ぬいぐるみのボクは、君を抱き締めたい! 〜好きな人の幸せを願うぶたのぬいぐるみのお話〜
ほしのしずく
第1話 ボクは売れ残ったぬいぐるみ
ボクはぶたさん。
ぶたさんといってもぬいぐるみのだ。
お空には、ぶたさんに見える雲がぷかぷか浮いていて。
その間から、お日様が覗いている。
吹き抜ける風はちょっぴり痛い。
そんな冬の日。
ボクは毎日、繰り返してきたようにお店でお客さんを待つ。
ボクのいるお店は、笑顔の素敵なおじいさんとおばあさんが手作りが売りのぬいぐるみ屋さん。
三角で赤い屋根に煙突。
煉瓦造りの小さなお店。
お店の中は暖炉があり、いつもおじいさんが飲んでいたこーふぃーの匂いが店内を満たし。
天井にはオレンジ色に光るランプが吊るされ、とてもあたたかい。
その下には、日に焼けた木製の棚がたくさんがあり、ボクも含めて色んなぬいぐるみがいて。
どの子もおじいさんとおばあさんの愛情を受けてきたからか、お客さんからは生きてるみたい。
抱き締めただけで、ホッとするとか言われ、そんなボクらを求めて、お客さんが足繁く通ってくれた。
おじいさんとおばあさんは、二人揃って『この子達のおかげだね』なんて口にしてたけど。
きっとそれは違うんだ。
お客さんが通ってくれた理由は、ボクらぬいぐるみよりも、おじいさんとおばあさんのなんとも言えない優しい雰囲気のおかげだとボクは思う。
いつ行っても、おじいさんとおばあさんは楽しそうに会話に華を咲かせて。
それにお休みの日なんて、開店しままお店の奥に置かれたピアノっていう楽器をおじいさんが弾き、おばあさんは暖炉の前でそれを聴きながら、ボクらのぬいぐるみの修繕をしたり、新しいぬいぐるみを縫ったりしていた。
あの光景を目にしたら、誰だって気になっちゃうもん。
でも、今は灰色のカバーが掛けられて、その音を鳴らすことはない。
一年前までおじいさんは、おばあさんの隣にいて、お休みになると音を奏でていたのに。
ぬいぐるみも、もうボク以外誰もいない。
一年前、おじいさんが亡くなった時、みんな売れてしまったんだ。
一番初めに作られたボクだけを残して。
「もう一年かい、早いね。ごめんね、お前さんだけ残ってしまったね……こんなに可愛いのに……」
おばあさんは店の奥から出てくると、レジの横に置かれたボクを撫でる。
おばあさんは糸がほつれたら気付いてくれるし、まだおばあさんじゃない、まだ腰の曲がっていない時から、毎日欠かさず、ボクらぬいぐるみの体を拭き続けてくれた優しい人なんだ。
でも、そうだね。
ボクとおばあさんだけになっちゃったね。
「だけど、そうさね……もうお店も閉めるし、どうしたものか……」
ボクを見つめてもう一度頭を撫でる。
おじいさんが亡くなっちゃったし、みんなも売れちゃったから、もうお店を辞めてしまうんだって。
「……私の家に連れて行こうかね……」
撫でる手はあたたかい。
でも、少し残念そうな顔をしている。
ボクもおばあさんと一緒に居られるのは幸せ。
幸せなんだけど、おばあさんはボクらを縫っている時、いつも言ってたもんね。
『どこかの誰かのもとに行って、その誰かと周囲を笑顔にしてあげてね』って。
ちゃんと覚えているよ。
だから、ボクもおばあさんと一緒で心から喜べないもん。
「パパー! ママー! このお店でぬいぐるみ買ってくれるのー?」
突然、元気な声がお店の入り口から聞こえた。
視線を向けると、団子結びにほっぺたがりんご色をした女の子が手足を元気良く振り、お店の奥まで駆けてきた。
その後ろには、眼鏡の似合う男の人と、優しい笑顔が素敵な女の人もいる。
「ああ、そうだよ。でもマイ、そんなに慌てなくてもぬいぐるみは逃げないよ?」
「そうよー? 走って転んでしまった方が大変よ?」
お喋りする雰囲気からして、女の子のお父さんとお母さんだろう。
女の子のお名前はマイちゃんって言うみたい。
久しぶりのお客さんだ。
でも、お目当てのクマのぬいぐるみはもうお店にはいない。
いるのは、最後まで手にとってもらえなかったボクのみ。
どうだろう、不安だなー……。
お客さんはおばあさんから勧められ手に取り、見るだけみてお店を出て行く。
ボクはその背中をただ見送るだけ。
その度におばあさんがボクの頭を撫でる。
繰り返されてきた景色が浮かぶ。
「大丈夫! マイはもう六つなんだもん! それもよりも、クマさんのぬいぐるみどこー?」
マイちゃんは、何も置かれていない棚を覗き込んだり、後ろに回ってみたり、お目当てのクマのぬいぐるみを探している。
お父さんもお母さんも、同じようにお店の中を様子を伺いながらその後ろに付いていく。
「本当だ。棚は立派だけど、何もないな……あれ? 来る店、間違えたのかな?」
「そうかしら? でも、この周辺にはお店ってここしかないと思うけど」
「仕方ない。大型ショッピングモールにでも行くか。そこでなら、マイの気に入るぬいぐるみもあるだろう」
「そうね! ついでにご飯も食べれますし」
「ああ、そうだね。そうしようか……特別感はなくなってしまうが――」
お父さんとお母さんのお話からすると、どうやら他のお店と間違えたらしい。
ここにはクマのぬいぐるみさんなんていないもんね。
いるのは、ボクとおばあさんの二人だけ。
少し期待しちゃったな……。
ボクの思いが届いたのか、おばあさんがお店の中をキョロキョロと探し回り、レジ前まで来たマイちゃんに優しく語りかけた。
「こんにちは、はじめまして。お名前は?」
「こ、こんにちは! 名前はマイっていいます!」
「マイちゃんって言うのかい? 元気だねー!」
「は、はい……」
マイちゃんは突然挨拶されたことに驚いたみたいだ。
目を丸くしている。
でも、ちゃんとお辞儀をした。
マイちゃんは、コロコロと表情の変わる楽しい子だけど、ちゃんとしている子みたい。
「うふふ、挨拶ありがとう。でも、ごめんね。うちにはもうこの子しかいないんだよ……」
おばあさんがボクを手に取り、マイちゃんに差し出す。
「えっ!? このぶたさんしかいないの?!」
またまたマイちゃんは目を丸くしている。
でも、さっきみたいにただ驚いたって感じじゃなさそう。
ボクをまじまじと見つめてくる。
一体、どういう気持ちなんだろう。
クマのぬいぐるみ欲しかったのに、差し出しされたのは、ぶたのぬいぐるみのボク。
しかも、今まで手に取ってもらえても、お迎えの話は一度もない。
そっかぁ……やっぱり気に入らないよね。
「やっぱり、クマのぬいぐるみの方が――」
おばあさんもボクと同じことを思ったみたいで、肩を落しながら、差し出したボクをゆっくりとレジ横に戻そうとした。
――その時。
マイちゃんが笑顔を弾けさせて、おばあさんの手を握った。
「マイ、クマさんじゃなくて、この子を連れて帰りたい!」
「ほ、本当にいいのかい? クマじゃないんだよ?」
「うん! だって、おめめがキラキラしてるもん! このしかいないと思ったの! それにフカフカだし、ちょこんとしたお鼻もおてても……マイ、ぶたさんの全部好き!」
え、ええっ?!
ボクのことが好き?
本当にっ?!
だって、今まで見向きもされなかったんだよ?
興味を持ってもらっても、最後にはおばあさんに返されてきたんだよ?
おばあさんに綺麗にしてもらっていたけど、ピンク色だった毛並みは少し抜けて白っぽいし、フカフカかも知れないけど古いよ?
なのに、本当にいいの?!
「ふふっ、そうかい」
おばあさんがなんだかとっても嬉しそうだ。
背中越しに聞こえた声が明るいし柔らかい。
わかるよ。
ボクもなんだかすんごく嬉しいもん。
この出会いの為に、待ってたような感じ。
「うん!」
マイちゃんは元気良く返事をすると、ボクを持ったままお父さんとお母さんのいる場所まで駆けていった。
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