つだし、次はオレの番か?」

(いいえ。森はセラートさまのイメージから作り出されたものですので)

「……そうかよ。そんじゃ、セラートが準備できてから扉を出してくれ」

(いいえ。扉は既に)


 ──バコン。

 入口の扉、その向こうから大きな音が響いてきた。


×××

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