第13話 炎と血

 『グチャッ』


 視界と音の右片方が消える。

 痛いというより熱い……勇者が防いだのと同じ一撃でこれか。

 つーかオレ、またやられるんだな。

 このままオレが殺されたら、セラートも殺されるんだろうか……?

 もしかすると、また解体ショーに出されて、悪趣味に痛い思いさせられながら死んでいくんじゃ……。


 『キミ自身の目的だけでもはっきりとさせておくべきだ。でないとキミの人生、そして彼女の人生までもが中途半端に終わるぞ』


 妖精の言葉が、再び思い浮かぶ。

 セラートだってこの町を守りたいと言ってたし、悩んじまうくらいならいっそ、ここで終わっちまうべきか?

 ……いいや、ダメだ。

 オレが負けたらセラートは死んじまう。

 そうだよ、悩んでたりなんかしてる場合じゃねェ。

 次の拳くらい、短剣の刃先で捉えられるはずだ。


『バンッ』


 視界が擦れていく中で、破裂音と共に、弓矢が道場の壁と、その先を貫く。

 生暖かい液体が、弱まっていく心音と共にオレの体を包んでくる。

 イヤな感触だ……。

 ……顔の熱が取れていく。

 勇者が回復魔法を使っているらしい。


「シヘタくんの勝ちーっと。アクェがまたやる気出してくれるんならそれもよし。さて、オレはセラートちゃん保護して、重罪人たちの処刑を再開しますか」

「ま、て。この町は、壊すな」

「おいおいシヘタくん、反抗的だね。……聞かなかったことにしといてやるよ」

 

 ボボンという音で、勇者は消える。


 何とか体を起こす。

 床には、胸に大穴の空いた格闘家の死体が転がっていた。


 ──ゴホッ、グボッ


 格闘家が咳込んで血を吐き出し、口を少し動かす。


「何だ? 何つった?」


 しゃがんで顔を覗き込むと、瞳は真っ暗で、何も映っていない。

 オレは耳を、その震える口元に近づける。


「おい、もう一度言え」


 格闘家は、微かに口を動かす。


「……テ……へ……」


 その首から、力が抜ける。

 テヘって、随分軽いが最期に謝ったのか?

 胸糞悪い、胸糞悪い胸糞悪ィ。

 コイツを殺してセラートのためになる訳がねェのに。

 とにかく、勇者を止めに行かねーと。


 道場の外は、あちこちで火の手が上がっていた。

 家々が、道が、血で塗れていて、地面には二つに切り裂かれた死体が転がっている。

 よく見ると、アレもコレもそうだ。

 いくつも、いくつも、いくつも赤い地面があって、そこには死体が──。

 勇者がオレの目の前に現れ、刀に付いた血を地面に払い落とす。


「もう大体終わったぞ。セラートちゃんとアクェは見つかってないけど、火が消えた頃には出てくるっしょ。みんな、片付けよろしく! 先遣隊は休憩なー」


 ゾロゾロと赤い防護服の奴らが、トンネルの方から歩いてくる。


「なんでこんな……!」

「ここ、重罪人の隠れ里だからなー。住んでるヤツらは全員始末しろって話を、随分と前から言われてたのよ。しっかし、町を一つ消すってのはイヤに切ないな」

「……感想ほざいてんじゃねぇよ。殺人鬼」

「相変わらず冷たいヤツだな、シヘタは」


 村は赤く、黒く燃えて……キレイな空を曇らせる。

 大量の死体から滲む血。

 その光景が目に焼き付いていく。

 どうしようもない、何もできない。

 勇者に逆らえばオレも簡単に、あそこに見える死体へと変わるのだろう。


「シヘタ。キミもここの住人を殺していいんだぜ? あとは隠れてるのを見つけて始末するって感じでダルいけど、槍を振るのとはだいぶレベル上げの効率違うぜ。やってみな」

「誰がやるか。こんな、こんなやり方で強くなる意味なんて──」

「あるぜ。早く強くなりゃ、セラートちゃんのためになる」

「アホか。獣人のために作られた町なんだぞここは! それを壊すの手伝うなんて、矛盾してんだろうがよ」

「どこが? ここはもうただの狩場だ。細かいこと気にしてたら、成長の機会を逃すよ」

「さっさとオレの目の前から消えちまえよ!」

「じゃ、引き続きオレ様がやっとくか。まあ、シヘタくんたちは無事に役目をこなした訳だ。しばらく休んでさ、次の心構えをしといてくれ。じゃあまたな」


 勇者はこちらの肩を叩きながら微笑むと、ボボンと音を立て、消えていった。

 勝手なコト言いやがって……。

 オレは、オレの目的は。

 勇者、オマエを殺すコトだ。

 こんな光景を作り出すヤツは、絶対にオレが始末してやる……!


「……シヘタさん」

「何だッ!」


 怯え顔のセラートが、そこにはいた。

 血で汚れた服と顔……。

 セラートは握りしめた手を震わせながら、崩れた家屋を眺める。


「わ、悪い。怖がらせるつもりはなかったんだ」

「アクェさんが、勇者にやられて……私も戦おうとしたのですが、槍を持っても重くて。攻撃するチャンスをもらっても、攻撃できないまま壊されて」


 セラートは、その顔を涙と鼻水で濡らす。


「ここにいる人たちを守らなきゃいけないのに、何もできなかったっ」

「……オレもそうだった。勇者は強え、ぶっ殺すにはもうしばらく耐えるしかねぇよ」

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