第3話 桃太郎伝説 猿1

  「なあ、聞いたか?」

  「何をだよ?」

  質問ともいえない質問をされて藤吉は少し不機嫌に返事をした。

  「朝廷から今度は武力で支配しに来る、って噂だよ」

  「そうなんだ、ついに力で支配しに来るのかあ」

  「なんでそんな呑気な返事なんだよ。一大事になるかもしれないんだぞ」

  峰吉にそう返された藤吉であったが、藤吉は武力で屈することは無いだろうと考えていた。

  確かに何度も朝廷の使いの者たちが来て、村長のリュウに対して朝廷の支配下に入るように書面を寄越してきていた。

  リュウはその書面を使者の前で破り捨て、使者を追い返していた。リュウにはそれをするだけの力があり、とても暴力的な人物である。

  そんなリュウに敵う物が朝廷にはいないだろう、藤吉はそう考えていた。

  リュウの事は好きではないが、それでもリュウに敵う人間がこの世にいるとも思えなかった。



「ちょっと待って、いきなり何の話ししているの?」

ニカが怒気をはらんだ声で聞いてくる。

「何って、桃太郎の話だよ」

「なんで桃太郎の話なのに藤吉や峰吉が出てくるのよ。誰なの?」

更に怒気をはんだ声で聞いてくる。

「誰って、サルだよ。サルの話をしているんだけど、さっきもサルが出てくるって放したよね?」

「話したよね?じゃあないでしょ。イヌとキジはまだ名字から分かるけど、なんでサルは藤吉か峰吉、リュウの誰かなのよ。物語を進める前にちゃんと説明して」

ニカの手が僕の胸に向かってくる。

「分かった。ちゃんと説明するから」

そこまで言ってニカの腕を見た。

僕の胸にあたっているが、僕の中には入ってこなかった。

ホッとしたのも束の間でニカの鋭い視線が飛んできた。

僕は姿勢を正すフリをして、座る位置を変えてニカの腕から少し離れた。

「僕も桃太郎について調べているときに知ったんだけど、サルって裏切り者の象徴らしいんだよね」

「うん、それで?」 

「えっ?」

「えっ?」

ニカの表情が変わるのより早く、腕が伸びてきた。

言葉を発する暇さえ与えてもらえなかった。

思いしらせるように握った心臓をぎゅっぎゅっとしてくる。

何度かそれを繰り返したのちにやっと開放された。

ニカの冷たい視線がすべてを物語っている。分かっているな、そう言っている。

僕も無言で頷き返す。そして呼吸を整える。

気づけば全身が冷や汗で濡れているのが分かる。

「分かった。でも説明を聞いて物語がつまらなくなった、とかは言わないでよ」

「分かった。言わないわ」

表情を変えずに返事をしたが、とりあえずはこれ以上危害を加えてはこなそうだ。

「それで、えーっと、どこから話せば良いんだっけ?」

「サルが裏切り者の象徴って事からよ」

「そうか、分かった。サルの話だったね」

僕はもう一度息を整えた。

「サルは裏切り者の象徴だけど、桃太郎の中では、桃太郎といっしょに鬼を退治した、いわゆる正義の味方のような扱いを受けているよね?」

ニカがコクリと頷く。

「そして、桃太郎の物語の中にサルが裏切るような話は一つもない。もちろん、桃太郎の物語のサルは裏切り者ではなく、イヌやキジと同じように幼少の頃から桃太郎と一緒に育ったかもしれない」

ニカの目が冷たいものから真剣なものに変わっていた。

「しかし、それならわざわざサルと名前を付けることはしない。他にも動物はいるし、裏切り者の象徴であるサルにしなくても良いはずだから」

ニカが少し考えて答える。

「サルにしなければならない理由があった?」

「そうだね、そう考えるのがしっくり来ると思ったんだ。じゃあ誰を裏切ったのか?」

「サルが裏切ったのは桃太郎じゃあなくて、鬼?」

「うん、そうだね」

何故かニカが少し誇らしげな顔をしている。

「だから、今話しているのは、そんなサルの物語なんだ」

「分かったわ。続けて」

なにか偉そうな返事が来たが、顔はまだ誇らしげな顔のままだったので、僕は続けることにした。



  「それでは次もよろしくお願いします」

  藤吉と峰吉は店を出た。

  城壁が囲まれた鬼ヶ島の中、生活に困らないだけの設備はそれなりに兼ね備えているが、やはり衣類や野菜や魚などの食べ物は中々手に入らない。

  そこで、鬼ヶ島で作ったものを売って、近くの町で衣類や食料を買っているのだ。

  鬼ヶ島での生産品は、何と言っても製鉄品だ。先の話に出てきた朝廷もこの製鉄技術が欲しくて、鬼ヶ島に使者を送っているらしい。他にも山にあるので獣の肉なども取れるが、やはり町の人たちに喜ばれるのは、クワなどの鉄でできた農機具等だ。

  しかし、藤吉たちには何を作り、何を売るのかの決定権が無い。

  村長のリュウによってすべてが決められているからだ。

  そして何よりも鬼ヶ島の中は強烈な階級社会になっており、藤吉や峰吉などは最下層のところにいる。

  城壁で町を囲う作りで分かるように、もともと製鉄技術は大陸、今の中国から渡ってきた。

  ただ、城壁を作り、中にたたら場などの製鉄所を作ってなどで、人では大陸から渡ってきた人たちだけでは到底足りなかった。

  そこで先住んでいた人たちを集め、町作りの手伝いなどをさせた。

  そういった歴史の中で、階級社会が出来上がってきた。

  製鉄に関わる町の中心部分は大陸から来た者たちの直系の子孫がついでいる。そして製鉄に関わる、鉄を溶かすために必要な建築や木材を集めてくる者たちが続き、農業、狩り、と続いていき、最後に来るのが商人である藤吉たちだった。

  しかし、藤吉たちはその階級社会に対してそれ程の疑問を持っていなかった。生まれながらに差別され、それが当然だと思って育ってきた。

  一番下とはいえ、藤吉たちが近隣の町から買ってきたものは、町の人達に喜ばれ感謝されることもあった。そのため藤吉たちも階級社会に対してそれ程疑問には思っていなかったのだ。

  「なあ、それでどうする?」

  急に峰吉から話しかけられて藤吉は顔を向けるだけだった。

  「農機具を増やして欲しいって話だよ。今回だって安く買い叩かれているのに、次も農機具無しだと買い取りできないかもしれない。とまで言われてさあ」

  「でも、俺達にはどうすることも出来ないだろ」

  いつも製鉄品を売っているとはいえ、それは鬼ヶ島内で使う製鉄品の端材などを、村長のリュウからこれを売ってこいと寄越され、自分達で加工して何とか売り物にしているのが現状だ。

  町の人達のために農機具を作って欲しいと、頼んだところで聞き入れてもらえないのは目に見えている。あのリュウが藤吉たちの意見を聞き入れることはしない。

  「じゃあ俺達はどうするんだよ」

  峰吉が苦々しい口調で独り言のように呟いた。

  最初は喜ばれた剃刀なども、何度も同じものになってくると、町中に広まり喜ばれなくなった。そして新たに開拓地を切り開くのに便利な農機具を求めるようになってきた。

  「また町を変えるか?」

  藤吉も独り言のように呟いた。

  「でも、それじゃあ今までと何も変わらないじゃあないか」

  峰吉が怒気を強め、藤吉の方を向く。

  峰吉の怒気に当てられて藤吉も強い口調で返した。

  「じゃあ、他に方法はあるのかよ」

  悔しそうな顔をして峰吉は下を向いた。

  現状を変えなければならない、その気持ちは藤吉もよく分かっている。だが、どうすればよいのかも分からない。峰吉も同じなのだろう、だから無言で俯いたのだ。

  結局お互いに無言のまま宿屋まで着いた。

  そしてその晩はしこたま呑んだ。お互いに酔い潰れるほどに、今までの憂さを晴らすかのように呑んだ。

  峰吉は潰れてしまい、藤吉は宿屋まで峰吉を担いで帰った。

  久々に愚痴を言って気分が高まってしまったのか、藤吉は直ぐには寝付けそうにはなかった。ちょっと夜風にでも当たって酔いと、高ぶった気分を覚まそうと宿屋の外へとでた。

  外に出るとそこには妖怪かと思うほど美人がいた。実際、藤吉はその美人に釘付けになり、その場から動けずにいた。

  藤吉に気づいたその美人は、藤吉に向かってニッコリと微笑んだ。

  息を呑んだ。そして藤吉はその美人に誘われるまま付いて行った。

そしてお互いに貪り合うように愛し合った。



「ねぇ、本当に何の話をしているの?」

ニカは無表情のまま聞いてきた。

「サルの話は聞いたけど、話は進んでいるの?」

「うん、進んでいるよ。サルに限らずだと思うけど、人が人を裏切るのにはそれなりに理由が必要だと思って、今この話をしているんだけど、いらない?」

聞き返されるとは思っていなかったのか、ニカは少し驚いた顔をした。

「えっ、そうなの?そんなものなのね」

独り言のように呟いた。

「ん?なにか変なこと言ったかな?」

「気にしないで、続きが聞きたいわ」

ニカは無表情に戻っていた。

「分かった、続けるね」


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る