第二章 四話
最近近辺で
主に博士たちからのものだ。
学生たちに女東宮を見習いもっと勉学に励め、とのことらしい。
奮起するものもあれば、余計なことを思うものもあるそうで。その辺は学生によるのだが。
いずれにせよ、
「榠樝さまが賢くていらっしゃるのは当然だし、王の器に相応しいのも当然なのですわ」
地固めは順調だ。堅香子も事あるごとに榠樝のよい噂を触れて回っている。
まずは
摂政に太刀打ちするには今の女東宮の立場は弱過ぎる。
何しろ圧倒的支持を得る政治家が相手だ。
堅香子が来る前に既に
「榠樝さま、ご自分でお開けになられたのですか?」
「ん-。ちょっとやっときたいことが」
榠樝が明るい場所に草子を広げて何やら書き付けている。
単衣のまま袴も付けていない。寝起きなのだから当たり前と言えば当たり前だが。
「まあまあそのようなお姿で。早く
「いや、忘れないうちに書き付けておかないと」
「誰ぞに
「朝早くから後宮にやって来るような人も居ないわよ」
「こちらの女房に通う
「もう帰ってると思う。今も居たら笑ってやりなさい。寝過ごすにも程があると」
「ああ言えばこう言う!」
「女房の
よし、できた。と榠樝は筆を置く。
「寝る前に思いついたのだけど、灯をつけるのにも眠かったから、朝一番にしようと思っていたのよ」
「何をお書きあそばされたのです?」
「所信表明?みたいな?」
「はあ」
怪訝な顔をする堅香子に榠樝はにこっと笑ってみせる。
「どんな王になりたいか。どんな王であるべきか。そんなことを幾つか。思い付いたのを書き付けておけば、後で考えを整理する時に役立つと思って」
堅香子はふと思う。
「榠樝さまはどのような王になりたいのですか?」
榠樝はふっと睫毛を伏せ、唇を尖らせる。
「まだ、良い王、という風な感じで漠然とし過ぎているのだけど。虹霓国の民の皆が幸せに暮らせる、とか大それたことではなく。でも、日々を不安なく暮らせるようにする責任があるとは思っているの。平穏無事な一日を
堅香子は優しく微笑んだ。
「お優しいのですね、榠樝さまは」
「何故?」
「民草のことなど気にも留めない貴族が多いというのに」
「気に留めない方がおかしいのよ」
榠樝は堅香子に着替えさせられながら溜息を吐いた。
「だって、貴族の生活を支えているのは民より納められた米と布。あと塩とかいろんな食べ物も。民が
堅香子はなんとなく釈然としない顔で頷いた。
「そう、ですわね?」
「しっくりこない?」
「まあ、正直に申し上げれば」
「
堅香子が眉を寄せた。
「それは死活問題ですわね」
「そういうこと。民が居なければ国は成り立たない」
「自分で畑を耕す貴族は居りませんから」
「
堅香子が目を剥いた。
「まあ!わたくしも知らぬ情報、どこから入手なさいましたの?」
「
「まあまあまあ!」
榠樝は唸る。
「流石摂政よね。常に飢饉に備えているのだもの。大内裏にも
「
「そう。もっと」
榠樝は口元に手をやった。
「
「はあ、わたくしからはなんとも」
言い辛そうな堅香子に肩を竦めてみせて。
「色々あるんでしょう。詳しく知らない私が首を突っ込むと面倒なことになるから関わるなって言われたわ」
「誰がそんな不敬を!」
「意訳ね。一応。で、思ったのが、仕事の無い者たちを雇い入れて、大内裏の空いている土地、例えば宴の松原辺りを田畑に開墾してもらって。薬園の管理……は難しいのか。薬草だものね……。それに宴の松原は内裏の建て替え用地でもあるしー。無駄に空いてるわけでもないのか。そうかそりゃそうだ」
言っている途中で問題点に気付いたらしい。
「典薬寮も多忙だしなー。人員増やすにしても、教育から何から増やすのは
ぶつぶつと自分の世界に入ってしまった榠樝。
あらぬ方を見つめながらぶつぶつ呟いている。
堅香子は苦笑しながら榠樝のぶちまけた紙やら草子やらを片付けていく。
飛香舎の女房が遠慮がちに声を掛けた。
「堅香子さま、女東宮の
「お願い」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます