第3話 初恋の人に会う為に

 そういえば、母さんは何故、俺が『俺』と言った事だけを怒り、後の『つねちゃん』に対しての『プロポーズ』については追及してこないのだろう……?


 幼稚園児の『戯言たわごと』とでも思っているのだろうか?

 そう思われても仕方の無い事ではあるが…… 


 まぁ、そんな事は別にとやかく今は考えないでおこう。

 どうせこれは『夢』なんだから……


 それも俺にとって非常に『都合の良い夢』を見させてくれて俺は感謝している。

 出来るだけ長く、この『夢』を見ていたいものだ。


 だから、神様お願いだ。


 どうか、もう少しの間、俺の目を覚まさせないでください。

 俺が過去に味わえなかった経験をもう少しだけ味あわさせてください……


 あっ、そうだ。


 さっき母さんがチラッと見せてくれた『つねちゃん』の自宅の住所が書かれている紙をもう一度見せてもらおう。


「か、母さん? さっきの紙、もう一度見せてくれない?」


「ん? ええいいわよ。ホラッ……」


 俺は母さんが差し出した紙を受け取り、少しワクワクした気持ちでソレを読もうとした。


 しかし俺は愕然とした。


 まさか……


「か……漢字が読めない……??」


 俺がそう呟くと母さんはクスッと笑いながら俺にこう言うのであった。


「当たり前じゃないの、隆……アンタは今日、幼稚園を卒園したばかりなのよ。小学生になったら、たくさん勉強してたくさん漢字を覚えていくんだから。今は読めなくても当然なのよ。いずれ、ちゃんと読める様になるから……」


 母さんは俺に『ごく普通』の事を言っている。

 それは俺だって理解しているよ。


 でも何故……


 何故、この『夢の世界』の中で……俺は日頃から読めるはずの漢字まで読めなくなっているんだ?


 普通に考えれば幼稚園児であっても中身は『おっさん』なんだよ。

 今の母さんよりもはるかに年上の『大人』なんだ……


 ついさっきまでこの『夢の世界』は俺にとって『都合の良い世界』だと思っていたのに、いきなり『都合の悪い世界』になってしまった。


 このまま『夢』が覚めなければ俺は小学1年生から勉強をやり直さなくてはならない。


 それだけではない。


 俺の『心』は大人のままだから、考え方、話し方なども十分に気を付けないと、おそらく俺はクラスで『浮いた存在』になってしまうだろう……


 どうする俺?


 いや、俺は一体どうしたいんだ……?


 もう面倒だから目を覚ましたいのか?


 いや違う。


 面倒でもいい……やっぱり……


 『つねちゃん』に会いたい。

 『つねちゃん』とゆっくり話がしたい。

 『つねちゃん』に好かれたい。

 『つねちゃん』に俺の事を見て欲しい……


 そうだよな……


 せっかく、やり直せるチャンスをもらえたんだからな。


 そりゃあ、母さんに住所を読んでもらえれば、今の俺なら電車に乗って、『つねちゃん』の自宅を見つける事は出来るだろう。


 そして簡単に『つねちゃん』に会えるかもしれない。


 でも、それで本当に良いのか?


 こんな漢字も読めなくなった俺が……おそらく『算数』なども出来なくなっている俺が今、『つねちゃん』に会って一体、何が出来るんだ!?


 きっと『つねちゃん』はただの『前の幼稚園の元教え子』くらいにしか見てくれないだろう。


 それじゃ駄目なんだ!!


 それじゃ、現実の俺と何も変わらない。


 俺は『夢の中』でもいい! 

 『つねちゃん』と結婚したいんだ!!


 その為に俺は『現実の自分』をリセットして、生まれ変わる必要があるんだ!!



 そして俺は覚悟を決めた。


 『つねちゃん』に会う為に……

 『つねちゃん』と話をする為に……

 『つねちゃん』に好かれる為に……

 『つねちゃん』にずっと俺の事を見てもらう為に……


 『夢』が覚めるまで、勉強を……いや、『全て』をやり直そう……


 『初恋の人』に会う為に……そして……


 俺の事を愛してもらう為に……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る