第18話「……あたしは、ほどほどの年齢差がいいな」
人間族は具象化した魔力の目視こそ可能だが、体内の魔力や生命力は知覚出来ない。
それゆえ、エルフを始めとする長命種の年齢に驚くほど無頓着だ。
ルネが聞いたところによると、この店を訪れる客も九割以上が人間族らしい。
季節ごとに島へ渡る常連客を多く抱えているからこそ、初回の値段が安い。
一線を退いた後も働き続けられるとあって、エルフの従業員は増える一方。
独自の循環を得た水商売は、もはや安定した職ですらあった。
決して広くはない島に同じ店が二軒ある理由を知り、アシャは妙な納得を覚える。
連鎖的にエルフたちの名簿が思い浮かび、とっさに息を呑んだ。
「じゃあ、あの銀髪って……」
「加齢による白髪ですわね」
「眼鏡掛けてる人が多かったのは……」
「老眼鏡は革命的だったそうですわ」
ルネの明瞭な返答は否応なしに現実を突きつけてくる。
座って話しているだけなのにドッと疲れが出て、アシャは思わず机の上に突っ伏した。
人間より分かりづらくとも肉体の老いはあり、中年のエルフを愛する者からすれば、それすら魅力の一つなのだろう。
「……あたしは、ほどほどの年齢差がいいな」
正直な感想を口にすると、自分が感じた不平不満は個人的な好みの範疇であるように思えてきた。
良心の呵責に苛まれたアシャは顔を上げ、ルネと向き合う。
「ごめん。歳上にいいようにされる人を……見たことがあってさ。良い印象がないからって、条件反射で悪口言っちゃった」
ギルドという所属先があろうとも、冒険者同士のいざこざは絶えない。
年季を重ねて信用を得ていた者が裏で報酬を横領していたり、家に妻子を残してきた者が未婚と偽ってパーティ内で不倫に走ったり。
完全な解決に至らず、半ば泣き寝入りで故郷に帰った知人もいた。
だが、それで他者まで十把一絡げに論じるのは、いささか了見が狭かった。
「ルネが術を掛けていなかったら、外まで声が漏れて大騒ぎになっていたかもしれない……ありがとう」
「いいえ。気持ちの整理はいつだって大事ですわ」
ルネは首を横に振り、慈愛を込めて微笑みかけてくる。
「購入した茶葉がありますから、ナイトティーを淹れましょうか。温まって、すっきり眠れますわよ」
「あ、ありがとう」
言うが早いか席を離れて荷の中を探り、いそいそとお茶の準備を始めた。
室内にキッチンがなくとも、携帯用のケトルと魔石を使えば術での火起こしが叶う。
部屋の外へ水を汲みに行くルネを見送り、アシャは一時的に独りになった。
静寂の中、頬杖をつくと素朴な疑問が頭に浮かんでくる。
先ほどは素直に礼を述べたが、ルネはアシャが叫ぶと予期して、あらかじめ防音という対策を取っていた。
そもそも、彼女が素人向けとだけ言って店の詳細を伏せていたからこそ、真実を知り驚いたのだ。
甘く柔らかな物腰と立ち振る舞いで誤魔化されてきたが、ルネは故意に人をからかうのが好きなのかもしれない。
「そういえば……親友同士の男二人と関係を持って、最後の最後にバラしていったしな……」
あごが落ちるのではないかというほど唖然とした男たちの顔は、なかなか忘れられない。
表の顔はパーティの優秀な癒し手であり、人当たりも良い仲介役。
私的な場では、訊かれなかったから答えなかった――を常套句とし、人々を手玉に取る魔性の女。
ルネは恐らく意図して、そういうふうに振る舞っている。
アシャの知る友情に篤く親身な一面を、普段はあまり見せないようにしている。
二面性と評してしまえばそれきりだが、ひょっとしたら。
「誤解されて、奉仕をしやすくするために、ああしてるのかな……?」
ぽつりと呟いた仮説が想像以上に重く感じられて、身震いした。
獣人の多くが繁殖期を持ち、体調も月齢に左右される。
そんな最低限の知識はあるが、彼らの性事情には明るくなかった。
獣人冒険者の大半は犬科か猫科で、兎獣人は酒場や風俗街の従業者ばかり。
向き不向きや嗜好の違いだろうと深く考えずにいたが、定期的な解消がなければ生活に支障をきたすなら、他の職を選ぶことさえ難しいだろう。
「あたし、異種族のこと……何にも知らないのかも」
ルネ一人への理解さえ、これだけ足りていないのだ。恋愛以前の問題だと痛感した。
異種族婚、と言うと古の伝説のような華やかで幻想的な印象があるけれど、中身は人間同士とさほど変わらない。
互いへの理解と良い意味での不干渉。
譲り合い、知らぬ文化の迎合と許容。
それら全てをひっくるめたものが、俗に愛や優しさと呼ばれている。
「難しいなぁ……」
同族を厭い、安易に目指した道の険しさにアシャは深々とため息をついた。
タイミングを見計らったようにケトルを持ったルネが戻ってきて、慌てて居を正した。
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